#107『AA 五十年後のアルバート・アイラー』

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text by Masanori Tada 多田雅範

書名:『AA 五十年後のアルバート・アイラー』
編者:細田成嗣
装丁・組版:田中芳秀
型版:四六判並製:512頁
版元:カンパニー社
発行日:2021年1月下旬
本体価格:3,800円(+税)

腰巻コピー:
ニューヨークのイースト・リヴァーで変死体が発見されてから半世紀——未だ謎に包まれた天才音楽家アルバート・アイラーの魅力を解き明かす決定的な一冊が登場!


『AA 五十年後のアルバート・アイラー』カンパニー社2021収録の福島恵一の論考で、19さいのゲイリーはマイルスからも誘われていたがアネット・ピーコックの助言によりアイラーと演奏することになった、という史実を発掘している、かなりおののく、

マイルスが19のゲイリーに手を伸ばしていたのもすごいし、アネットがいなければゲイリーもスピリチュアルユニティもECMさえ生まれなかったもしくは軌道を描けなかった、ということになる、

おれ、アネットピーコックもポールブレイのシンセサイザーショウも学生時代に買ってはろくに聴いてない、あわてていろいろ聴くと、いい!、いい!、

アイラーというとすなわちスピリチュアルユニティであって、このときゲイリー・ピーコックはなんと19さいになったばかりなんだぜ、
(間違えた!29さいでした、掲載後に訂正します!お恥ずかしい!)

アイヒャーが録音する道に入ったこころざしはスピリチュアルユニティを良い音で録りたいというものだったらしく、Jazz by Post以前にブロッツマンらを手掛けていた復刻が20年前に出たよな、

アイヒャーがキースとノルウェーで観たのは、アイラーのような演奏をするガルバレクカルテットだった、そこで彼らを見初めた、ノルウェーのビッグフォー、即座にECMのコアになる、

ていうことは、ヨンクリステンセンのあのドラミングの種子はサニーマレイだった、これは単なる直感、

アイヒャーがキースに初契約オファーをかけた提案のひとつはゲイリーとデジョネットとのトリオ、70年の時点ですでにのちのスタンダーズを提案している、アイヒャーにとってポールブレイとゲイリーは特別な存在、ジュフリーとアイラーというふたつの水脈もしくは父の名、そして母の名、

ECMは、そのレーベルカラーの確立以前の初期30枚にポストフリーの萌芽のカタログが宝富士であることだが、その前史にスピリチュアルユニティの存在は魂の奥底にあるラジウムのようだったこと、

サニーズタイムナウ、が好きだな、おれは、

クリクリ聴き者としては、ゴースツ、トゥルースイズマーチングイン、それからボックスのコルトレーン葬儀での同曲、3トラック、それしか聴かないな、サマータイムはピアノがね、ニューグラスはイカモノ、

ゲイリーは何枚もいいものはない、プーさんモチアンとのテザートムーン、こないだ4CD復刻されたグレイト3、銀界、だけか、スタンダーズの成功もゲイリーあればこそ、そのスタンダーズ楽旅で摩耗させられていった後半生だったと思う、スタンダーズはウィスパーノットにまで至ったのだからそれも良しとすべきだろうが、明らかに稼ぎすぎた、ゲイリーはやめたかっただろーに、憶測、だいたいECMはどのユニットも3枚までルールじゃなかったのかね、これもファンの勝手な憶測、

銀界を聴いてアイヒャーはすぐに菊地雅章へアプローチしている、その当時は断わられている、ゲイリーアンテナのなせるわざ、

とにかく偉大なゲイリー、そのゲイリーがバトンを渡せた唯一のベーシスト、あくまでわたしの耳でのハナシ、が、トーマスモーガン、で、あり、なんと、トーマスモーガンには共演した録音物をすべて魔物に変えてしまう、触れたものがすべて金になる、神の手であったこと、でもたぶんソロは人間のまま、

男女の恍惚といったものについて、アイラーゴースツとマイブララブレスをカーステでかけて、おねえちゃんとの会話を誘導するクズオヤジももう十年は引退を余儀なくされている、

発刊記念のドミューン視聴、トリは3にんの現代の王たちの哄笑、寿ぎの響き、時代と村々を網羅してジャズ喫茶なる象徴空間王室をも統べる征夷大将軍徳川家康のように細田成嗣編集の存在をみた、新しい時代だ、

10年も前のタガララジオで四方田犬彦『音楽のアマチュア』スピリチュアルユニティについての記述にのけぞったものだが批評家養成ギブスで細田さんは四方田犬彦に叩かれたという逸話、えー、どんなのどんなの、

そのスピリチュアルユニティについての記述、さらなる上だったのは福島恵一、四方田犬彦超え新記録更新、そして何とECM1264 This Earth! (パーソネルを読んでみたまえ)に言及が進む、いまだアナログしか入手できない配信もない秘蹟のECM盤、ううう、これこそがゴースツに思える、

細田成嗣と福島恵一と虹釜太郎の対談ディスク本を、おおいに望む、

ジャンルやレパートリーという牢獄から脱走してきた演奏家たちは、即興演奏家と呼称される、(おいおい、そんなんでいいのか?)、即興演奏家が放つ自由さといったものは、勝手気まま、奔放、融通無碍に置換されるものではない、どこか生命の根源に触れるような性質の表現なのである、

ブルーズも淡谷のり子もマタイ受難曲もビリーホリデイも高田渡もサイモンとガーファンクルもミスチルもおざけんすらも聴けないくらいに、人生に絶望したり恋人に去られたりカミさんに詰められたり万馬券を取り損ねたりした、そのようなときに、

死なないですむのが即興演奏だ!、という定義を、わたしは1998年にしている、

路頭に迷ったり、工事現場でこごえたり、多少気を病んだり、借金で苦しんだり、家賃を滞納したり、自堕落な放蕩に身をやつしたり、ビートルズの一員になった夢を見たり、ウルトラ万馬券を妄想して5せんえんすったりせずに、なにが人生か、

池袋ジュンク堂でパッケージされて表紙陳列されているこの本、に、映るおのれの姿を見てそのような妄想演説をしてしまう、

編集・批評家・オ−ガナイザー、細田成嗣の顕現、さらなる色違い重版を祈念する、

多田雅範

Masanori Tada / 多田雅範 Niseko-Rossy Pi-Pikoe 1961年、北海道の炭鉱の町に生まれる。東京学芸大学数学科卒。元ECMファンクラブ会長。音楽誌『Out There』の編集に携わる。音楽サイトmusicircusを堀内宏公と主宰。音楽日記Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review。

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