4/09 リチャード・タイテルバウム逝く

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エレクトロニック・ミュージックの先駆者的存在だったリチャード・タイテルバウムがNYの病院で亡くなった。パートナーのピアニスト桜澤弘子さんによると死因は心臓発作で、享年80。
タイテルバウムは、1939年5月NY生まれ。エール大学で作曲と理論を専攻、1964年Moogシンセサイザーと共にイタリアに渡り、フレデリック・ルツェウスキらとMusica Elettronica Vivaを結成、エレクトロニクスとシンセサイザーを融合した音楽で新境地を開いた。1977年、フルブライト留学生として来日、雅楽や尺八を集中的に研究、エスノ・ミュージックへの興味の一端を示した。滞日中に、加古隆(p)、中川昌三(fl)、富樫雅彦(perc)を含むカルテットでアルバム『Hiuchi Ishi』(Denon) を録音している。
共演者には、アンソニー・ブラクストンを始め、ロスコー・ミッチェル、ジョージ・ルイス、ルロイ・ジェンキンスなどシカゴAACM系が多い。滞欧中はスティーヴ・レイシー(ss)やパートナーのイレーネ・アエビ(vo)とも交流した。
2017年には、ムジカ・エレットロニカ・ヴィヴァの結成50周年を祝うコンサート・ツアーを実施、アルバム『Symphony No. 106』をリリースした。
アンドリュー・シリル(ds)との交流も長く、シリルの近作『The Declaration of Musical Independence』(ECM 2016)では、ビル・フリゼール(g)、ベン・ストリート(b) とのカルテットでタイテルバウムのピアノとシンセサイザーを聴くことができる。


One thought on “4/09 リチャード・タイテルバウム逝く

  • 稲岡編集長
    2020年4月10日 at 3:29 午後
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    1976/77年の来日時、先着のアンソニー・ブラクストンの紹介で六本木のオフィスを訪ねてきた。当時のコンテンポラリー・アートの最先端だった西武美術館とアール・ヴィヴァンに帯同したところ、バッグからテレコを取り出し、美術館のあちこちでノイズを収録し出したのを思い出した。オ当時、トリオレコードが契約していたFreedomレーベルからタイテルバウムとアンソニー・ブラクストンのアルバム『Time Zones』をリリースしたばかりだった。

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