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Monthly EditorialEinen Moment bitte! 横井一江No. 305

#39 アレクセイ・クルグロフに聞く

text & photo by Kazue Yokoi 横井一江

 

「Music without Borders 国境のない音楽」、これはロシアのサックス奏者アレクセイ・クルグロフとエストニアのギター奏者ヤーク・ソーアー Jaak Sooäär が2021年のインターナショナル・ジャズ・デーのために行ったプロジェクトを録音したCDのタイトルである。この時はコロナ禍で、国境を超えてミュージシャンが交流するのもままならなかった。それが収まってきて、人の行き来も通常に戻る兆しが出てきた2022年2月、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が起こった。そして、ロシアとの往来はままならなくなってしまったのである。もはやロシア人ミュージシャンを見る機会はなくなってしまったように私には思えた。しかし、奇しくも5月下旬に訪れたメールスでアレクセイ・クルグロフと再会した。ドイツとロシアの空路は閉ざされてしまったため、トルコ経由で来たという。トリオで来る予定だったが、残念なことにピョートル・タラライの査証は発給されなかったので、カリーナ・コジェーヴニコワと2人でドイツにやって来たのである。

メールスで再会したアレクセイ・クルグロフはCDを見せながら、近年の活動について話をしてくれた。

『Alexey Kruglov & Jaak Sooäär / Music Without Borders』(Art Beat Music)

私は親友のヤーク・ソーアーとカルテットを結成し、アルバムを録音してきたが、これは私にとって、とても重要なCDだ。「ミュージック・ウィズアウト・ボーダース」という特別なプロジェクトをやったのだから。このプロジェクトはエストニアとロシアの国境で行われた。パンデミックのために、エストニアとの国境は閉鎖されていたため、ナルヴァ川を挟んでヤークは(エストニア側の)ナルヴァ城、私は(ロシア側の)イヴァンゴロド要塞で演奏した。これはインターナショナル・ジャズ・デーのための30分間のコンサートで、インターネットを通じて多くの人が見てくれた。ワシントンポストが私たちについて素晴らしいレビューを載せてくれただけではなく、世界中から多くの反響をもらった。例えば、オーストラリアやアラスカ、ヨーロッパ、他にも多くの国から、「時代は良くないが、音楽は私たちを助けることができる」というポストが送られてきたよ。私たちは人々に希望を与えることが出来た。曲には国境がない。

相手の音は、(離れた場所にいるため)実際よりも遅れて到達する。そのため演奏は簡単ではなかった。しかし、聞こえる音は少し遅れているという前提で私たちは練習をして、本番前にズームで何度もミーティングをした。そして、私たちは少し(耳に入ってくる音の)先を行くことを学んだんだ。それは素晴らしい経験だったよ。私の人生で最も暖かく深い経験のひとつ。ナルヴァ、ロシアからの人々が来てくれ、喜んでいた。演奏後、多くの人々から「おめでとう」と言われた。彼らは「本当に救われた」と私たちに言ってくれたね。何人かの人は泣いていたよ。素晴らしいアイデアにによる本当に良いプロジェクトだった。

次に取り出したのはガネーリンとの共演盤だった。ガネーリンは「私は幾つもトリオを持っている」と言っていたが、クルグロフとグループ・アルハンゲリスクのメンバーであったドラマー、オレグ・ユダノフとのトリオもその一つなのだろう。

『Ganelin – Kruglov – Yudanov / Access Point』(Losen Records)

2012年からガネーリンと演奏している。だから、ほぼ11年になるね。これはモスクワのドムでの演奏だけれども、ノルウェーのレーベルからのリリース、即興演奏だよ。この時はMCがいて、コンサートの前後に少し話をした。彼はジョークで、このコンサートはアクセスポイントのようなものだと言ったんだ。それを覚えていたので、アルバムタイトルを「アクセスポイント」にした。演奏に切れ目はなかったけれども、レーベルのプロデューサーからいくつかのポイントをマークするように提案された。CDでは幾つかのパートに分かれているけれども繋がっているので、全体でひとつの作品として聴くことができる。私にとって、ガネーリンや佐藤允彦のようなミュージシャンと演奏できるのはとても素晴らしいことなのだよ。

