#092『ニューヨーク・ジャズ・アップデート: 体感する現在進行形ジャズ』
text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
書名:『ニューヨーク・ジャズ・アップデート: 体感する現在進行形ジャズ』
筆者:常盤武彦
版元:小学館
判型:B5判/128頁
定価:¥2,808
初版:2018年5月18日
タスキコピー
「29年にわたり、ニューヨークのジャズ・シーンを見つめ続けてきたTak。私たちの音楽人生を綴ってくれたことを、ニューヨークのミュージシャンたちは心から感謝しています」マリア・シュナイダー
ニューヨーク・ジャズの現場を29年間記録し続けてきた写真家がレポートする、21世紀ジャズの真実!
JazzTokyoの読者にとって、つい最近までNYからCDリリース・ライヴの写真を添えた新譜の紹介を寄稿していたカメラマン/音楽ジャーナリスト・常盤武彦の名前はおなじみだろう。それは毎回文字通り“産地直送”の肉なら血が滴り落ちるほど新鮮な情報だった。90年代以降NYから足が遠のいている僕にとっても直近のNYのジャズシーン(すべてではないにしても)を知る貴重な手がかりのひとつではあった。
その常盤武彦が30年近いNY滞在を切り上げ、帰国、早速書き下ろしたのが本書である。サブタイトルにある通り「体感する現在進行形ジャズ」が写真とエッセイで綴られNYのジャズシーンの熱気に手が汗ばむほど。著者は本業はカメラマンとはいえいろいろなメディアからの取材依頼に対応していただけあり、テキストも手際よい。ヴィジュアルは若い世代向けにカラー中心に臨場感を醸し出すように工夫されている。内容は、Chapter 1から9まで、最後に「ニューヨーク・ジャズ・クラブ・マップ」が付いており、本書を携えてNYジャズクラブ巡りに出かける向きには便利な手引きになるだろう。NYジャズ・シーンの概観から楽器ごとの動向と注目すべきミュージシャンの紹介、なかで異色は「ルディ・ヴァン・ゲルダーの追憶」と「デトロイト・ジャズ・フェスの魅力」。取材嫌いのヴァン・ゲルダーにインタヴューと写真で迫る特ダネ的特集と、2016年から横濱ジャズプロムナードとのコラボが始まったデトロイト・ジャズフェスの独自取材。デトロイトは最近躍進を続けるMack Avenueレーベルの本拠地としても目が離せない存在である。
キモのひとつは近年重要なアイテムのひとつとなっている「ラージ・アンサンブル」。本書では、マリア・シュナイダーと狭間美帆という女流作編曲家の双璧にスポットを当てているが、本書に収録されているインタヴューはごく一部で、全編はQRコードで著者のサイトを呼び出し読むというIT時代の恩恵を最大限活用している。僕はマリアのインタヴューを通して、いつも鬱蒼しいと感じていたライヴでの曲紹介がメンバーの想像力を喚起するためであることを知ってなるほどと納得しながらも、「そんなんリハでやったらどやねん」、と思ったことも事実。
今や、ユダヤ系ミュージシャンがNYジャズシーンのひとつの重要な勢力となっているが、このトレンドにもしっかり対応している。もちろん、本書だけでNYのすべてのジャズシーンを網羅することは不可能で、とくにフリー/インプロ系の最新情報は我がJazzTokyoでしっかりフォローしているので本書と併読いただければ鬼に金棒だろう。
それにしてもNYのジャズシーンは変わった。もちろん、ジャズそのものが変転し続ける活きた音楽であるとしてもだ。僕が足繁く通った70年代、80年代の面影はほとんどない。定宿にしていたグラマシーパークホテルはデザイーズ・ホテルに改装され手の届かない存在になったというし、近くのクラブFat Tuesdayは消えて久しく、歩いて通えたWest Broadwayのタワーレコード、NYUのBradley’sも今や跡形もない。それより何より、NYに出かける理由のひとつだったPooさん、菊地雅章がいない。深夜の2時3時、7th Ave.の彼のロフトから「危険だから車を呼べ!」の忠告も無視してビルの谷間の暗いストリートを西から東へひたすらひとりホテルへ歩いて帰るスリルももう味わうことができない。