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CD/DVD Disksヒロ・ホンシュクの楽曲解説No. 320

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #109 Aaron Parks & Little Big<Flyways>

この10月18日にAaron Parks(アーロン・パークス)の『Little Big III』が発表された。本誌No. 317、楽曲解説 #106でジェイミー・バウムを取り上げた時に初めて知った彼のグループ、「Little Big」の3作目だ。パークスとの出会いはそれ以前で、本誌No. 306、楽曲解説 #95でジョシュア・レッドマンを取り上げた時だったが、「Little Big」のインパクトが強力だった。YouTubeのこの映像にやられた。ところで彼の名前、Aaronの発音は実はエレンだ。アメリカに来た時これがわからず苦労した。何せ女性名のEllenもエレンだからで、しかも仕事仲間に両方いたからだ。Aaronの「エ」は「ア」と「エ」の中間になるが、耳が慣れると「R」と「L」の発音の違いでどちらのことを言っているのか区別がつくようになった。

1作目の『Little Big』と2作目の『Little Big II: Dreams Of A Mechanical Man』に続くこの3作目ではドラムのTommy Crane(トミー・クレーン)の入れ替えで、筆者が全く知らないボストン在住の韓国人、Jongkuk Kim(キム・ジョングク、通称JK)が参加というので興味が沸いた。パークスのドラマーと言えば筆者の大好きなEric Harland(エリック・ハーランド)の参加作品が多い。パークスの音楽ではドラマーの位置付けが深い作品が多い。彼の相棒であり、ギターのGreg Tuohey(グレッグ・トゥヘイ)がJKのために書き下ろしたというこのアルバム6トラック目の<The Machines Say No>を聴いて顎落ち状態となった。是非ライブで観たい。現在彼らはヨーロッパ・ツアー中だが、ボストンには来てくれないらしい。残念だ。

Photo: Facebook
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Aaron Parks(アーロン・パークス)

「Little Big」の3作を聴いた後で彼の初期の名作、『Invisible Cinema』(2008) を聴いて、彼の音楽像に深く興味を惹かれた。このアルバムでは、1トラック目からいきなり大好きなハーランドがBaião(バイヨン)のパターンを叩き、パークスはそれをDnB風に利用して実に斬新な音楽を創造している。彼の超絶技巧も半端ないがそれよりも、奇抜な音使いとヴォイシング、さらにインディ・ロックとジャズの融合的なサウンドなど全てが新鮮だ。ますます彼に興味を持った。調べてみると、1983年生まれの彼は14歳でワシントン州立大学に入学し、音楽とコンピュータ・サイエンスの二分野専攻するという秀才だった。15歳の夏休みに参加したジャズ・キャンプで偉大な教育者、Barry Harris(バリー・ハリス)に手解きを受け、彼はハリスのヴォイシングの魔法をすっかり吸収してNYCに移住を決意。マンハッタン音楽学校に編入しKenny Barron(ケニー・バロン)に師事した。そして在学中にTerence Blanchard(テレンス・ブランチャード)のツアー・バンドに抜擢され注目を一挙に集めた。ブランチャードの『Bounce』(2003) のオープニングトラック、<On the Verge>はパークスの作品で、彼のすごい演奏が思いっきりフィーチャーされている。その後、彼はKurt Rosenwinkel(カート・ローゼンウィンケル)のツアー・メンバーとしても高く評価された。インタビューで「ブランチャードとローゼンウィンケルのバンドから得たものは?」との問いの答えが非常に興味深かった。ブランチャードは安全な演奏を嫌い、失敗してとんでもない恥ずかしい演奏になろうが冒険心を失ってはいけない、という趣旨を強調していたので自由に冒険させてもらったが(YouTube →)、ローゼンウィンケルからはコンピング(ジャズでの伴奏)の重要性を学び、自分のソロがあろうがなかろうが全く関係ないことに気が付かせてもらったそうだ(YouTube →)。この両方を体験できる機会を得、その両方で成功を収めたミュージシャンは少ないと思う。