ここで佐藤允彦の名前が出たのは、2020年来日時に彼と太田惠資とトリオで演奏しているからだ(→リンク)。彼らが共演する前日、クルグロフと雑談をしていた時、翌日の共演者(佐藤允彦と太田惠資)がどのようなミュージシャンなのか知らなかったので、私は思わず「佐藤允彦は日本のガネーリンだよ」と言ってしまった。2人のレジェンドには共通点がある。高いレベルの完全即興演奏を行なえる演奏家だが作曲家で、また教育者としての活動も行なっているからだ。ガネリンの場合はクラシック音楽の教育を受けており、佐藤の場合はジャズがバックグラウンドという違いがあって、仕事としている作曲活動の分野もやや異なるが。

『Alexey Kruglov / Dromuse in Japan』(SoLyd Records)

一度しか演奏していないが、私にとって允彦との共演はとても奥深い経験だった。それから、ヴァイオリン奏者の太田惠資が演奏中にメガフォンを取り出した時にはびっくりしたよ。

私にとって重要だったのは、コンサートの後、観客の一人がやって来て「あなたが冗談を言っていたから演劇だった、あなたが詩を朗読していたから詩だった。ジョークもあったし、いろいろな相互作用や構造もあったが、それは音楽だった」と言ってくれたことだ。それは私にとってとても重要なことだった。この感想は、私の見解や意見、異なる要素を統合するという方向性を反映していたんだ。

(クルグロフが2020年に来日し、東京と新潟で演奏した時の音源から3枚組CD『Alexey Kruglov / Dromuse in Japan』(SoLyd Records)が制作された)

太田惠資はアレクセイ・アイギが来日した時に共演、また彼とのアルバムも制作している。このアレクセイ・アイギの父ゲンナジイ・アイギはチュヴァシの詩人である。

そう、彼はチュヴァシ人。ゲンナジ・アイギも他の重要な詩人、例えばドミトリー・プリゴフと同様に私たちの文化にとって大切な存在だ。私にとってプリゴフはジャズ・即興音楽と現代詩と結びつけたことにおいてとても重要な人物なのだよ。

クルグロフは現代詩に造詣が深い。来日時の公演でもパリンドローム (回文、前から読んでも後ろから読んでも同じ言葉になる)で書かれたロシア未来派詩人マヤコフスキー の詩「ぼくは愛している」をベースにした作品、またウラジーミル・ヴイソツキーの「大地の歌」や「オオカミ狩り」を取り上げている。そんな彼だが、ごく若い頃にソ連/ロシアを代表する詩人アンドレイ・ヴォズネセンスキーとの出会いがあったとは。ヴォズネセンスキーと言っても一般の人には馴染みがないだろう。だが、彼の書いた歌詞を多くの人が耳にしている筈だ。加藤登紀子が歌っている<百万本のバラ>のロシア語版の詞(原曲はラトビア語版で歌詞の内容も違う)を書いたのがヴォズネセンスキーなのだ。

私が十代の頃、ソ連の詩人で最も有名なアンドレイ・ヴォズネセンスキーとコラボレイトしたことがあるんだ。当時はまだ少年だったけれど、それは人生を変えるような出会いだった。作曲の先生が、「アンドレイ・ヴォズネセンスキーがイヴェントで詩を読むのだけど、サックス奏者が必要だと言っている」と声をかけてくれたんだ。私たちはアンドレイに会いに行った。60年代、政治大会で(当時のソ連最高指導者)ニキータ・フルシチョフがヴォズネセンスキーを怒鳴りつけている録画や録音、写真がある(→YouTube)。アンドレイはそのビデオを上映するので、そこで演奏してほしいと言う。そういう訳で出演した。まだ少年だった私にとって、そのような素晴らしいプロジェクトに参加できたことは、スゴイ経験だった。ヴォズネセンスキーはロシアのアイコニックな詩人だからね。(YouTubeに短い映像があった。古い映像なので画質は悪いがここで演奏しているのがアレクセイ・クルグロフ。→YouTube

