追悼 ゲイリー・ピーコック(1935.5.15 – 2020.9.4)
〜キース・ジャレット、菊地雅章、ポール・ブレイ、ポール・モチアン、ビル・エヴァンスらと共演

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Gary Peacock (b), Marc Copland (p), Joey Baron (ds) 2017

Text by Hideo Kanno 神野秀雄
Photo by Roberto Masotti

R.I.P. Gary Peacock (1935.5.15 – 2020.9.4)

9月4日、ベーシストのゲイリー・ピーコックが、ニューヨーク州”アップステート”にある静かな湖畔の町オリーブブリッジ(Olivebridge)の自宅で安らかに亡くなった。享年85。死因は公表されていない。オリーブブリッジは、マンハッタンからハドソン川沿いに約150km北に位置する。まずジャック・ディジョネットのFacebookに追悼文が掲載され騒然となったが、その投稿はすぐに取り消され、信頼できるメディアからの報道もなかったため、誤報と信じたかったが、月曜朝ミュンヘンのECM Recordsのオフィスが開くと、WebsiteとFacebookに追悼文が掲載され、アメリカ公共ラジオNPRからも発表された。


L: ©Roberto Masotti R:スタンダーズ・トリオの最終公演 NJPAC, Newark, NJ ©Hideo Kanno

1977年2月ニューヨークで録音された『Gary Peacock / Tales of Another』(ECM1101)に始まり37年続いたキース・ジャレット、ジャック・デジョネットとのキース・ジャレット・”スタンダーズ”トリオで記憶される方も多いと思う。その後、『Stadards, Vol.1』、『Changes』、『Stadards, Vol.2』(ECM1255, 1276, 1289)が、1983年1月にニューヨークでヤン・エリック・コングスハウクの手で録音され、ジャズスタンダード上で繰り広げられる大胆で繊細なインタープレイは大きな衝撃と感動、影響をもたらした。なお、このセッションには、<Prism>、<So Tender>とキースのオリジナルが演奏されたのも特徴で、スタンダーズのために書かれた曲かと思われたが、ヨーロピアン・カルテットの1979年東京でのライヴ盤『Persoal Moutains』(ECM1382)、『Sleeper』(ECM2290/91)が遅れてリリースされたことで、そのレパートリーであることが明らかになった。

最初のライヴは、1983年9月6日〜11日のニューヨーク、ヴィレッジ・ヴァンガードのようだが、この時期はピアノソロをメインにし、スタンダーズ公演はトロントを例外として行っていない。初来日は1985年2月5日〜20日、12回公演を行った。鯉沼ミュージックの尽力もあり何度も来日を果たし、『Tokyo 1996』(ECM1666)、ビデオアーツ制作DVDで『Stadards Live ’85』 、『Stadards Live II』(1986)、『Live at East 1993』、『Keith Jarrett Trio Concert 1996』などの記録を残している。アルバムとしては2009年ルツェルンで録音された『Somewhere』(ECM2200)が最新となる。2013年5月6日〜15日が”最後の日本ツアー”となった。

Prism (Tokyo, 1985)

So Tender (Tokyo, 1985)

All the Things You Are (Tokyo,1996)

スタンダーズ・トリオの最終公演となったのは、2014年11月30日のニュージャージー・パフォーミング・アーツ・センター(NJPAC、ニューアーク)で、筆者はトリオの最後の音を聴き届けることになった。<All the Things You Are>、<On Green Dolphin Street>などが演奏され、アンコールは3曲、<God Bless the Child>、 <When I Fall in Love>、<Straight No Chaser (Free Improvisation)>をもって37年に及ぶ共同作業の幕を閉じた。

ゲイリーの不調のためスタンダーズが休止したとも伝えられたが、ゲイリーは元気に自己のトリオでの活動を続けていた。なお、キースは2017年2月15日カーネギーホールでのピアノソロ公演をもって活動を休止しており、ニュージャージー州の自宅で穏やかに休養している。ジャック・ディジョネットは、ラヴィ・コルトレーン、マシュー・ギャリソンとのトリオで活動を続けている。キース・ジャレットの音楽の歩みはこちらをご参照いただきたい。

なお、スタンダーズ・トリオと並行して、『Keith Jarrett / At The Deer Head Inn』(ECM1531)でのポール・モチアンとのトリオの録音が存在した。また、『塩谷哲トリオ/Wheelin’ Ahead!』(JVC, 2004年)に<Another Tale of a Star>という『Tales of Another』へのオマージュ曲があることを付記しておこう。


