From the Editor’s Desk #22 「インバウンド アウトバウンド」
text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
久しぶりに新宿Pit Innに出かけたところ 1st セットの途中で5、6人の男女のアジア系とみられるリスナーが入ってきた。気が付くと 2nd セットには彼らの姿はなかった。演奏が気に入らなかったのではなく、どうやら土産話づくりに覗きにきたらしい。「東京で 新宿のピットインでジャズ聞いてきたよ!」。80年代の話だが、ヴィレッジ・ヴァンガードに空席のコーナーがあり、日本人の団体がどやどやと入ってきて空席のコーナーを埋め、セットが終わると全員出て行った。名所めぐりのバスツアーの一行らしかった。「NYのヴィレッジ・ヴァンガードで本場のジャズ聞いてきたよ!」。ピットインの男女のトイレの位置が変わっていて戸惑ったが、これはインバウンド客対策らしいと耳にした。そういえば「改装のため1週間休業します」との告知がサイトに表示されていた。昼の部にもそれなりにインバウンド客がみられるということだし、他のヴェニューでもインバウンド客を見かけることが多くなった。どういう理由であれクラブの客が増えるのは悪いことではない。その中のひとりでも日本のジャズのファンになってくれれば結構なことだ。日本のメイカー製造のSACDの得意先がアジア諸国でもあることだ。
ところで、日本の各地の観光地でインバウンドによるオーバーツーリズムが深刻な問題を引き起こしている。急激なインバウンドの増加で住民の平常な生活の維持が困難になっているというのだ。交通手段、生活道路の渋滞、マナー違反など。とくに人数の多い中国人インバウンド。一時、「爆買い」で知られた彼らの目的が「モノ」から「コト」に変化し、大量のインバウンドが観光地に流れ出した。それでも東京の繁華街には各国からのインバウンドが溢れており、CDショップでも多く見かける。彼らに人気の中古LPの相場が上がって困る、というコレクターの悲鳴も聞こえる。

一方、ツーリストではないもののジャズ・ミュージシャンのアウトバウンドも多く耳にする。70年代、山下洋輔トリオがヨーロッパを席巻した話は有名だが、渋さ知らズオーケストラが続いた。大友良英のヨーロッパ進出は80年代に遡るが、最近はスペシャル・ビッグバンドが大人気というレポートが当誌に掲載されている。ヨーロッパに加えて、中国への進出も注目に値する。纐纈之雅代からベテラン・ピアニストの菅野邦彦まで。羽野昌二のように現地でレコードを制作してきた強者もいる。5月には渋さ知らズのツアーも決まっているというだ。意外に中国の変化はジャズがトリガーになるかもしれない、などは初夢のたぐい。14億を超える大国の頂門の一針になるなどは夢のまた夢。
菅野邦彦、渋さ知らズオーケストラ、山下洋輔トリオ、大友良英スペシャルビッグバンド、新宿 PitInn、羽野昌二、アウトサイダー、纐纈之雅代、インサイダー