“ニューポート・ジャズ・フェスの創始者”ジョージ・ウィーン逝く 享年95

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photo©1980 Mituhiro Sugawara 菅原光博

世界でもっとも著名なジャズ・フェスでジャズ・フェスのモデルとなったニューポート・ジャズ・フェスを1954年に立ち上げたフェスティバル・プロデューサー ジョージ・ウィーン (George Wein。日本では、ジョージ・ウェインと表記されることが多い) が9月13日、NYの自宅アパートで永眠した。
ジョージ・ウィーンは、1925年10月マサチューセッツ州リンの生まれ。8才からピアノを始め、高校、大学(ボストン大学リベラル・アーツ)を通じジャズ・バンドを率いていた。卒業と同時にボストンのコープリー・スクエア・ホテルの地下にジャズ・クラブ「ストーリーヴィル」を開設、同名のレーベルを通じてレコードの制作も始めた。
ロング・アイランド州ニューポートでニューポート・ジャズ・フェスティバルが初めて開催されたのは1954年、ビリー・ホリデイ、ディジー・ガレスピー、オスカー・ピーターソン、エラ・フィッツジェラルドらが参加、翌年にはルイ・アームストロングらも参加したが、当時の避暑地のジャズ。フェスの様相を後世に伝えるのが1958年のバート・スターンの映画『真夏の夜のジャズ』である。
1959年にはボブ・ディランらと「ニューポート・フォーク・フェスティバル」を、その後、「ニューオーリンズ・ジャズ&ヘリテージ・フェスティバル」、1982年には「ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン・斑尾」など世界各地へ展開。
10代でジャズ・ピアニストとしてデビューしたウィーンは、ニューポート・オールスターズを率いてフェスにもたびたび出演、作曲もし、CDをリリースしている。
2005年にはNEAの「ジャズ・マスター」の指名を受け、先立つ1991年には仏政府から「レジオンドヌール勲章」を授与、さらには、2015年にはグラミー賞 特別功労賞理事会賞を授与されるなど数々の栄誉を受けその業績が高く評価されている。

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