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BooksNo. 259

#096 『フリー・インプロヴィゼーション聴取の手引き』

text by Kazue Yokoi  横井一江

 

ISBN:978-4-910065-oo-7

書名:フリー・インプロヴィゼーション聴取の手引き
著者:ジョン・コルベット  John Corbett
訳者:工藤遥
版元:カンパニー社
初版:2019年 9月27日
定価:1,600円 + 税
判型:小B6判(17.4 x 11.2 x 1.3 cm)
頁数:168ページ

CD / LP も扱っているカンパニー社のオンラインショップp.minor、アマゾン他で購入できる。
http://p-minor.com


ジョン・コルベット John Corbett 著『A Listener’s Guide to Free Improvisation』(The University of Chicago Press, 2016) の邦訳本が出版された。原著のタイトルが示すように、即興音楽を聴く/聴いてみようと思う人のためのガイド本である。著者がターゲットにしているのは、コアなファンだけではなく、むしろ即興音楽の周辺で入口を見つけられずにいるリスナーや、即興音楽に接したことはあるがどう聴いてよいかわからないでいる人たちだ。即興音楽について書かれた本は今までも出版されてきたが、「即興音楽ってナニ?」という人たちが手に取るにはハードルが高く、ある程度以上の知識がないと読めない内容の本ばかりだった。著者はまず「序」から即興音楽を聴く行為をバード・ウォッチングに喩えながら解説を始める。その筆致は軽快、「フィールドへの突入準備」「生息域と多様性」と続く。そして「基礎編」、即興音楽に馴染みのないリスナーにも分かるように聴取のポイントをリズム、時間から始まり、個人の語彙に至るまで、解き明かす。さらに「発展編」では、即興音楽の深い森に入っていく。ディープなリスナーならば、自分の姿をなぞらえたり、あちこちで笑い、苦笑するに違いない。ユーモアを織り交ぜた語り口で、あくまで水先案内人のように読者を導く、即興音楽をよく知らない人にとっては格好のガイドブックであり、コアなファンにとっても何らかの気づきがある良書だ。

さらに言うならば、本著がこれまでの音楽書と明らかに違うのは、「聴取」つまり聴くという行為から音楽を語った本だということ。音楽書は世の中に溢れていおり、即興音楽について書かれた本もヨーロッパ・フリー第一世代の重要人物であるデレク・ベイリーによる『インプロヴィゼーション』(工作舎, 1981)を始めとして何冊もある。だが、音楽そのものについての解説および考察、あるいは思想的なことも絡めながらの論考はあるにせよ、音楽を聴く行為、聴取を通じて得られる音楽体験にフォーカスを当てた本はなかったように思う。本著で書かれていることは、即興音楽に馴染んでいるコアな音楽ファンにとっては自明のことで、ただ単にそれをわかりやすく言語化しただけのものかもしれない。しかし、「聴取」側から即興音楽を「観察」することで、音楽を音楽として語るのとはまた違った視座から即興音楽の世界が浮かび上がってくるから面白い。同じ演奏でも、その感想は個々のバックグランドやそれまでに聴いてきた音楽によって随分と違う。即興演奏家の冒険は、リスナーにとっても冒険であり、実は「聴く」という経験を重ねることで、気づかぬうちに自身の耳を更新しているのだ。本来、自由即興に「・・・ねばならない」聴き方などある筈がない。コアなファンも自身の聴取経験から聴くべきツボを取得したのであり、それは人それぞれ違うだろうし、違っていいと思う。しかし、本書から知識を得ることによって、楽しみ方が広がるとしたら、凝り固まった価値観や既成概念に少しばかり風穴があくとしたら、それは愉快なことではないか。

ただし、本書はアメリカ人の著者が英語圏(主にアメリカ)の読者を想定して書いていることも確かだ。著者ジョン・コルベットはシカゴを拠点とする音楽批評家だが、『ペーター・ブロッツマン/マシンガン』など初期フリー・ミュージックの再発・発掘を手がけたAtavistic RecordsのUnheard Music Seriesを手がけるプロデューサーで、2002年のベルリン・ジャズ祭の音楽監督を務めたように、アメリカだけではなくヨーロッパの音楽シーンとも繋がりがある。また、ミュージシャンでもあるので、即興音楽に関する蘊蓄は半端ない。そういう意味では、欧米の即興音楽については熟知している。だが、彼にとってアジアは遠いようだ。即興演奏家リストにはごく数名の日本人ミュージシャンの名前があるだけである。今年、3年ぶりで開催されたアジアン・ミーティング・フェスティヴァルを見たり、アジア人など非西洋人の即興演奏を頻度こそ多くないが耳にするにつけ、今世紀の即興音楽は、アジアのそれも含めて、西洋からもっとマージナルな地域へ広がっていることを認識した上で語られるべきだという感を新たにする。だが、言葉はいつも遅れてついていくものなのだ。耳を更新し、論考を一歩進めるための基点は必要である。そういう意味でも本書の意義は間違いなくあるだろう。

最後に、本書を手にとって、あーだこーだとさらに蘊蓄を重ねたい好事家達だけではなく、入口周りをウロウロしている人たちの多くにこの本が届き、新たなな聴取体験が「音と空間と時間の経験と、個々の相互作用についての新しい考え方」をもたらすことを願わずにはいられない。

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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