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BooksNo. 311

#131 『日めくりジャズ366 2024年版』

text by Shuhei Hosokawa  細川周平

書名:日めくりジャズ366 2024年版
編者:ジャズ録音日調査委員会
版元:カンパニー社
発行日:2023年12月
定価:本体2500円+税(版元品切)
判型:B7判(天糊製本):368枚
頁数:368枚

 


Everyday I have the Jazz Record

数年前から俳句の日めくりに凝っているのを知った友人が、『日めくりジャズ366』を贈ってくれた。元旦から毎朝起きると、その日に録音されたレコードのジャケット写真を見て、編者のひとことを読むのが儀式となった。日めくりは一日限りのベストセラーというが、知ったアルバムだとその日ふと思い出したり、知った人名だと関連アルバムを珍しくかけたり、何も連想の湧かないたいていの日には、編者の収集技術と見識に1、2分感服し、そのまま忘れの二ヵ月がたった。

リーダー名義一人一枚が原則とのことで、ソロバン上は366人と再会するはずだ(アンソロジー盤もあり)。これまで半分は聞いたことのない名前だった。LPアルバムは1950年頃から90年頃までのフォーマットだが、選択は歴史的資料盤も加えラグタイムまでさかのぼる。新旧有名無名盤を取り混ぜ、アメリカ以外の録音・発売の盤も週に1、2枚選ばれ、そこにこそコレクター魂が宿る。たとえばクリョーヒンのレオ盤『サブウェイ・カルチャー』は「ジャズ死後の世界の地下に響く、得体の知れない音のうごめき」と100字ライナーにある。何が何だか分からなかった第一印象を、40年後に分かりやすい言葉にしている。思えば彼がLPで初発ショックを受けた最後だったかもしれない。80年代末にはカセットとCDに関心が移っていた。アルバート・マンゲルスドルフの東京録音もある。ヨーロッパ人がジャズるのを知った最初だった。知っている場所、新宿ピットインでのライブだったので、特に愛着を覚え、演奏への共鳴は後からついてきた。デレク・ベイリー参加の『カリョービン』は録音後25年間再発されず、「廃盤屋の壁に君臨」とある。新宿にそんな店があったかなかったか、70年代前衛青年の思い出が蘇る。

レコード・コレクターが演奏、メンバーだけでなくレーベル、デザインの細部に敬意を払っているのは周知のとおり。コメントがそのことにちらりと触れるとき、単なるジャズ日誌に終わらない個性が発揮される。たとえばアルバート・アモンズの『ブギウギ・クラシックス』は、ブルーノートの「記念すべき初レコーディング」として選ばれている。このレーベルの盤はこの二ヵ月だけで既に複数あり、有名盤揃いだ。反対にエイブラムズ&マクビーのRPR盤には、これ一枚きりのレーベルで中古を見かけませんとある。ミシェル・ポルタルらの『アロー!』には初版ジャケの見分け方が述べられている。エンリコ・ラヴァの『カチャルパリ』には、オリジナルのイタリア盤と普及するドイツ盤の色の違いが解説されている。ラウンジ・リザーズの『ビッグ・ハート』は、「大心」漢字入りジャケの日本盤の値が高い。いずれもコレクター向けのコメントだ。ラウンジのかっこよさにひれ伏したのを思い出す。解説にある通り、あれはバブル期の華だったかもしれない。それが幸いにも伸び盛り青年期と同期したと回顧する。ボビー・ハッチャーソンの『ハプニングス』は「ジャケットも演奏もクールでスマート」だから選ばれ、ケニー・バレルの『ミッドナイト・ブルー』には、何も知らずにそのTシャツを着けているシャレ者に筆が向く。録音事情、聴きどころ、メンバー、エピソード、歴史的評価、それに収集家トリヴィアがノリよく混ぜ込まれ、味つけられている。趣味的でかつ教育的の蛇行、読ませると読み捨ててよしの中間を行く。読む人がその日一日楽しくすごせればよし、という日めくりならではの文体だ。

愛聴盤に出会うとなぜか嬉しい。ジャズ通からお仲間の認定を受けたような気がするからだろう。マイルスの『クールの誕生』には、平岡正明の「マイルスは黒い神だ」説が引用されていて懐かしい。キースの『ケルン・コンサート』は「キャッチーな旋律とゴスペル調反復」が一般音楽ファンの話題になって、ピアノ・ソロの最高傑作に昇りつめた。異議なーし。もう50年前のことかと溜息。

巻頭にドルフィーの『ラスト・デート』末尾の有名な文句、「音楽が終わってしまうと、空中に消えて二度とつかめない」が引用されていたので、いつかこの盤が選ばれると楽しみにしていたら、2月25日に『アウト・トゥ・ランチ』が登場、「この時に一瞬、ジャズは米国現代音楽の最高峰に君臨したのかもしれません」と大盤振る舞いのひとことにざぶとん一枚!マニアの間ではその日、このアルバムで盛り上がっただろう。今や録音60周年になる。

俳句と違い、毎年更新できる企画ではないから、編者はうるう年を待って準備してきたのだろう。そのうるう日、2月29日にはチェット・ベイカーの『バラード・オブ・ザ・バラード』が選ばれた。大昔に聴いたきり忘れていた。この日がなければ、永遠に忘れていただろう。彼が没する74日前の録音とのこと、解説は彼の不運な人生を2行で振り返って、ただ「涙涙・・・」と涙7文字並べて追悼、「ジャズは生き様」と結論。彼がハンサム・ボーイの末路のような広告に出ていたのを思い出した。伝記映画のポスターだったかもしれない。ジャズ離れしていたので無視したが、黄昏が人生のテーマとなる40年後、映画も見たいしアルバムも聴き直したい。注釈メモはそんな気持ちを誘う(が、翌日には忘れる)。ぼくは日めくりペースにうまく乗せられる模範読者だ。

今の段階であと300日分、未開封で残っている。モンク、ミンガス、サラはどの盤で出るのか、エルメート、ニュークリアス、タクトに出番はあるのか。366レーベル、366バースデイ、366ライブ・デート、366モノーラル、366ニューヨーク・パリ・東京、その他別テイク日めくりを毎年手にできたら最高に嬉しい。この文を書いて気づいたが、前の日付を読み返そうとするとばらける弱い装丁が残念。その日限りを徹底させたのか。想定外の読者だから文句言っちゃだめ。

細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)、『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)、『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』(アルテスパブリッシング)など。令和2年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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