L: ©Eliott Peacock / ECM Records R: ©Cateria di Perri / ECM Records

2010年代は、マーク・コープランド(p)、ジョーイ・バロン(ds)とのトリオを中心に精力的に活動を続けた。『Now This』(ECM2428)を2015年の80歳誕生日にリリース、2016年5月にスイス・ルガーノで録音した『Tangents』(ECM2533)がECMにおける遺作となっている。また、マリリン・クリスペル(p)との共同作業では2011年録音の『Azure』(ECM2292)を残している。スタンダーズ・トリオを懐かしむだけではなく、最近の音も聴いていただければ幸いだ。本記事の冒頭にも挙げたがYouTubeでゲイリー・ピーコック・トリオの演奏を観ることができる。

時代を遡ると、ゲイリー・ピーコックは、1935年アイダホ州バーレイに生まれ、ワシントン州ヤキマに育ち、高校までにピアノ、ドラム、トランペットを演奏する機会があり、ロサンゼルスのウエストレイク音楽大学に学んだ。兵役で陸軍に入隊しドイツにいた際に、ピアノでトリオに参加していたが、ベーシストが辞めてしまったため、嫌々ベースを弾くことになったが急速に習得し、ドイツにジャズベーシストが少なかったためにフランクフルト周辺で多くのミュージシャンとのセッションの機会に恵まれながら、自分が演奏すべき楽器はベースだと悟った。

1962年にニューヨークに移る。この頃、友人スコット・ラフォロを通して知ったオーネット・コールマンの影響も受けながら、ビル・エヴァンス・トリオに加わり、『Trio 64』を録音。生涯の友人となるポール・モチアンに出会う。1964年にはアルバート・アイラー・トリオに参加しツアーも行い、歴史的名盤『Spiritual Unity』を録音している。マンフレート・アイヒャーもこの2枚を特に好きで影響を受けたと語っている。

Albert Ayler / Ghost

ECMとの関わりは、創設から3枚目『Paul Bley With Gary Peacock』(ECM1003)に始まり、ドラマーにポール・モチアン、ビリー・エルガートを加え、1963年と1968年の録音の1970年リリースだった。それ以降もポール・ブレイとは長年にわたって共演の機会を持ち続けた。


©W Patrick Hinley / ECM Records

ドラッグやアルコールなどで不健康な生活に陥っていたゲイリーは、日本に向かう決心をし、1970年ごろ2年半にわたって滞在。自然食や禅に傾倒し生活を改善、日本語も習得し、日本のミュージシャンと親交を結びながら、いくつかの録音を残す。日本語を学ぶ中で”間”を学ぶことができたという。菊地雅章、村上寛と『Eastward』(CBS)、富樫昌彦を加えた『Voices』(CBS)、マル・ウォルドロンと『First Encounter』(RCA Victor)などを残している。特筆すべきは、尺八の山本邦山と菊地のコラボレーションである『山本邦山/銀界』(1970年)で、菊地が全6曲書き下ろしで、山本、菊地、村上、ゲイリーで録音された(ヒロ・ホンシュクの楽曲解説を参照されたい)。20年の時を経て1994年には、ゲイリー、菊地、富樫では「Great 3」として再集結し、及川公生によりスタジオ盤『Tennessee Waltz』と、新宿ピットインでのライヴ盤『Begin The Beguine』が録音された。

Yamamoto Hozan Ginkai

ゲイリーは、1972年に帰国し、ワシントン大学で生物学を修めた。ポール・ブレイとの演奏を再開し、日本ツアーを行って、『Japan Suite』を録音。そして日本で身につけた感性を活かして『Tales of Another』(ECM1101)を録音と話はつながり、各曲のタイトルには俳句も影響しているというから、日本滞在からのイマジネーションがなければスタンダーズ・トリオは生まれなかったのかも知れない。また、1980年頃は、アート・ランディ、エリオット・ジグモンドと活動し、『Shift in the Wind』(ECM1165)を残している。

1990年代〜2000年代には、菊地雅章とポール・モチアンとの「Tethered Moon」で活動していた。2000年代を中心にマリリン・クリスペルとも共同作業を行い、1980年代に始まったマーク・コープランドとの共同作業が最晩年まで続くことになった。

9月7日付けのECM Recordsウェブサイトのニュースに掲載されたマンフレート・アイヒャーの言葉にECMへの影響の大きさを読み取ることができる。

“I’ve lost a life-long friend, and a musician whom I had admired greatly since the first time I heard him. We were so pleased and proud to be able to feature him so early in our programme. Along with Scott La Faro, Steve Swallow and Charlie Haden, Gary was one of the bassists I most appreciated, and I loved his playing on Albert Ayler’s ‘Spiritual Unity’ and Bill Evans’s ‘Trio ‘64’. We started working together more closely with ‘Tales of Another’, in retrospect an influential album. It laid the groundwork for one of the longest-lasting groups in jazz…”

ゲイリーが60年以上にわたって届けてくれた素晴らしい音楽の数々、そして日本を心から愛してくれたことに感謝したい。

神野秀雄

神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。

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