Downbeat(ダウンビート)誌2023年10月号に掲載された彼のインタビューによると、彼はThelonious Monk(セロニアス・モンク)同様bipolar disorder(双極性障害)を患っているそうだ。2022年11月のヨーロッパ・ツアー中に躁状態が悪化し、自分は人間ではなくロボットだと信じるようになるほど緊迫し、ツアーを中断しなくてはならなかった。これが転機になったようで、目付きから顔つきまですっかり温和になったように見える。昔は精神障害治療系の薬が患者にもたらす思考を鈍らせる副作用が取り立てられたものだが、現在の医療は随分と進んだようだ。パークスの音楽に対する影響の影など見られないだけでなく、問題なく以前と同様に進歩し続けて行っていると感じられる。ちなみにアメリカは、特にニューヨークやシカゴなどの北東部やシアトルやサンフランシスコの西海岸では精神障害者に対する理解が深いという印象だ。筆者も今までに2度、双極性障害を患うレギュラー・メンバーがいるバンドに在籍していたことがある。ステージ上でどんなクレイジーなことが起こっても誰も慌てないのがさすがだと思った。

とても興味深い彼のインタビューを偶然見つけた(YouTube →)。昨年、2023年9月、つまりダウンビート誌のインタビューと同時期のもので、『Invisible Cinema』のジャケットのような緊迫した顔つきと違い、温和にかつハッキリと話している。このインタビューはピアニストである主催者がゲストのピアニストにインタビューするという、ジャズ・ピアニストを対象にしたかなり専門的なものだ。パークスが普段どういう練習をしてあのような演奏をするのか、どのような思考過程を用いて作曲の作業をするのか等大変興味深いものだった。なるべく専門的になり過ぎないように努力しながらご紹介して行きたいと思う。この内容の濃いインタビューは1時間半に及ぶのだが、ここでご紹介する内容は実際のインタビューの進行順序と違うことをご了解頂きたい。

まずインタビュー最後に出た話題の、パークスに影響を及ぼしたアーティストをご紹介する。自他認めるようにKeith Jarrett(キース・ジャレット)の影響は大きく、本人はそこから逃れる努力を常にしているそうだ。反対に、多くを学んだことを誇りに思っているアーティストは、Danilo Pérez(ダニ-ロ・ペレス)で、特に彼の冒険心だそうだ。「ダニーロがピアノを使って語る言葉は全て自分の心に入って来る」と語っている。Paul Bley(ポール・ブレイ)のインサイド・ラインから必然的に発生するアウトのラインにもかなり強く影響を受けているそうだ。これはオーネット・コールマンの演奏概念と同じものなのだそうだ。Gonzalo Rubalcaba(ゴンサロ・ルバルカバ)のタッチと演奏中に引き起こすサプライズ(パークスはこれを青天の霹靂感と言っている)に引き込まれることも熱く話していた。また、Shirley Horn(シャーリー・ホーン)の6度を使ったヴォイシングの素晴らしさや、彼女自身の歌の伴奏の仕方についても熱く語っている。次に作曲で影響を与えられたのは誰かと問われたその答えの意外さにびっくりした。なんと、Hermeto Pascoal(エルメート・パスコアール)だと言うではないか。子供の頃からエルメートの音楽を取り憑かれたように聴いていたそうだ。なるほど、だからブラジル音楽のリズム・パターンにも精通しているわけだ。その他にはWayne Shorter(ウェイン・ショーター)とローゼンウィンケルだそうだ。

パークスの体内メトロノーム

パークスの音楽には特徴が色々あり、中でも彼のビート感には驚かされる。筆者にとって一番の注目点は変拍子を変拍子と思わせないサウンドだ。彼の作曲作品も彼の演奏も全く自然にグルーヴする。例えば、最初にご紹介した「Little Big」の1作目からの<Professor Strangeweather>(YouTube →)は、なんと4分の4拍子 + 16分の3拍子 + 4分の5拍子がベースラインだ。

