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BooksNo. 301

#122 稲岡邦彌著『新版 ECMの真実』

text by Takashi Tannaka 淡中隆史

書名:新版 ECMの真実
著者:稲岡邦彌
体裁:四六判並製 576頁
初版:2023年4月10日
定価:本体3,800円+税
版元:カンパニー社


2001年の初版『ECMの真実』、2009年『増補改訂版ECMの真実』(共に河出書房新社)に続いて2023年4月新たに刊行された3冊目が『新版 ECMの真実』だ。
「初版」270ページ、「増補改訂版」361ページと比べ「新版」は576ページにおよぶ大部となっている。
これら3冊と両輪をなすように、2010年『ECM catalog』、2019年には『ECM catalog 増補改訂版/50th Anniversary』(共に東京キララ社)の2冊がある。ECMの40年、50年後までの軌跡を完全カタログ化、全てのジャケットの表1写真をカラーで掲載した美しいデータブックだ。

『真実』、『カタログ』の両シリーズを傍らにおき、自身のレコード・コレクションと見くらべて悦に入る人がいれば、この本で初めて、ECMを知った人もいるはず。
いわゆる音楽書とは異なり、二つを読み、眺めるだけでECMへの新しいイマジネーションをはぐくむことができる。書籍を通してしかできない発見に満ちている。そして、これらは稲岡邦彌という人の半世紀を超えるECMとの「かかわり」から生まれたもの、と考えるとうれしくなる。

『真実』は稲岡さんのECMをめぐる個人史から出発する。
1970年代初期から、いかにしてECM草創期に日本での発売にたずさわり、マンフレート・アイヒャーとかかわったか、というドキュメントが母体になっている。

『増補改訂版』は『真実』以降8年間の追記部分が豊富だ。第一部「ECMと日本(日本人)」では菊地雅章のエピソードが加わり、「ニューシリーズを総括する」では堀内宏公さんとのQ&Aによる数々の興味深い挿話がある。第二部「ECMの伝説」では大幅に人数を増やし、国内外の担当者、関係者、アーティストたちからのコメントが寄せられた。ポジティブなものばかりではなくアイヒャーへのささやかな批判さえあって、神格化は丁寧に排されている。それゆえポジとネガで多彩なECM像が浮き彫りにされる。

新しい『新版 ECMの真実』を手にとると、その重さにあらためて「本」という実体を感じる。文字の「組み方向」が今までの縦から横に変わったことで脳内浸透が変化する。文中で引用されたアルバムや書籍など、パッケージ化されたものには(ECM以外も)可能な限り写真が添付されるようになった。効果は絶大、既知のものにはあざやかなフラッシュバックを、未知のものには期待に満ちた予感を。目にした瞬間に音楽が聴こえてくる。
なるほど、記憶がもたらすインスピレーションは大きくビジュアルに起因しているのだ。

第7章「対話」以降は新たにまとめられ、中軸部分をなす。
ECM に関わった16人との対話はウェブ・マガジンJazzTokyoのインタビューによる。アイヒャー(2007年9月)をはじめとするプロデューサー、アーティスト、フォトグラファーなどで、ポール・ブレイを除く15人は稲岡さん自身が行った。
マンフレート・アイヒャー、スティーヴ・レイク、サン・チョン、ロベルト・マゾッティ、ポール・ブレイ、ヴァネッサ・ブレイ、アリルド・アンデルセン、キース・ジャレット、トーマス・モーガン、マティアス・アイク、ヤコブ・ブロ、イーサン・アイヴァーソン、菊地雅章、福盛進也、田中鮎美、デュオ・ガッザーナ。

アイヒャーはECM独特のリヴァーブについて「しかし、リヴァーブの使用には芸術的な感覚が必要だ。つまり、リヴァーブには“もろ刃の剣”的な危険性を秘めているんだ。僕の場合、リヴァーブを楽器のように“演奏している”と言っていいと思う」(P-354)(決定的発言だ)、
ポール・ブレイからは練習について「出来るだけしない。練習することはカンニングすることと同じだからさ」(P-390)(微妙な質問に対して、ブレイは逆説的レトリックを用い容赦なく応じる)
など、一言一句ないがしろにできない言葉を引き出している。

最後の17「J.A.ファーバーとJ.E.コングスハウクを継ぐエンジニアたち」ではエンジニアのステファノ・アメリオがエンリコ・ラヴァと、ノーマ・ウィンストンのレコーディングについて「サウンド面でやるべきことはとてもシンプルなんです。ショップス、ノイマン、AKG、DPAなどの優れたマイクをセットし、優れたプリアンプを使い、コンプレッサーは使わない、使ってもほんの気持ちだけ〜」(P-508)と、現場の秘密まで語ってくれる。(通常、ありえないこと)

第8章「エッセイ広告」に至ってことばを失う。
そもそも「エッセイ広告」とは、記名ありのエッセイを掲載した広告という意味。
1977年から1980年にかけてトリオレコード株式会社が月刊誌「ユリイカ」と「カイエ」に出稿したのもので(P-516〜P-551)、「スイングジャーナル」にあるのが通常の広告文だ。(P-510〜P-513)

