#135 村上巨樹著『ミャンマーCDディスクガイド〜古典音楽からEDMまで』
text by 金野ONNYK吉晃
村上巨樹著
『ミャンマーCDディスクガイド〜古典音楽からEDMまで』
株式会社ローラーズ発行 2024年 Rollers ¥2,200
「タナカって知ってますか?」
何かと話題になる東南アジアの一国、ミャンマー。日本が東南アジアに進出した際に、英国の支配を排除した。その中心人物がアウンサン将軍。スーチー氏の父親で「ミャンマー建国の父」としていまだに敬愛される。将軍は日本名を持ち、戦時中に勲章を授与されるまでの親日派ではあったが、英国に取って代わった日本の支配に叛旗を翻す。戦後再び英国支配が強まる中で独立運動を続行するが暗殺される。
戦後、ミャンマーは独立国となったが、周囲の国境は常に緊張を孕んでいる。多数の山地民族が存続し、武装して宝石採掘や阿片の原料となるケシ栽培を続けている。政治権力は現在、国軍が握っているが、伝統的に民衆は仏教信心が強い。近年話題になったのはイスラム系少数民族ロヒンギャへの圧迫だ。
ちなみに日本では小説、映画で知られる「ビルマの竪琴」は、日本軍の脱走兵が僧侶となり兵士の慰霊に人生を捧げるというものだが、僧侶は音楽を禁止されており、宗教的にも状況的にもあり得ない全くの虚構として、却って有名になった。水島上等兵が弾く楽器はサウン(「サウンガッ」とも)という、白鳥型の琴である。
歴史的には10世紀にチベット系王朝が成立して、仏教を保護して文化の興隆をみた。現在知り得る古典音楽は18世紀に成立し、歌曲が主体だった。インドと中国の影響が強く、七音階から選ばれるペンタトニックと、強弱の明確なリズムによる旋法音楽であり、即興性も自由である。そしてこれらの伝承音楽の上に、近代の世界的な大衆音楽の影響が被さって来る。それが現代のミャンマー音楽の独自性を形成している。
その旋律の複雑さと独自のグルーヴに魅せられた日本人がいる。
著者村上の経歴を紹介しよう。岩手県花巻市出身のギタリスト、作曲家、自主レーベルCADISK主宰、ミャンマーマンドリン奏者、ギターとドラムだけのデュオte_ri(テーリ)にて、内外のライブ公演多数。2016年よりミャンマーの音楽を研究開始、数回入国している。幾つかの著作を出版、講演会を内外各地で開催、各種メディアに出演と、八面六臂。
となるのだが、私は彼との付き合いが20年ほどになるので、この間の経過を何かと知っているつもりだ。そして共演や、主催ライブへの出演もある。
上記に追加したいのは、彼が大衆芸能への熱い視線をもっており、その方面の著作もある。また地方の伝統芸能の記録映画や、ユニークなミュージシャンのドキュメント映像の自主上映も不定期に行っている。例えば三陸沿岸の「廻り神楽」「宮古島の神女(ツカサンマ)の歌」「津軽三味線の伝承」、灰野敬二や倉地久美男のドキュメント映画もある。
また彼の主たる関心、ミャンマー伝統音楽で、大衆音楽の楽団の活動を記録した「チョーミン楽団が行く!」は、過去にJT誌上にてレビューさせて頂いた。
村上は今年10月、出身の花巻市に、古書店「港(みなと)」を開店した。古書のみならず文化的リゾームの結節点となりそうだ。
本書は著者のミャンマー音楽研究としては二冊目になる。前著「刻まれたノイズ−ミャンマーのレコード事情−」(2020年、株式会社ローラーズ)ではSP盤時代からも選択して、一枚のCDに編集して添付している。著者から聴く苦労話は興味深い。中古レコード店などというものは無いから、ただの中古品店の店頭に、ジャケットもなく平積みされているレコードを一山いくらで買って来るという。土やゴミ、埃どころか虫なども張り付いている。それらを丁寧に洗い流し、レーベルから情報を読み取って演奏者、曲目、録音年代等を整理する。これはもう考古学である。
村上は、ミャンマー音楽のカセット全盛期は守備範囲から外した。確かに80年代のある時期、アジア全体は音楽カセットが席巻した。というより世界中でそうだったかもしれない。それは高価なレコードをカセットにダビングし、またそのカセットもすぐコピーされ、という情報は複製されても価値を失わないという性質を反映していた。インドでは町なかで大音量の映画音楽を流し、質の悪いコピーカセットを大量に安価に販売していた(現在はMP3のディスクである)。
また私の世代においてはカセットレーベルの設立が流行だった。自宅で演奏を録音しディストリビュートする「ホームテーパー」は無数に居た。という訳で最早カセット文化を追うというのは雲を掴むような話である。
さて、ならばCD時代となって音楽は変化したか。
それがこのガイドブックの意義であろう。
ミャンマー人は決して古典音楽の美を忘れてはいない。メディアが変化しただけだ。
村上は本書の構成を音楽概説、楽器解説から始める。CD紹介は、ジャンル別にしている。
その冒頭は古典音楽である。ミャンマー固有の楽器別に並べ、ビルマ西洋楽器(地元に根付いた西欧楽器で、ミャンマー音楽演奏に特化している)、古典歌謡と続く。
そしてミャンマーポップス、ミャンマービッグバンド(著者はこれが白眉と言いたいようだ)、小アンサンブルを紹介する。
さらに仏教説話CDがある。肝心なことだがミャンマー人の大半は信心深い仏教徒である。が、上座部仏教(テーラワーダ、南伝仏教とも。小乗仏教は蔑称)であり、男子は一生に一度出家すべきとされるほどだから、日本の仏教よりもかなり根強い。僧侶の説教がCDで聴かれているのも面白いが、実は日本でもかつて節談説教という芸能があった。私は韓国の僧侶説教のカセットをもっている。
そしてアウンサン将軍讃歌、ロック、ピアノ(ミャンマー調律の)、EDM (Electric Dance Music) / HIP HOPまで。最新の音楽フェスの様子も裏通りのストリートミュージシャンも写真入りで紹介される。
CD一枚ごとに1頁、123枚紹介されている。勿論ジャケット写真とデータ付き。
紹介文は演奏者と演奏様式、その特徴、このCDで注目すべき点、音質、楽曲分析と解説が要領よくまとまり、時に村上の意外な感想(プログレ、テクノ、オルタナなどとの比較)が挟まり、演奏家ならではの視点が流石だ。どれもこれも聴きたくなるが、まあ彼にしてみればこれらは氷山の一角なのだが。
最後にこうした音楽を、日本のどこで入手できるのかも書かれている。
近年、来訪者と情報が増加しているミャンマーの文化的側面を、耳から知ることをおすすめしたい。何故なら、体が食べたもので出来ているように、精神は聴いたもので養われるから。
さて「タナカ」って何でしょう。
著者自身の通販サイト
https://.cadisc.stores.jp/.
前著取り扱い
https://.diskunion.net/portal/ct/.detail/1008308679
新著(本書)取り扱い店
エルスールレコーズ
https://elsurrecords.com/.
プランテーション
https://.plantationwebshop.com/.