From the Editor’s Desk #24 『洋画3本立て』
text: Kenny Inaoka 稲岡邦彌
所用でNYへ弾丸出張に出かける往路、洋画を3本立て続けに観た。社会人になってからは映画館でもTVでも映画を観る機会がなくなった。学生時代は2本立ては普通でまれに3本立てというのがあった。午後映画館へ入り、3本観終わって出てきたらすでに夕闇が迫っていた、などという学生時代ならではの体験。午前11時に成田を出て、午前11時にNYに到着、その間できることといえば映画を観ることぐらいしかない。本来はその間に睡眠をとるように機内のライトも消えるのだが、真昼間の時間帯、寝られるわけがない。
機内観賞用に100本近くの映像が用意されているのだろうか。その中から3本の音楽映画を選んだ。ちょうど1年前に同じ航路を飛んだ時も音楽映画を3本観た。『サンタナ』と『エルヴィス・プレスリー』ともう1本はなんだったか。今回選んだのは、『ボヘミアン・ラプソディ』と『名もなき者』、『ジャージー・ボーイズ』の3本。前者の2本は公開時大いに話題になったので映画の存在は知っていたが、最後の1本は今回の出張の途次ニュー・ジャージーに立ち寄るから、というだけの理由。
<ボヘミアン・ラプソディ>は、1971年にロンドンで結成され1991年にヴォーカルのフレディ・マーキュリーの死で事実上終焉を迎えたロックバンド「クィーン」の最大のヒット曲。ロックを聞かない音楽ファンでも印象的なピアノのイントロから始まり美しいヴォーカル・ハーモニーやドラマチックなシークエンスを経て7分に及ぶこの曲を1度は耳にしたことがあるはず。自分自身は息子たちのおこぼれを何度も耳にしている。「クィーン」の魅力はフレディのヴォーカルとブライアン・メイのギターワーク、総じて高い音楽性だろうか。
映画のメイン・テーマはフレディと他のバンドメンバーとの確執。結局は命取りとなるフレディのホモ嗜好にも触れてはいるが。100回以上のダビングを繰り返したというヴォーカル・ハーモニーの録音風景に登場する2インチ幅のアナログ・マスターテープに70年代の制作現場を思い出す。「クィーン」を最初に評価したのは日本のファンなんだ、という渡辺プロダクションの先輩の誇らしげなセリフが耳に残っている。
『名もなき者』は、1962年にレコード・デビュー、現在も現役を続けるアメリカのシンガーソングライター、ボブ・ディランの伝記。ウディ・ガスリーやピート・シーガーなどアメリカン・フォークの先達、フォークの女王ジョーン・バエズとの関わりを初めて知る。のちにステージ・ネームのボブ・ディランを本名に改名したが、ディランはウェールズの詩人・作家のディラン・トーマスに由来、文学生の高い一連の詩作は2008年ピューリッア賞「特別賞」、2016年ノーベル「文学賞」に結実する。アフリカの飢餓救済チャリティ・ソング<ウィ・アー・ザ・ワールド>はTVを通じて日本のお茶の間にも流れたが、フェイクがかったディラン節と記念撮影でもひとり顔を背ける”ぼく知らん”の世捨ての個性は強烈な印象を残した。ちなみに、ディランの最大のヒット<風に吹かれて>は稀代のアルトサックス奏者阿部薫もソロで演奏している。
『ジャージー・ボーイズ』は、ニュージャージーの貧困家庭から身を起こしたグループ「フォー・シーズンズ」の出世物語。1961年の<シェリー>が世界的なヒット。日本でも、ダニー飯田とパラダイスキング(パラキン)をバックに九重佑三子のデビュー曲としてヒットした。このときパラキンのドラムを担当していたのがのちのジャズ・ドラマー、ジョージ大塚とは知る人ぞ知る。「フォー・シーズンズ』はどこまでも垢抜けせず、彼らの活動を通じてアメリカの普遍的な音楽シーンを知ることになる。現在でもディスク・ヴァージョンがTVCMで流れる大ヒット<君の瞳に恋してる>のオリジナルは、「フォー・シーズンズ」のファルセット・ヴォーカル、フランキー・ヴァリである。
総じて、実在人物、とくにミュージシャンのドラマ化はどれほど容貌や演技。歌唱でモデルに近づけようともヒーローの存在感には遠く及ばないという無念さが常に付きまとうものだ。なかでは実物を知らない『ジャージー・ボーイズ』がいちばん違和感なく観ることができたというのは皮肉である。