#064 Giya Kancheli『Simple Music for Piano』
ギヤ・カンチェリ『ピアノのためのシンプル・ミュージック』

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text by Kayo Fushiya 伏谷佳代

書 名:Giya Kancheli 『Simple Music for Piano』
作曲者:Giya Kancheli
挿 絵:Rezo Gabriadze
発 行:Kancheli Music
初 版:2009年

今年 (2010年) 75歳を迎えたゲオルギア(グルジア)出身の作曲家 Giya Kancheli (ギヤ・カンチェリ)が、そのバースデイ記念として『Themes from the Songbook』(ECM2188)をリリースしたのは記憶に新しい。このスコアは関連商品として2009年に発行されたもので、タイトルがそのまま示すように、「ピアノのための簡素な音楽」。別タイトルは『33 Miniatures for Piano』(ピアノのための33の小品集)。大仰なオーケストラ作品やチェンバー・ミュージックのみならず、ギヤ・カンチェリは映画や芝居のための音楽も書き続けて久しい。このスコア集には、1965年から2002年のあいだに作曲された、元は「特定の目的のために書かれた」小品がランダムに収められている。長年にわたる偉大なる作曲家のキャリアからこぼれ出た、素顔のかけらたち、とでも表現したらよいだろうか。

解説や序文はさておいて、本を通読するように、最初から最後まで読譜してみる(手元にピアノがないので頭のなかでイメージする)。

まず、調性の指定がないのに気付く。音符のいちいちに#や♭の派生音記号がくっついている。メロディはこのうえなくシンプル。リズムはやたら三拍子系。33曲のうちほとんどが4/3拍子。4/4は時たま長調の曲で見受けられ、ごく稀に8/12拍子。ワルツや舞曲のノリが濃厚でテンポは緩く、やたら三連符が頻出。強弱記号は極端の極み。ffff(フォルテフォルテフォルティッシモ?)からpppp (ピアノピアノピアニッシモ?) に何のうねりもなく唐突に移行するし、その逆も。メッゾピアノからクレシェンドして盛り上がりを期待させつつ、いきなりボトっとピアニッシモに落ちる。曲想指定は「押し黙って(calando)」、「ドライに(secco)」、「遠くを見つめるように(lontano)」等、「ふつうに息をして在ること」からの何らかの逸脱状態を指定してくるものが多い。要するに、明るく素直、ではないのだ。

これらは「遠近法」の問題なのだろうか。自然な流れで盛り上がりや盛り下がりをつければ、感情のうねりが空間的な「臨場感」として認識されやすいが、唐突な強弱の応酬では平面の「現時性」のみが強調される。題名にある「シンプル」がただの「奥行きのなさ/平坦さ」に響いてしまいかねない、奏者の未熟さ次第では。こういうふうに、神経不安定なムラだらけの音が三拍子のワルツの調べに乗って流れてくると、現在という時はどんどん「物想い」の領域に侵食されはじめる。

東欧崩壊以前に亡命を余議なくされた作曲家にとって、時空間両面にわたる喪失の感覚は、消すに消せない日常生活の影のようなものであろう。それらの記憶と共に呼吸しているといってもよい。喪失が音楽としてたち現れるところの、空白や停止、寡黙。それらへの反動として離れ難くつきまとう喧騒や不協和音、ねじれた記憶の逆襲。そういった不整脈な共存を、ありのままに語ることが彼流の「シンプル」なのだ。バランスの欠如を表現するのに、何も複雑な構造変化をもつ現代音楽を創り出す必要はない。「魂は平穏であるのだが、突発的な感情の起伏は制御できない」。こういった生活感情そのものは、「単純に保たれた音型内での、各音への極端な強弱まぶしと音色の輪郭の変化づけ (やたらソステヌートが多い)」でなるほど効果的に代弁される。憂いや歓喜の感じ方も、人によって千差万別だ。長調で暗くなる人もいれば、短調に喜びむせぶ人もいるだろう。だからこそ、調性を予め指定しないのだ。

技術的には「ツェルニー30番」を終えた程度で難なく弾きこなせるレヴェル。長さ的にも1-3ページ程度。初見にももってこい。注意しなければならないのは「これは大人のための音楽だ」と勝手に思い込まないようにすること。なぜなら、先入観のない子供が弾いた場合、未来の音楽にもなりうるのだから。

最後に読んだ、カンチェリ自身の序文が何より雄弁だ;

‘The Simplicity of presentation does not preclude but rather encourages freedom of interpretation, particularly for those with a gift for improvising.’ (提示された「シンプルさ」はそれ自体閉じてしまうものではなく、むしろ解釈の自由を促すものだ。とりわけ、インプロヴィゼーションの才能に恵まれた者にとっては)

本スコア全体に、ユーモアと慈愛あふれる挿絵を描いたRezo Gabriadzeの次の一言も付け加えたい;

‘All the words said, and the feelings expressed, will not return.’ (発せられた言葉も、表現された感情も、元には戻らない)

* 入手は、以下のECMサイトから可能;
http://www.ecmrecords.com/Catalogue/Books/1500016_Simple_Music_for_Piano.php?cat=%2FLabels%2FBooks&we_start=0&lvredir=766


初出:JT #148  (2010.10.26)

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 仙台市出身、卯年・牡羊座。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに親しむ。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。東京都在住。

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