From the Editor’s Desk #4「パンデミックを生きる」
生き残りを図るミュージシャンたち

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text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

新型コロナウイルスの蔓延が始まって以来2年が経った。誰もが未経験のパンデミックという事態で、その中で生き抜くための術を求めてもがき続けてきた。とくに音楽というコンテンツを制作、発信する術を奪われたミュージシャンとその関係者の苦しみは想像を絶するものがあった。1年目を過ぎたあたりから皆が知恵を出し合い、情報を共有しあって生き残りに賭ける手段を開発する動きが見られ成果が見られるようになった。限られた取材ではあるが、その中からいくつかの例を紹介し、いまだ「まん防」発出中でもあるので今後の参考になればと思う。

取材の中から立ち上がってきた東西の横綱は、東の福盛進也と西の藤井郷子。東(東京)の横綱、福盛進也はよく知られているように2018年にCD『For 2 Akis』でECMデビュー、一気に活動範囲を広げたドラマー。彼は本来プロデューサー志向の音楽人。ECMデビューは、バークリー音大で「ECMアンサンブル」を専攻、ECMの本拠地ミュンヘンに移住し、ECMのハウス・スタジオ、オスロのレインボウ・スタジオでハウス・エンジニアのヤン・エリック・コングハウクを使ってデモ・テープを録音、そのデモが運よくアイヒャーの耳に届いたラッキーボーイ。しかし、どれほど幸運に恵まれようとも、音楽がマンフレートに認められない限りデビューはあり得ない。マンフレートの下には毎日山のようなデモが届いているのだから。

帰国して、同じくECMからデビューしたNear East Quartetのリーダー、韓国のソンジェ・ソンと共同してアジア発の音楽を制作、発信すべく準備を整えたところでパンデミックが発生、ソンの韓国からの入国が不可能になり、自身もミュンヘンへの帰国の足止めを食らってしまった。そこでまずは国内のミュージシャンによるアルバム制作にスイッチ、レーベル nagaluを立ち上げ、たちまちのうちに3枚のアルバムを制作、リリースに踏み切った。さらには、自身が関係するミュージシャンの音源をリリースする第二のレーベル S/N Alliance をオープン、すでに2枚のアルバムをリリース、ディストリビューションは共にキング・インターナショナルが請け負っている。昨年11月には文化庁のコロナ助成金 (AFF)を得て、丸の内コットン・クラブで3日間にわたる nagalu Festivalまでやってのけた。もちろん、有能な協力者がいてこそ実現できたプロジェクトだろうが、彼が理想とする音楽や発信の場を共有したいと申し出るミュージシャンやスタッフに恵まれることこそ彼のプロデューサーとしての才覚に違いない。
*福盛進也は nagalu と S/NAlliance という2つのレーベルを立ち上げた功績により、ジャズ批評から「ジャズオーディオ・ディスク大賞2021特別賞が授与された(ジャズ批評 #226 P33にて発表あり)。

西(神戸)の横綱は還暦を過ぎたベテラン、ピアニストでコンポーザーの藤井郷子だ。パートナーのトランペッター田村夏樹とのコンビでよく知られる。コロナ鎖国が始まるまで、田村と藤井のコンビは毎年半年以上を欧米を中心とした海外ツアーで過ごし、彼らのCDのマーケットの中心は海外だった。マーケットの過半を失った彼らだったが、密を避け、徹底的にリモートに頼った。ファイルを交換して共演を重ね、ヴァーチャルの共演もトライした。そのためのスキルを開発、ミックスも自ら行い、CDの場合はマスタリングだけはNYに発注した。流通はBandcampとCD。詳細は下に添付するが、CDは双方合わせて10作近くになるのではないか。NYのイクエ・モリ(electronics) やベルリンの齊藤易子 (vib) とはファイルをベースにアイディアを交換し合い、シドニーのアリスター・スペンス (p)、草加の井谷享志 (perc) とはそれぞれ専用のアプリを使って ヴァーチャル・共演、オファーを受けた相手は当初は戸惑いながらもやがて、即興とは異なる音楽のクリエーションに熱中し出したという。ジョー・フォンダのように藤井のソロ・ピアノを聴いてベースを重ね、想像を超える結果を出した例もある。もちろん、宅録の田村と藤井のソロもあれば、リアル共演もある。かくして、田村と藤井はコロナ鎖国下においてもコロナ以前とほとんど変わらぬペースで音源の制作を続けて行ったのである。

リモートで宿願を果たしたのは、「ジャズ文楽」である。「ジャズ文楽」については、詳細は作詞・作曲・歌唱のナンシー・ハロウへのインタヴュー公演のリポートを参照願いたいが、ナンシーと演出家のウィル・ポメランツの入国がコロナ鎖国で阻まれ、一度は公演を断念、ふたりの入国は果たせなかったものの年をまたいで今年公演を実現させたものである。つまり、小田原の相模人形芝居 下中座の稽古場とNYの二人をZOOMで繋ぎ、リハーサルを重ねたのである。時差と言葉の障壁があったものの、時差は双方が歩み寄り、通訳は双方を知るプロデューサーの横山眞理子が骨を折った。公演を観て分かったことだが、ZOOMといえども、人形使いと、セリフ(字幕)とBGMのシンクロ、それを追うカメラは大変な苦労だったろう。2年越しの公演をなんとか実現したいという座員、スタッフ、関係者全員の執念の賜物である。

