#137 佐藤英輔著『越境するギタリストと現代ジャズ進化論』
text by Tomoyuki Kubo 久保智之
書名:越境するギタリストと現代ジャズ進化論
著者:佐藤英輔
出版社:リットーミュージック
発売日:2024年9月20日
定価:本体2700円+税
頁数:432ページ
圧巻の432ページ! しかし豊かな筆力に引き込まれると、膨大な情報量も濃密な内容もどんどん読み進めてしまえるのか、とちょっと驚いてしまった。
この書では、「ギタリスト」を中心に据えながら「ジャズ進化論」が展開される。そのベースとなるのが佐藤氏が過去にさまざまなアーティストに行ってきたインタビューだ。そのひとつひとつのインタビューが、まずとてもユニークかつ興味深い内容なのだが、それらの一次情報を元に展開される「ジャズ進化論」のストーリーは、さらにとても斬新だ。氏の卓越した知識と洞察力により繰り広げられる世界に、グイグイと引き込まれてしまう。
この「現代ジャズ進化論」は、さまざまなアーティストの観点からジャズ、そしてギターについて語られていく。アーティストはギタリストだけでなく、いや、どちらかというとギタリスト以外のほうが多いかもしれない。ちなみに私がこの記事を書くに当たって、本書内の章タイトルに挙げられているアーティストだけをタグ付けして並べてみたのだが、それだけでも膨大な数となってしまい、本文と変わらないくらいのスペースをとってしまうほどであった。慌ててタグの数を絞り込み、現在の数に収めたのだが、この「現代ジャズ進化論」では、それほどの膨大な数のアーティストからなる情報が緻密に組み合わされ、論が展開されていく。その情報量、内容の密度の高さにはとにかく圧倒される。
本書は、マイルス・デイヴィス(tp)やオーネット・コールマン(sax)が、モダンジャズ界でそれまであまり注目されていなかった「ギター」を組み入れて、自分たちの音楽観を提示していったエピソードからスタートする。「ギターによるジャズ表現」に関しては、一般的にはマイルスを例として語られることが多いが、本書ではオーネットの事例が多く示されていて(章が独立している!)とても斬新だと感じた。こういう観点もあるのか! と、とても貴重な気づきも得ることができた。
同様に、本書で一つの章として深く掘り下げられているアーティストは、他にはジミ・ヘンドリックス(g)、カサンドラ・ウィルソン(vo)、レディオヘッドなどもある。それぞれ、周辺人物のインタビューなどを交え、ユニークな視点で深く掘り下げられていくが、意外な観点のように思える各テーマが、「ジャズの中のギター」の理解を深める内容として、見事に着地していく。
その他、「オルガン・ジャズ」「ブラック・ミュージック」「ECMレーベル」ともう少し広い観点での解説もあり、後半ではコンテンポラリー・ジャズ・ギタリストや日本の若手ギタリストの最近の活動紹介まで、幅広いアーティストの紹介を通じて、現代のジャズの様子までが描かれる。ギタリストを中心に据え、さまざまな軸から、これまでにない「現代ジャズ進化論」が濃密に展開されていく。
最後に、本書の「謝辞、など」からコメントを一部引用する。
「本書はパンデミックがなければ、書かれなかったものだ。ライブも飲酒の場もなくなり、その虚無を埋めるかのようにぼくは以前から頭にあったことを形にしようとした。そのため、2020年4〜5月にかけて一気呵成に書いたものが元になっている」(「謝辞、など」から引用)
読み終えた後にサラッと知らされる驚愕の事実。432ページの大作だが、なんと本書の骨子は2ヶ月あまりで一気に書かれたとのことだ。その集中力、その筆の速さにもたいへん驚いたが、一方で、特別な集中力を生みうるこうした例外的な時期があったからこそ、この密度の書が生まれたのかもしれない、とも思った。そのくらい特別な、気迫のこもった書だと感じた。音楽界の多くの人脈や時代の流れなど、膨大な情報を立体的に捉えて「ギタリスト」という観点で、わかりやすく「現代ジャズ」について解説をしてくれている本書は、とても貴重な一冊だ。
2020年は大変な時期でもあったが、佐藤英輔氏の頭の中を視えるようにしていただけたということは、ある意味でとてもありがたい時代だった、とも言えるのかもしれない。