ベースライン
ベースライン

このむちゃくちゃ難しい拍子記号のベースラインに対し、バンド全員誰一人としてビートを外すことはない。パークスのシンセサイザー・ソロも自由自在に駆けまくる。この背後にある驚くべき練習方法を紹介してくれた。まず、メトロノームを60BPMに設定し、それを3連音符で割る。その3連音符の2つを1ビートに置き換えて演奏する。つまりメトロノームが60BPMで鳴っている中で自分は90BPMで演奏することになる。この練習方法は筆者もニューイングランド音楽院時代にDave Holland(デイヴ・ホランド)にさんざん叩き込まれた。

3連音符割り練習
3連音符割り練習

驚異的なのはこの後だ。パークスはさらにこの3連音符割りを5連音符割りに発展させて練習すると言うのだ。つまり、メトロノームが60BPMで鳴っているのに対し75BPMで演奏することになるのだが、これは非常に難しい。但し、日本人はアメリカ人より有利だ。アメリカ人は5連音符を「ホッ・ドッ(グ)・ハン・バー・ガー」と数えるが、これでは均等にならない。これに対し日本人は「い・け・ぶ・く・ろ」と数えるので均等な五連音符を演奏することが難しくない。パークスのこの練習方を試してみた。

5連音符割り練習
5連音符割り練習

 

「い・け・ぶ・く・ろ」 「い・け・ぶ・く・ろ」 「い・け・ぶ・く・ろ」 「い・け・ぶ・く・ろ」
「い・け・ぶ・く] [い  け・ぶ・く] [い・け  ぶ・く] [い・け・ぶ  く] [い・け・ぶ・く」

言うだけならなんとかできるようになったが、これでインプロビゼーションをしようと思ったら、何度もビートをミスって消沈した。これからの課題だ。パークスはこの練習方法の実演でBenny Golson(ベニー・ゴルソン)の<Stablemates>をガンガンにスイングさせて聴かせてくれた。「メトロノームを2と4で鳴らして練習するより、タイムの空間が広がるだろう」と言うが、どれだけ練習したらその域に達するのだろうかと思ってしまった。さらに、「ジャズはアンティシペィションだと叩き込まれるが、この練習でその呪縛から逃れることができるのさ」と語る。こういうアイデアから彼の斬新なサウンドが生まれているのだと理解できた。パークス恐るべし。

ここで問題発言があった。「練習中しょっちゅう失敗するが、完璧を目指しているわけではない。完璧を目指すと音楽が死んでしまう。」: そうは言うが、我々にとってどんな状況でも絶対にビートをミスらないパークスの、その体内メトロノームが羨ましいのだ。実はアメリカ人ミュージシャンの体内メトロノームには驚かされることが多々ある。生まれた時からジャンルを問わずビートがスイングするアメリカ音楽がラジオやテレビから耳に入って来るその影響なのではないかと思う。羨ましい限りだ。

パークスのヴォイシング

パークスの特殊な演奏スタイルに関するインタビューは奥が深く、どこまで要約できるか筆者なりの解釈で試みる。まず彼の左手はメロディーに対する対位法を考えており、機能和声などは考えていないそうだ。ここで注意が必要なのは、NYのミュージシャンは譜面を必要としないほど曲のコード進行が身体に染み付いている。本誌No. 304、楽曲解説 #93でご紹介したChris Potter(クリス・ポッター)などは、曲をまず全キーで弾いて暗譜するという作業から始める。そう言えば、アメリカで最初に雇われたバンドでスタンダードを演奏するのに譜面台を立てないでくれと言われたものだった。だからパークスが機能和声は考えない、と言うのは手がコード進行を熟知している上でのことなのだ。ちなみに意外だったのはストライド・ピアノの練習も怠らないそうだ。

