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BooksReviews~No. 201

#074 Chuck Haddix『bird The Life and Music of Charlie Parker』

text by Kenny Inaoka  稲岡邦弥

書名:bird The Life and Music of Charlie Parker
著者:Chuck Haddix
版元:University of Illinois Press
初版:2013年8月30日
定価:$24.95 US

腰巻きコピー:
一気に読み切った。必読の書である。非常に重要な書でもある。おめでとう、チャック・ヘディックス。君のお陰でチャーリー・パーカーの生涯がより明確になった。ボビー・ワトソン(ミズーリ・カンザスシティ大学ミュージック&ダンス学院 ジャズ・スタデイズ・ディレクター)

“バードは意識を失っていました。が、脈はまだありました。やがて、彼の脈が止まりました。私は信じることができませんでした。自分の脈をとってみました。この脈がバードの脈だと信じ込もうとしました。”著者チャック・ヘディックスがバードの臨終の場面で引用したニカ男爵夫人の述懐の一部である(原典はロバート・ライズナーの『Bird: The Legend of Charlie Parker』1962)。胸が詰まってしばらく身動きがとれなかった。気が付いたら思わず右手の親指が自分の脈を探っていた。

淡々と事実を追っていくノン・フィクション的スタイルともいうべきヘディックスの新著の中のここはハイライトのひとつである。ハイライトは他にもいくつかあるが、とくに印象に残るのはサヴォイ・レーベルへの初めてのリーダー・アルバムのレコーディングのシーン。ボロボロのサックスのタンポに湿り気を与えるためにベルからバケツで水を流しこむバード。他に、ロス・ラッセルが興したダイヤル・レーベルとの録音契約。ラッセルはバード本の中ではもっとも読まれていると思われる『バードは生きている~チャーリー・パーカーの栄光と苦難』(池央耿・草思社1975)を著した。当事者であるだけに書けないこともあった。ちなみにラッセルはストーリー・テリングに長けており、冒頭の「ビリー・バーグの店で~オブリガート」でバードを活写、映画のフッテージを観るようにぐいぐい読ませるが、彫琢の見事な新刊のヘディックス本を読んだ後では、やや修辞過多でフィクショナルな感を否めない。他のハイライトは歴史的名盤『ジャズ・アット・マッセイホール』を残したトロントのマッセイ・ホールでのギグ。登場人物がバードの他に、ディジー・ガレスピーtp、バド・パウエルp、チャーリー・ミンガスb、マックス・ローチdsというまさにバップを創った男たち!この連中が繰り出す駆け引き、織りなす綾。名盤の裏に隠された秘話には文字通り手に汗を握る。ちなみに、このアルバムを録音したのはミンガスが興したデビュー・レーベルで、録音レベルに不満だったミンガスは自分のベース・パートをあとでオーバー・ダビングしている。最晩年、体調を崩したバードが旅先からふたりの子供の育児に苦労するパートナーのチャンに宛てた何通かの電報。障害児だった愛児の出産と病死を旅先で知るバード。命名と葬儀は楽旅の打上げを待って自ら手を下すのだが、彼の想いはチャンには通じない...。

日本で翻訳されているパーカー本は、上掲のロス・ラッセル本の他に、バードとも接触があったロバート・ライズナーによる80人以上の証言を集めた『チャーリー・パーカーの伝説』(片岡義男訳・晶文社 1972)。“パーカーは新米サックス奏者にこう語った。「わかるか、何かを学ぼうとするのをやめてしまったらおしまいだ。それに音楽はあまりにも莫大なもので、決して全てを学ぶなんてことはできない。これは本当だ。」というバードの本音で稿を閉じるカール・ウィデックの『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズを創った男』(岸本礼美訳・水声社 2000)がある。この本は、バードのソロなどを譜面で示し、バードの果たした功績を音楽面から実証していく。もう1冊、録音面からバードを詳述した和訳本があるが、これは手元にはない。

バード本のなかで異色は、平岡正明の手になる『チャーリー・パーカーの芸術』(毎日新聞社2000)である。タスキのキャッチに、「20世紀最高の芸術家にして最低のルンペン野郎」。チャーリー・パーカーとビーバップジャズの神髄を世界史的スケールのなかにとらえた至高のジャズ書、とある。バードを語ってジャック・ケラワックからトロツキー、ヴァレーズ、シェーンベルクから石原慎太郎まで紐付けた博覧強記の平岡の面目躍如たる内容。“彼は三十四歳で死んだ。検死官はパーカーの年齢を推定して五十三歳と欄に書きいれた。いいじゃあねえか、五十で死んでホトケは三十代に見えたなんて書かれたら、使いきらなかったと未練が残る。パーカーは自分をケチらなかった。”平岡らしい哀惜の辞が僕は好きだ。

カンザス・シティ・ネイティヴ、しかも、膨大な資料を収集、管理、分析するアーカイヴィストの手になるチャック・ヘディックスの著書。この新著で明かされた新事実、既刊書の誤謬の訂正もある。詳細は、別項のインタヴューを参照願いたい。2年後にはバード没後60周年を迎え、再評価の機運も高まるだろう。早急な和訳が望まれるところだ。
なお、ヘディックスの新刊を追うように、9月にはジャーナリスト、スタンリー・クラウチによる『Kansas City Lightning: The Rise and Times of Charlie Parker』がHarper社から刊行された。こちらはアフリカン・アメリカンの手になる初めてのバード本ということになる。

* 関連リンク(Interview);
http://www.jazztokyo.com/interview/interview121.html

*初出:Jazz Tokyo  2013.10.27

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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