ところで、日本では現代詩は一般の人々にはあまり読まていない。ロシアではどうなのだろうか。

ロシアの状況も同じだよ。一般的ではない。ポップ・カルチャーと結びついた詩人はいるけれども、人生のごく単純な出来事を読んでいて、文学的な深さはない。でも、面白い詩人がロシアにはいる。半年ほど前にノボシビルスクに行って、現代詩人たちとセッションをしたんだ。そして、アンダーグラウンドの詩のコミュニティ、詩のステージがあることを知った。彼らは大したお金は持っていないけれど、表現することに熱中している。とても素晴らしいことだ。このような現代詩人は、ロシアのさまざまな地域の大都市に存在していると思う。

ここで自身のクルグリー・バンドのCDを取り出した。

『Alexey Kruglov & Krugry Band / Yardbird Suite』(Fancymusic)

私はフリー・ミュージシャンであり、即興演奏も多くやってきて、さまざまなプロジェクトや実験的なことをやって成功してきた。だけど、チャーリー・パーカーの生誕100周年記念の年、彼の音楽を録音したアルバムを作ることにしたんだ。でもね、直接的な方法だけでやったわけじゃないんだ。それぞれの曲の中で、前衛的な方法や、エキゾチックな手法で演奏を発展させようと考えて、いろいろな要素を取り入れたんだ。例えば、<マイ・リトル・スウェード・シューズ>をものすごく早いテンポで演奏したし、<スクラップル・フロム・ジ・アップル>と<オーニソロジー>を繋げたりした。詳細はブックレットに書いてある。このアルバムは僕の恩師であり、ロシアで最も偉大なサキソフォン奏者である先生方に捧げたものなんだ。少し前に亡くなった最初の先生エルネスト・バラシビリと会ったとき、私はクラシック音楽とジャズを結びつけるというアイデアに夢中になっていたんだ。私はクラシックをたくさん演奏したし、もちろんジャズも演奏した。

同時に別の大学にも通っていて、セルゲイ・レザンツェフにも学んでいて、先生は異なった方向に導こうとした。その結果、両方の演奏方法を使い分けるようになったんだ。奇妙な話なのだけど、モスクワのコンセルバトワールにはサックスのクラスがない。アカデミーだけだ。クラシックの教育には厳しい規則があるんだ。サキソフォンがクラシック音楽、現在のようなクラシックのレパートリーに組み込まれてから既に歴史があるのに、モスクワ音楽院が設立された19世紀から変わっていないんだ。もちろん、新しい作曲家のために、例えばシュニトケのような手法を開発させるための音楽スタジオはあるけれど、成功しているとは思えない。

私は現代音楽、現代クラシック音楽の作曲家である友人のプロジェクトに何度か参加したよ。とても興味深い話がある。ニコライ・フルスト Nikolay Khrust というロシア人だけど今はベルリンかどこかに住んでいる作曲家が、4分音、8分音を使って演奏する必要がある作品を書いた。非常に多くの微分音があり、そのサウンドを見つけるため、指の位置を探すのに2時間を費やしたよ。4分音だけではなくマルチフォニックやタンギンクなど幾つもの現代的な奏法が必要となる作品だった。マルチフォニックや4分音による音符の様々な動きは、指の位置を見つける時間があれば吹くことができるけれど、難しい曲だったので演奏するために4週間費やす必要があった。それで、私は作曲家に「ニコライ、どうすれば演奏出来るかやってみる」と言って、その一節を即興で吹いた。彼はなんと言ったと思う。「ああ、それが私が聞きたかった音だ」と言ったのだよ。

それで即興音楽はそのような形式と結びつくことができることが分かった。これは私が感じたことだが、クラシック音楽、現代音楽の作曲家は、即興演奏をしないので、クラシックの演奏家の為にスキームまたは構造を作るだけなのだと。クラシックの演奏家は即興は出来ない。たぶん、そのようなミュージシャン、クラシックの演奏家はとても素晴らしいテクニックを持っているので、即興演奏するのもおそらくそれほど難しいことではない筈だ。私はクラシック音楽の素晴らしい手法に基づいたさまざまなテクニックを使って、様々なプロジェクトで遊んでいる。