パークスの演奏でもうひとつ特筆すべきは、コンピングでもヴォイシングのトップ音がメロディーになっていることだ。彼は常に歌いながら演奏する。頭の中では全てがメロディなのだそうで、これはモンクの影響だそうだ。以前にモンクが<I’m Getting Sentimental Over You>の練習をしている動画を見て、そこでモンクが熱心にヴォイシングを色々試していることに感銘を受けたことが自分に影響を及ぼした、と語っている。では、そのヴォイシングに対してはどういうアプローチをしているのか、と聞かれた答えが興味深い。彼はバリー・ハリスのヴォイシングを研究した後それを指の形に置き換えて、音使いよりシェイプ(指の形)でヴォイシングする、と言ったのには心底驚いた。シェイプ演奏は即興演奏においての落とし穴となる手ぐせ演奏だと非難されかねない。パークスはそれを逆手に取って、シェイプだからこそ得られる一貫性を利用してコードスケールにない音を含むヴォイシングを効果的に挿入するのだ。だからあれほど斬新なサウンドを生み出せるというわけだ。インタビュー中に別の話題で映された彼の手からはっきりとシェイプが認識出来たのでご紹介する。一つ目はB♭7、二つ目はD7だ。本人は単に禁則である短9度の音程の響きを楽しむと表現していたが、どちらのヴォイシングもアヴォイド音(コードの機能を破壊する禁則音)を使用していることにすぐに気がついた。

左のB♭7コードではドミナントコードの解決音であるトライトーンの一つ、D音を破壊するE♭音が含まれている。右のD7コードでは同様にF#音を破壊するG音が、なんとトップ音で、しかもF#音と禁則の短9度の音程を作ってヴォイシングされている。トップ音がG音なので、こちらの場合はわざとメロディーを壊すコードをヴォイシングしていると言った方が正しい。ちなみに左のB♭7コードのヴォイシングで使用されている禁則の短9度は基音のB♭音とテンション♭9であるC♭音との間に出来ているのだが、これはテンションなのでアヴォイド音であるE♭音ほどの破壊力はない。なぜ短9度の音程が禁則とされているかというと、この音程のおかげでどちらも音の限定が出来なくなってしまうからだ。パークスは敢えてそのサウンドを作り出している。お茶を濁すサウンドだ。学生がこれをやると間違って演ってしまったと聞こえるが、パークスははっきりとした意思を持って出しているので、さらに前後との一貫性を維持して演奏しているので決して間違って出したサウンドには聞こえない。コルトレーンもアヴォイド音の故意の使用をよくやっていた。ジョン・スコフィールドも禁則短9度奏法で有名だが、彼の場合はオクターブ奏法の時だけの使用で、コルトレーンも単音楽器だったのでパークスのようにヴォイシングに埋め込むサウンドは新鮮だ。

この、シェイプ演奏をもう一歩進めたアプローチも披露してくれた。これは、ダイアトニックに1音だけ足して拡張するというもので、このアイデアは新鮮だった。例えばここにCメジャーの曲があったとする。西洋和声のダイアトニック・トライアッドは以下の7つ:

C Maj / D- / E- / F Maj / G / A- / B dim

このCメジャー・スケールに1音足す。例えばA♭音。するとダイアトニック・コードがいきなり2倍に拡張する。

C Maj / C aug / D dim / D- / E- / E Maj / E aug / F- / F Maj / G / A♭dim / A♭aug / A- / B dim

ここで注目したいのは、G#(A♭)を挿入するというのは、理論的には平行調のAマイナーをモーダル・エクスチェンジで挿入していくということなのだが、彼はそういう使い方をしていない(実際彼の次のデモンストレーションではA♭音の代わりにB♭音を足して、もっと解決感から遠いコード進行を披露していた)。この加えられた音を含むヴォイシングと含まないヴォイシングのシェイプを自由自在に操って披露するパークスだ。まるで豊富な語彙をフルに活用して物語をぽんぽんと作り上げて行くように、だ。14歳で大学入学した彼の知能指数はどれほど高いのであろうか。

