ヤン・エリック・コングスハウク 逝く〜ECMサウンドを創ったエンジニア

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R.I.P. Jan Erik Kongshaug (1944.7.4-2019.11.5)
1944年、ノルウェー・トロンヘイム生まれ、ECM Records において、1970年から数々の重要作品のレコーディングを担当し、プロデューサーのマンフレート・アイヒャーとともに、”ECMサウンド”そして、”沈黙の次に美しい音”を作り上げた名エンジニアのヤン・エリック・コングスハウクが、2019年11月5日、闘病の末亡くなった。すでに第一線を退き、レインボー・スタジオを次世代に譲ったとはいえ、その喪失感はあまりにも大きい。そのサウンドのファンのみなさまにお知らせし、悲しみを共有し、ご冥福を祈りたい。


『Pat Metheny Group / Offramp』(ECM1216)
Nana Vasconcelos, Manfred Eicher, Pat Metheny and Jan Erik Kongshaug at the Power Station Studios, New York,1981.
Photo by © Deborah Feingold / Corbis


ECM – A Cultural Archaeology (2012.11.23-2013.2.10)
Photo: Wilfried Petzi, 2012 / Courtesy of Haus der Kunst, Munchen

アルネ・ベンディクセン・スタジオ(1967-1974)、タレント・スタジオ(1974-79)、そして、自身のレインボー・スタジオ(1984年-)と場所を変えながらも、ECMの主要なサウンドはオスロで生まれ続けた。世界中の多忙なミュージシャンをオスロに呼ぶことによりサウンドが創られたという事実には改めて驚かされる。それだけ、マンフレート・アイヒャーにとってオスロは聖地であり、ECMの心臓部だった。

ヤン・エリックとマンフレート・アイヒャーの最初の共同作業は、1970年、オスロのアルネ・ベンディクセン・スタジオで、ヤン・ガルバレク、テリエ・リプダル、アリルド・アンデルセン、ヨン・クリステンセンが参加した『Jan Garbarek / Afric Pepperbird』(ECM1007)。ノルウェーのミュージシャンの録音をオスロで行ったという当たり前の作業だったと思うが、二人は急接近し、『Chick Corea Piano Improvisations Vol.1-2』(ECM1014/1020)、『Keith Jarrett / Facing You』(ECM1017)、『Paul Brey / Open, to love』(ECM1023)、『Chick Corea & Gary Burton / Crystal Silence』(ECM1024)と、その後のECMの方向性を決定づける名盤の数々を録音、『Egberto Gismonti / Dança das Cabeças』(ECM1089)、『Azimuth』(ECM1099)、『Pat Metheny Group』(ECM1114)、など、その時代を切り拓いたアルバムを残して行った。並行して、スカンジナビアのミュージシャンのさまざまな録音も手がけてきた。約4,000以上のアルバムを録音し、そのうち約700枚をECMに残している。ECM – A Cultural Archaeology~ミュンヘン、Haus Der Kunstで2012−13年に開催されたECM展での、マスターテープの山にも圧倒された。


1979年4月、東京・中野サンプラザでの、キース・ジャレット”ヨーロピアン・カルテット”公演があまりにも素晴らしかったために、マンフレートは急遽、ヤン・エリックを呼び寄せる。及川公生をアシスタント・エンジニアに録音。『Personal Mountains』(ECM1382)、『Sleeper』(ECM2290/91)として、それぞれ、時を経て、1989年、2012年にリリースされた。

1980年代には、ニューヨークでも活躍し、パワー・ステーション・スタジオ(その後のアバター・スタジオ)で、『Keith Jarrett Trio / Standards Vol.1-2』(ECM1255)、『Keith Jarrett Trio / Changes』(ECM1276、ECM1289)、『Pat Metheny / Offramp』(ECM1216)などを残している。そして、1984年にレインボー・スタジオを設置という流れになる。

2018年に『Shinya Fukumori Trio / For 2 Akis』(ECM2574)でECMからデビューを飾った福盛進也が、それに先駆けて独自にヤンに依頼して、レインボー・スタジオでデモ音源の録音を行った。おそらく、それがマンフレートの耳に届いてECMで録音するきっかけとなった。現在は、その音源は公開されていないが、いつかその時間と音楽を共有していただけたらと思う。

父はギタリストのヨン・コングスハウクで、自身もジャズ・ギタリストとしての演奏活動を行い、『The Other World』(1999)、『All These Years』(2003)を自身がエンジニアとして録音している。

ECM Records 50周年を記念して、『ECM catalog 増補改訂版/50th Anniversary』(東京キララ社)が2019年11月に刊行される。960ページにまで膨れ上がったこの本は、ヤン・エリック・コングスハウクの人生と全仕事の記録そのものでもあり、原稿にJan Erik Kongshaugと打ち込むたびに特別な想いを感じていた。

2019年1月には、ノルウェーを代表するミュージシャンがCafe Theaterに集まり、そして、ノルウェー国王からの勲章(Kongens fortjenstmedalje)を受けた。また、3月にはヤンが録音したたくさんのミュージシャンを、ジャズクラブCosmopoliteに集めて、ヤンのためのフェスティヴァルを3日間開催したと言う。

心よりご冥福をお祈りしたい。
Tusen takk, Herr Jan Erik Kongshaug!

【参考記事】 Jan Erik Kongshaug er død (Dagsavisen)を記事の参考とさせていただいた。

神野秀雄

神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。

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