A POWER STRONGER THAN ITSELF: The AACM and American Experimental Music
text by Kazue Yokoi 横井一江
書名: A POWER STRONGER THAN ITSELF: The AACM and American Experimental Music
著者: George E. Lewis ジョージ・E・ルイス
出版社: The University of Chicago Press
初版: 2008年
価格:US$35.00
ジョージ・ルイスがAACMの歴史について本を書いているという噂を耳にしてからいったいどのくらい経ったのだろう。たぶんその噂を最初に耳にしたのは10年近く前だったような気がする。本文だけでも約500ページ、注記も含めると700ページに渡るその労作、大作が遂に出版された。
AACMに属するミュージシャンやグループ、例えばムハル・リチャード・エイブラムス、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、エアー、アンソニー・ブラクストンなどの話題が日本に伝わってきてから約40年。彼らのように世界的なレベルで評価を受け、演奏活動を行ってきたミュージシャンがいたからこそAACMの存在が知られるようになったのは確かだ。その後もAACMはある種の前衛ジャズの代名詞ととして捉えられてきた感がある。しかし、個々のミュージシャンの音楽性は様々であり、AACMという括りで単純にそのスタイルを十把一絡げに語れるものではない。ただ一つ言えることは、本著の最後で引用されたエイブラムスの言葉にあるように「AACMは個人による表現の集合体」で「オリジナルな音楽」だったということだ。
組織としてのAACMの本質は意外と知られているようで知られていない気がする。それは1965年に設立されたNPO(当時アメリカにこのような組織を認可する制度があったことは驚きだ)であり、ミュージシャン自身が演奏活動の場を確保するだけではなく、音楽教育などシカゴ・サウスサイドの黒人社会に密接に結びついた組織としてスタートしたのだ。AACMが結成される直前にニューヨークではビル・ディクソン提唱の下、ジャズ・コンポーザース・ギルドが結成されたが非常に短命に終わった。しかし、AACMは今なお存在する組織であり、その活動は続いている。四十数年も。それは奇跡に近い。と同時に、このAACMというミュージシャンによる自主組織を作るという発想はアメリカだけではなくヨーロッパのクリエイティヴなミュージシャンにも少なからぬ影響を与えたといえる。
著者のジョージ・ルイスはトロンボーン奏者であり、インタラクティヴな音楽ソフト“Voyager”の開発・演奏者で、現在はコロンビア大学の教授であり、そこのジャズ研究センターのボスだが、AACMスクールで学んだシカゴ生まれのサウスサイダーで、AACMのメンバーでもある。内と外との立場からそれを捉え、AACMについて論述するのに、これほどの適任者は他に考えられない。ミュージシャンはよく評論家や研究者は自分たちのことを理解していないという。特にアメリカの黒人ミュージシャンは、評論家の多くは白人であるという不満は今なお少なからず持っている。実際、黒人でジャズ評論を書いている人物はそう多くはない。ルイスはアカデミックな場にいる人物だが、本著は単なる研究書、あるいはオーラル・ヒストリーに基づく歴史本を超えた著作となった。膨大なインタビュー、資料に基づき、時代的文化的背景、60年代の実験音楽の動向等をも含め多角的に検証し、歴史的パースペクティヴのなかでAACMを位置づけている。ここに書かれている時代はルイス自身が生きてきた時代と重なり、ルイス自身も当事者の一人だ。ゆえに既に評価の定まった歴史を取り上げるのとは異なった緊張感とリアリティがあるのだ。
ここではミュージシャン達のコトバが生き生きとしている。それは著者=インタビュアー自身が内部の人間であったから、皆の本音を汲み取れたということもあるだろう。そして、ある部分、特にAACM設立に至るくだり、ステーヴ・マッコール家のキッチンでの話、設立に向けてあれこれ方策を練る設立に関わったメンバー、その録音が残っていたという第一回のミーティングの記述などは実に生々しく、一種のドキュメントとなっていて、その場に居るような臨場感があるのだ。AACMおよび個々メンバーの活動も、その背景、環境からリアルに立ち上がってくる。それぞれのシークエンスにおいてミュージシャンの言葉を上手く折り込んでいったことが効を奏したことは間違いない。
そしてまた、60年代終わりミュージシャンが滞在したパリ、70年代以降もAACMのミュージシャンの演奏活動を紹介したブーカルト・へネンのメールス・ジャズ祭、またヨーロッパでの評価も勘案し、ローカルとグローバルという二つの目線から、AACMの存在を浮かびあがらせた手法は特筆に値する。それはルイス自身、グローブ・ユニティやICPオーケストラに参加するなどヨーロッパのミュージシャンと共演し、関係者と交流を持っていたからこそ持てた視点だろう。ひとつ寂しいのは、一時はデルマークの主要部門であるブルースを差し置いてAACMミュージシャンのLPを国内盤として流通させたレコード会社や彼らの作品を輸入していた業者、またアート・アンサンブル・オブ・シカゴなどのレコード・CDをリリースしたレーベルがあり、豊住芳三郎のようにシカゴへ出かけていったミュージシャンもいる日本がそのリサーチの外側にあったこと。言語文化の壁はやはり大きいのか。
確かに分厚い本だが決して難解なものではなく、黒人ミュージシャンを取り巻く状況や彼らのものの考え方もよくわかってきて面白い。研究者や評論家の書く本の限界を超えることができた著作である。その理由は、ルイス自身の中に当事者(AACMメンバー、ミュージシャン、シカゴ出身の黒人)=内部とアカデミックな研究者=外部という二つの目線、立場が共に存在しているからだ。そして、最後の章にあるように、現在進行形、未来に開かれた視点があること。何よりも研究者の冷静な頭脳、分析能力とミュージシャンの感性、マインドとの絶妙なバランスが、傑出した書物にしたといえる。これはジャズの歴史を語る書物のあり方、ジャズ研究の現場にも一石を投じたと私は思う。ルイスに最大級の讃辞を送りたい。邦訳を出そうという心意気のある出版社が登場することを心から願っている。
(初出:2008年8月31日 JazzTokyo #100 )