作曲過程

曲を書く時、まずルールを作るのだそうだ。例えば「1オクターブ以内でダイアトニック音(スケールに存在する音)のみでメロディーを書くぞ」と決める。そういう規制をしないと自分のアイデアがあっちこっちにすっ飛んで収拾がつかなくなるらしい。彼の練習の仕方もそうだが、恐らく自分の病気のことをしっかり理解して自分をコントロールする術を身につけているのかも知れない。 メロディーが完成すると次にベース音を決めて行く。対位法だ。この過程ではダイアトニックというルールには縛られない。最後にコードを書いて行く。ここで、「理論に沿ったハーモニーと、沿わないハーモニーとのバランスが重要だ」、「メロディーが単純な曲ほど作曲に時間がかかる。一つ一つの音の重要性が増すからだ」、「複雑な曲を書いている時はなんでもOKになる危険があるので、常に単純化するようにしている」、などと語っている。ところで、彼はアイデアを書き留めない。作曲工程が最終段階に入って初めて書き留めるそうだ。つまり、強く残らなかったアイデアは切り捨てるのだそうだ。

『Little Big III』

Photo: Facebook
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このアルバムについて簡単に解説する。やはりなんと言ってもドラムのJKの参加が大きい。ご機嫌なグルーヴ感と素晴らしいDnBのドラミングを楽しませてくれる。このバンドはむちゃくちゃカッコいい。ギター兼パークスの相棒であるグレッグ・トゥヘイの音色は、時にはPat Metheny(パット・メセニー)+ Lyle Mays(ライル・メイズ)のサウンドを思わせる曲もあるが、演奏自体は全く違う。エフェクトの使い方もかなり筆者好みだ。しかもトゥヘイがこのバンドに提供する曲はパークスと全く違い新鮮だ。ベースのDavid “DJ” Ginyard(デイヴィッド・ジンヤード)はゴリゴリにグルーヴするタイプではないが、静かに思いっきりグルーヴするタイプで、重要な役目を要求されるドラムが安心して暴れられるベーシストだ。彼もこのバンドのキャラクターを作り上げる重要な存在だ。

さて、1トラック目の<Flyways>。パークスの摩訶不思議なタイムをフィーチャーした曲がオープニングになっているのが嬉しい。この曲は今回取り上げたので後述する。

2トラック目の<Locked Down>は題名からしてコロナ隔離中に作曲したのであろう。ベースとピアノがユニゾンで提示する動機が印象に残る曲で、ここでもJKのドラミングが非常に良い。ここでのパークスのソロが強力にアウトしていて、いつか細かく分析してみたいと思う。このトラックでのギターがこれまた素晴らしいことも忘れてはならない。

3トラック目の<Heart Stories>は美しい映画音楽のようなサウンドで、パークスの対位法の素晴らしさが光る。この曲を楽曲解説に取り上げようかと思っていたほどだ。ここでのギターソロがまた素晴らしい。

4トラック目の<Sports>はギターのトゥヘイの作品だ。カリブ色の出た楽しい曲で、即座にパークスの作品ではないことが分かるが、全く違和感がないことが不思議だった。録音中の楽しそうな声が聞こえたり、ご機嫌だ。ここでのパークスのソロが実に面白い。ギターソロも最高だ。そしてJKのドラムソロがベース伴奏だけでフィーチャーされる。この曲でジンヤードの凄さを堪能できる。

5トラック目の<Little Beginnings>は、今度はベースのジンヤードの作品だ。これまた全く違うポップ系の雰囲気の曲で、またしても全く違和感がない。但しヘッドのメロディー自体はパークスのスタイルの影響を受けていると思われる。パークスのシンセサイザーのソロも最高だ。

6トラック目の<The Machines Say No>が前述した、トゥヘイが書いたJKフィーチャーの曲だ。これはもう何度も聴いてしまった。すごいったらありゃしない。

7トラック目の<Willamina>もトゥヘイ作品で、これがえらく面白い。ギターのイントロは中近東音楽やインド音楽を思わせるような音使いが軽く混ざるが、バンプに入るといきなりカントリー・ロック調に変貌する。解放弦を利用した実に味のあるギターだ。この曲は短いベースソロを含む。これも効果的だ。