今年はリゲティ生誕100年ということで、メールス・フェスティヴァルではそれを一つのテーマとし、独自性の高いプログラムを組んでいた。クルグロフはエチュードの4番をアレンジして、トリオでのステージでそれを演奏した。そのステージでピアノを弾いていたのが、一緒にロシアからやってきたカリーナ・コジェーヴニコワ。今度はその彼女とのCDを取り出した。

『Karina Kozhevnikova & Krugly Band /Polyohonic Circle』(Leo Records)

これは、メールスに一緒に来たカリーナと制作したCDだ。彼女はピアノも弾くけれども最高のロシアの歌手のひとりなんだ。ジャズでもクラシックでも彼女の解釈は深い(→YouTube)。私たちにとってこのアルバムはとても重要なんだ。チャーリー・パーカーを演奏したアルバムと同じような手法で演奏した部分もある。ここではスタンダード曲を演っているけどね。このグループにはピアニストがいないので、ポリフォニーを声、サックス、ベースを交差させてつくり、メロディーがハーモニーになるようにした。ポリフォニーの作り方はオーネット・コールマンのシステムに近い。オーネット・コールマンの作品も2曲入っている。もちろん、自分たちのやり方でやったよ。これは他に実験的な人たちも関わったアルバムでもあるんだ。ジャケットも象徴的で、この写真は雨と雪が降る悪天候の日の交通渋滞を車の中から写したもので、この新しいプロジェクトのちょっとしたメタファーになっているんだ。

昨年、ロシア・ジャズ生誕100年ということで、多くのイベントが行われた。それを記録したドキュメンタリー映画も撮影されたという。だが、ロシアの著名なジャズ評論家キリル・モシュコウが行ったフェスティヴァルについて、クルグロフは批判的な見方をしていた。ロシアのジャズは、エストラーダ(ロシアの寄席演芸、バラエティショー)との結びついているが、ロシア・ジャズ生誕100年記念にも関わらず、それが反映されていなかったのだという。ロシア・ジャズには大衆芸能と結びついたバックグランドがあり、そこから発展していったことから、1940年代半ばまで何ら問題なく演奏されていた。しかし、冷戦時代に入って状況が変わり、ジャズにとって不遇の時代となった。それでもアンダーグランドでジャズは生き延びていたのである。そして、フルシチョフの「雪解け」時代を経て、独自にロシアのジャズは発展し、70年代にはフリージャズも演奏されるようになった。その中で最もよくしられているのが、ヴャチェスラフ・ガネーリン(piano)、ウラジーミル・チェカーシン (sax) とウラジーミル・タラーソフ (ds) によるガネーリン・トリオ(→リンク)だ。

こういう時代になったからだろう。私はイスラエルの詩人イェフダ・アミハイの言葉を反芻している。彼が1993年2月に来日した際に行われた「イェフダ・アミハイ 詩の朗読の夕べ」の質疑応答時、アイルランド人の質問にアミハイはこう答えたのだ。「わたしは、いわゆる政治的にコミットしている社会参加の詩と、そうでない詩をわけることはしません。どんな詩も政治的です。たとえ、詩を書くために象牙の塔に逃げ込んだとしても、それもひとつの政治態度の表明です。それは「わたしは関心がない」ということで、関心がないということもまた、政治的です」と。

ロシアとウクライナの戦争は未だに続いているが、ポピュラー音楽やロックと違い、歌つまり言葉で何かを訴求する音楽ではないため、ジャズ・ミュージシャンの演奏活動は続けられているようだ。声高に何かを訴えるだけが政治的な態度ではない。ジャズ、さらにロシア・ジャズの歴史を鑑みれば、演奏を継続すること自体が政治的ともいえる。音楽の深部から聞こえてくる声に耳を傾けよう。メールスのステージ最後に演奏した<ロンリー・ウーマン>を聴きながらそう思ったのだ。

 


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横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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