アムステルダム在住のピアニスト小橋敦子と東京在住のオルガニスト岩崎良子は素材をジョン・コルトレーンに求めたところが共通している。コルトレーンの音楽には悩める人の心を慰め、癒す効果があると異口同音に語る。小橋はベースのトニー・オーヴァーウォーターと公開録音を予定していたところ、コロナのためキャンセル、急遽、無観客録音にスイッチした。Fazioliの使える森の中の旧教会という環境に恵まれ完全にアコースティックな条件下で素晴らしい成果を上げている。一方の岩崎は共演相手にテナーサックスの竹内直を選び、コルトレーンとバッハを演奏した。30年引き続けたという教会のオルガンに向き直り、1曲ずつ丹念に仕上げて行ったという。底冷えのする会堂に二人で籠り、祈りに似た心持ちで演奏するその姿は精神修養にも通じる厳しさが認められようが、紡ぎ出された音楽は極めてヒューマンで心温まるものであった。ヨーロッパからは、フランスのサックス奏者仲野麻紀から『openradio』が届けられた。パリとブルゴーニュを往来しながら制作したワンマン・アンサンブル。仲野は果敢にも2021年11月帰国、以前から予定されていた仕事をこなし風のように去って行った。

隔離されたミュージシャン(アーチスト)たちは、否応なく、改めて己を見つめ直し、来し方、行く末に思いを馳せざるを得ない状況に置かれた。そのような中からアーカイヴ(音源)を検証し直し、それに値するものの公開に踏み切った例も少なくない。ミュージシャン(アーチスト)にとっては立ち止まる絶好の機会を与えられ、リスナーにとってはその思いがけない成果を享受できる機会に恵まれたと受け取るべきだろう。例えば、高木元輝 (sax) を例に取ると、1985年の小杉武久との高知市の薫的神社での演奏が『Infinite Emanation / 薫的遊無有』として chap chap Recofrdsからリリースされ、Nadja21からは 1987/1997年の定期演奏会の中から5枚組ソロと吉沢元治とのデュオが3枚組としてリリースされた。このリリースに重要な付加価値を与えたのはカメラマンの桑原敏郎が膨大なネガのストックから数々の貴重なショットを掘り出したことである。桑原はカリスマ評論家間章と行動を共にしたカメラマンであり、今後も関連音源とともに歴史的な写真が公開されていくものと思われる。間章といえば京都に住む土取利行 (perc) が、1973年の新宿ピットイン・ティールームでの近藤等則 (tp) とのデュオ演奏を公開した。彼の原点とも言える演奏だったが、さらにはもうひとつの原点ともいうべきサヌカイトの演奏盤を復刻した。これを契機に唯一の生存者としてEEUの復刻にも手を付けてもらいたいものである。

果敢にリアルに挑戦したのが海原純子 (vo) であった。医師(心療内科医)でもある彼女は、京都大学大学院藤井聡教授と知見を共有し、クラブでのライヴを実現させるための条件を整え銀座スイングでライヴを敢行した。彼女は自らのライヴを “musicure” (music=音楽+cure=治療を組み合わせた独自のネーミング)と称し、自身のパフォーマンスを治療行為の一環として位置付けたのだ。事実、彼女のトークには悩める人々のこころを癒す効果が認められるという。ライヴは有観客と無観客で何度か行われたがいずれもYoutubeで全国に配信された。彼女が、「臭いものには蓋」式の行政のあり方に疑問を投げかけ、ミュージシャンやライヴハウスの存続に一石を投じようと試みた勇気は賞賛すべきだろう。自身、シニアであるリスクを負っての挑戦だから尚更である。その後、彼女は録音スタジオに通い、共演者とスタッフ全員に抗原検査を実施、マスクを着装させた上でレコーディングを続け、2枚組のCDを完成させた。そのうちの1枚は、癒しの効果があると認められたトークである。結果として見事にライヴ、レコーディングいずれも然るべき手段を講じることにより感染者を出さずに所期の目的を果たせることを自ら実証して見せたのであった。

紙数も尽きたのでこの辺で切り上げざるを得ないが、最後に書き留めておきたいことがひとつ。毎月ZOOMで開催されているふるさと未来創生塾のなかの僕が担当する30分のコーナー Jazzy Talk。出演をお願いした薩摩琵琶の与之乃さん。<壇ノ浦>を演じた後で、「2年ぶりに皆の前で演奏しました」と、感に堪えないような口吻で漏らしたひとこと。演奏家から演奏の場を奪ったパンデミックという異常事態の罪深さに改めて慄いたものだった。

