ピアニスト リッチー・バイラーク逝く
日本でも馴染みの深いピアニスト/コンポーザー /エデュケイターのリッチー・バイラークが1月26日、療養先のドイツ・ヴァルムスで生涯を閉じた。本名、Richard Alan
“Richie” Beairch。NYブルックリンの生まれ。享年78。死因は複合的な理由による病死。バークリー音大やマンハッタン音楽学校に学ぶ。
メジャー・デビューは1973年のスタン・ゲッツ・カルテットでデイヴ・ホランドb、ジャック・ディジョネットdsとリズム隊を組み、初来日も果たした。盟友のデイヴ・ホランドとはデュオ活動に加え「Lookout Farm」「Quest」を結成、アルバムを制作するとともに世界各地をツアー。『Lookout Farm』のアルバム・デビューはECM 1974年で、このアルバムでの演奏が認められ翌1975年、トリオ・アルバム『EON』、ソロ・アルバム『Hubris』(1978)、トリオ作『ELM』(1979) へと続く。ECMではジョン・アバークロンビー・カルテットの録音にも参加したが、3作目の録音でプロデューサーのマンフレート・アイヒャーと対立、物別れとなり関連アルバムが全てECMのカタログが消える事態に発展したが(詳細については稲岡邦彌著『新版 ECMの真実』参照)、後年カタログは復活、追悼記事もECMのオフィシャル・サイトに掲載されている。
ビル・エヴァンスの研究から発展させた斬新なハーモニーは、とりわけ作曲家・武満徹にも高く評価され彼が主催する八ヶ岳高原音楽祭に二度招聘されレクチュア・コンサートで対談した他、国内制作されたソロ・アルバムに寄稿を受けている。