8トラック目の<Delusions>、「妄想」というタイトルのこの曲は再びパークス作品だ。インディ・ロック調の曲で、これまたJKのドラミングがいい。そう、JKのスタイルは筆者が通常好むグルーヴに徹するタイプではないのだが、あれこれやること全てがツボにハマっているのだ。恐らくDnBのボキャブラリーを完璧に身につけているのだと思う。ちなみに、この曲でのギターソロも中近東風のスケールを使用しているのが大変興味深い。ギターの音色も素晴らしい。

9トラック目、最終トラックの<Ashe>は意外にも「普通」の曲で、「誰々のサウンドに似ている」などと批難する声があがるかも知れないが、曲も演奏も素晴らしい。終わった時に「ああ、このアルバムの最後の曲が終わってしまった」と思わせる。実に不思議だ。アルバム全体を通して感じたのは、どの曲もあっという間に終わってしまったような気にさせられてもう一度聴きたくなる。いったいどんな魔法であろうか。

<Flyways>

前述のようにこのアルバムのオープニングの曲だ。パークスのピアノのみのイントロが始まると、2小節フレーズのど真ん中で1拍止まったように聞こえ、4分の4拍子ではないことは分かるのだがダウンビートがどこにあるのかわからない。この2小節フレーズを2回繰り返したところでベースとドラムが入ってビートの位置が見えて来る。まずドラムのバックビートの位置は明確だ。但しピアノとベースのパターンの位置はドラムと同期していないところがパークスだ。採譜してみた。

ドラムのバックビート
ドラムのバックビート

ご覧のようにピアノとベースのフレーズの頭(赤矢印)がドラムに対してズレているのだ。メロディーが始まると、これは実は5拍子の曲の4小節目で1拍足りない細工がしてある曲で、ドラムだけがそれに同期していない曲だということがはっきり分かる。採譜した。

ピアノとベースのパターン
ピアノとベースのパターン

どう同期していないか、という部分が重要だ。赤矢印で示したように、ドラムは1小節おきにバックビートがひっくり返ってダウンビートになっており、JKのバックビートに酔いしれているリスナーにとって、残りの全員がズレていることなどふわふわした空気程度にしか感じられないと思われる。ミュージシャンでなければ数えながら聴いてはいないだろう。本誌No. 282、楽曲解説 #71でシオ・クローカーにインタビューした時に「おまえのような数えたがるやつに数えるなって言うために書いたんだよ」という一件があったことを思い出す。

ちなみに、このピアノとベースのパターンにはもうひとつ細工がある。彼らのパターンは4分音符+付点4分音符、つまり合計で8分音符5ビートフレーズのパターンの繰り返しだ。ところが3小節目のダウンビート、E♭Maj7のところで8分音符3ビートで「待った」感を出し、その後8分音符5ビートの繰り返しを再開するが、この時点で前半とひっくり返った状態になり、最後の4分の4拍子の小節で折り合いをつけている。まあなんと凝った細工なのであろうかと感嘆する。

この摩訶不思議交差しまくりダウンビートの細工はさらにメロディーで強調される。採譜した。

ヘッドのビート位置
ヘッドのビート位置

ご覧のように、ピアノとベースが5+5+5+4なのに対し、メロディーは5+4+5+5なのだ。これだけフレーズの違うレイヤーを3つ縦積みにしているというのに、わざわざ数えなければ疑問にも思わないのは、それはJKのバックビートが全てを支配してコントロールしているからだ。この複雑なビート上でトゥヘイの味のあるギターソロがまたいい。パークスなどは左手で中間レイヤーのビートを維持しながらバックビートに合わせたシンセサイザー・ソロをお見舞いしてくれる。これがパークスの音楽の素晴らしさであり、「難しさ感」を出さずにパークスの難易度の高い曲をこのように演奏ができるのはこのバンドだけだと思う。是非お楽しみ頂きたい。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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