♫ 関連記事
田村夏樹+藤井郷子:インタヴュー
https://jazztokyo.org/interviews/post-53185/
海原純子:インタヴュー
https://jazztokyo.org/interviews/post-68891/
仲野麻紀:インタヴュー
https://jazztokyo.org/interviews/post-73013/
岩崎良子:インタヴュー
https://jazztokyo.org/interviews/post-72738/
小橋敦子+トニー・オーヴァーウォーター:インタヴュー
https://jazztokyo.org/interviews/post-74516/


♫ 参考資料

Bandcamp digital release + CD

🔷田村夏樹
2020.6 trumpet solo 「Kobe 1」
https://natsukitamura.bandcamp.com/track/nat-6-19-2020-kobe1
2020.6 trumpet solo  「Kobe 2」
https://natsukitamura.bandcamp.com/track/nat-6-23-2020-kobe2
2020.7 trumpet solo 「Kobe 3」
https://natsukitamura.bandcamp.com/track/nat-7-3-2020-kobe3
2020.8 duo 田村=藤井 「Midsummer」https://natsukitamura.bandcamp.com/album/midsummer
2020.9 trumpet solo 「日本海昔旅」https://natsukitamura.bandcamp.com/album/nihonkai-mukashitabi
2020.11 duo 田村=藤井 「Keshin」(CD化)
https://natsukitamura.bandcamp.com/album/keshin
2020.12 田村=藤井=モリイクエ「Prickly Pear Cactus」(CD化)
https://natsukitamura.bandcamp.com/album/prickly-pear-cactus
2021.3 percussion solo 「Nabe Kama」https://natsukitamura.bandcamp.com/album/nabe-kama
2021.4 piano solo by 田村夏樹「plays piano」https://natsukitamura.bandcamp.com/album/natsuki-tamura-plays-piano
2021.5 trumpet solo 「Natsuki Tamura plays trumpet」https://natsukitamura.bandcamp.com/album/natsuki-tamura-plays-trumpet
2021.7 solo (trumpet, piano, voice, percussion) 「Koki Solo」(CD化)
https://natsukitamura.bandcamp.com/album/koki-solo
2022.2 solo (trumpet, piano, percussion) +藤井郷子 (voice )「Summer Tree」(CD)

🔷 藤井郷子
2020.6 piano solo 「solo improv」(*sound is not so good)
https://satokofujii.bandcamp.com/album/solo-improv
2020.7 piano solo 「Emaki」
https://satokofujii.bandcamp.com/album/emaki
2020.8 duo 田村=藤井 「Midsummer」https://satokofujii.bandcamp.com/album/midsummer
2020.10 piano solo 「Hazuki」(CD化)
https://satokofujii.bandcamp.com/album/hazuki
2020.11 duo 田村=藤井 「Keshin」(CD化)
https://satokofujii.bandcamp.com/album/keshin
2020.12 田村=藤井=モリイクエ「Prickly Pear Cactus」(CD化)
https://satokofujii.bandcamp.com/album/prickly-pear-cactus
2021.2 piano solo 「Morning Dream」https://satokofujii.bandcamp.com/album/morning-dream-2
2021.3 piano solo 「Step on thin ice」*Joe Fonda has over-dubbed his bass on this to make a CD titled「Thread of Light」
https://satokofujii.bandcamp.com/album/step-on-thin-ice
2021.4 piano solo 「Piano Music」(CD化)
https://satokofujii.bandcamp.com/album/piano-music
2021.5 piano solo 「Piano Music vol.2」https://satokofujii.bandcamp.com/album/piano-music-vol-2
2021.5 piano trio (藤井=須川崇志、竹村一哲)「Moon on the Lake」(recorded live at PitInn Shinjuku, Sep. 2020)(CD化)
https://satokofujii.bandcamp.com/album/moon-on-the-lake-2
2021.7 Futari (齊藤易子+藤井郷子)「Underground」
https://satokofujii.bandcamp.com/album/underground
2021.8 Futari 「Underground vol.2」https://satokofujii.bandcamp.com/album/underground-vol-2
2021.9 Futari 「Underground vol.3」https://satokofujii.bandcamp.com/album/underground-vol-3
*to compile favorite tracks from above three to make a CD「Underground」
2021.10 2 piano (Alister Spence + 藤井郷子) 「Any News」
*to play together, Alister in Sydney and Satoko in Kobe via clean feed/Google
https://satokofujii.bandcamp.com/album/any-news-2
2021.11 piano solo 「Hajimeru」
https://satokofujii.bandcamp.com/album/hajimeru-2
2021.11 This is It! (田村=藤井=井谷享志)
*to play altogether both in Kobe and Soka via sonobus
https://satokofujii.bandcamp.com/album/mosaic
2022.2 piano solo 「when you turn off the light vol.1」https://satokofujii.bandcamp.com/album/when-you-turn-off-the-light-vol-1
「when you turn off the light vol.2」
*to be uploaded next week
2022.2 藤井郷子+Joe Fonda 「Thread of Light」(CD化)
*Joe Fonda to over-dub his bass onto Satoko’s solo piano
https://bandcamp.com/tag/fsrecords.net

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『増補改訂版 ECMの真実』(河出書房新社)編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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