掲載は以下の通り;
1973年2月、1975年10月の「スイングジャーナル」(2P見開き広告)
1977年1月から12月まで「ユリイカ」(青土社)
1978年7月から1980年まで(とびとびに)「カイエ」(冬樹社)
三誌のうち「ユリイカ」のみが現在も刊行されている。
1977年の(今はない会社の)雑誌広告までをどうやって大事に保管していたのだろう。「カイエの創刊号の束見本」の話はP-528で語られる。
現在の目でみて、「エッセイ広告」がここまで面白いのは、資料的価値を超えて「考70年代学」の域に達しているからにちがいない。原稿用紙1枚の原稿に「謝礼は試聴アルバムのみ」(P-515)というのも70年代的。
広告文のライター名には「ユリイカ」に寄稿する詩人、作家たちが参加。
佐藤陽子、飯田義国、白石かずこ、村上龍、川本三郎、桃井かおり他の11人。続く「カイエ」では宇佐美圭司、山田太一、谷川俊太郎、村上春樹、中上健次他の20人。錚々たる人々の当時の感性がわかる。
この時代、1970年代のECM圏では本来コマーシャル・ツールのはずのパンフレット、ブックレット、フライヤー、カタログ、そして広告までもが作品だった。ECMへのはかり知れない想いがひびく。

『真実』、『カタログ』と似た日本の音楽書籍をさがしてみよう。
アルフレッド・ライオンから「トーチを受けた」20代のアイヒャーも同じドイツ出身。1969年はブルーノート創立から30周年、ECMが生まれた年でもある。そして、日本でジャズの本を探せば必ずブルーノート本と出会うことになる。豪華な大型本『ブルーノート アルバム・カヴァー・アート』(行方均 美術出版社 1991、改訂版 2005)から『ブルーノートの真実』(小川隆夫 東京キララ社 2004、改訂版 2019)まで多数。
正史があるからにはウラだってある。『裏ブルーノート』(若杉実 シンコーミュージック 2017)は定番の名盤と共に、なぜかこぼれ落ちたものたちへの偏愛。それらを「どう聴くか」というテーマに39枚が選ばれた。
日本で世界一のブルーノートマーケットが結実するにあたって、書籍によるバックアップが果たした力は大きいし、ここまでやった国は他にない。

個人によるすぐれた音楽書籍としては『アストル・ピアソラ 闘うタンゴ』(斎藤充正 青土社 1998)がある。『真実』と『カタログ』を兼ね備えたような存在で、ピアソロジー研究書ともいえる。ピアソラを知りたい人の行く手を照らす必携の書だ。斎藤さんによると、今『闘うタンゴ』も25年間の空白を埋めて、新しい改訂版が進行中(と、いいつつ早2年目)だ。1990年のピアソラの死以後も現在まで、ブートレグまでを含め途切れることなくリリースされ続けるアルバム、映像の全バージョンを網羅することになるだろう。半生をピアソラ音楽の研究と、普及に尽くした人の渾身の書に期待が高まる。

書籍、レコードの流通とは一体なんだろう。なにが異なるのか。
初版と増補改訂版の『ECMの真実』は廃刊となって久しい。現在では通販で不当に高い中古本を求めるか、古書店を探すしか手はない。しかし探したところで、まずお目にかからない。都内の図書館の蔵書としては一時期まで定番だったが、この数年間で姿を消してしまったところが多い。こうなると入手することも触れることもアウト。書籍とは新刊として形を変えて発売しないと消滅しかねないメディアだったのだ。ヨーロッパの中世、学術の徒は辺境の修道院を訪ね歩いて貴重な蔵書を視写したそうだが、じつは現状もあまり変わっていない。他方、CDなどの音源「部分」はいっぺん世に出してしまえば廃盤になろうとセーフ。音楽配信があるし、(違法)コピーして、まるっと隠匿してしまう奥の手もある。でも、ジャケット部分は本と同じことだ。「盤」より製造ロットの管理と保管がむつかしいのですぐ入手できなくなる。

なかには、ポール・ブレイのように、
レコードだろうと本だろうと手に入れにくくすれば“ヒーロー”になることができる。誰も批判できないからな」(第7章「対話」P-398)
などというヘンクツな考えもある...けれど。

ECMのファンには『真実』、『カタログ』を座右の書としつつ、ECM Records: HomeとJazzTokyo を定点観測的に目配りするスタイルが成立する。そのたびに、あたらしいイメージが沸き起こって音楽を聴きたくなるだろう。
近い未来、この新著『新版 ECMの真実』は稀書となり、奇書と呼ばれるかもしれない。
それはそれで美しいことではないか。
そして、2023年の現在も続々とヴァイナル新譜までをリリースするECMは「レコード」の最後の砦となってしまうのだろうか。

http://companysha.com/ecm

淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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