#2325 『金大煥/空響〜ライヴ・アット・ギャラリー舞衣 1994』
ちゃぷちゃぷレコード30周年記念アルバム
text by Yoshiaki Onnyk Kinno 金野吉晃
ちゃぷちゃぷレコード CPCD-027 2024 ¥2,750(税込)
「般若真響。これはCDのレビューに非ず」
金大煥 (perc)
崔善培 (tp, harmonica)
大倉正之助 (大鼓)
広瀬淳二 (ts,ss)
1.空響 Echoes of Empty
2.心経の鼓動 Pulse of the Heart
3.心経の門 Gate of the Heart
4.無常の旅路 Journey of Impermanence
5.無常の風 Winds of Impermanence
録音;1994,7,30/31 @防府市毛利邸ギャラリー舞衣
Recorded & Produced by 末冨健夫
打楽器奏者にして書家、微細彫刻家、その他もろもろ、唯一無二のマルチ・アーティスト、金大煥をメインとした三十年前のパフォーマンスの未発表録音のCD化である。
本年5月25日に彼の没後二十年メモリアル・コンサートが、<ちゃぷちゃぷレコード>の末冨健夫氏の主催で、山口県防府市にて開催された。
独自の存在感で注目される<ちゃぷちゃぷレコード>は、来年設立30周年を迎える。継続は力なりというが、日本のみならず世界的な視野で即興演奏、フリーミュージック、フリージャズ、実験音楽を追求してきたレーベルとしてはFMP、INCUS、ICPに伍すものである。
あらゆる音楽に食傷し、音とは何か、聴くとは何か、一体ワタシは何をしているのか、どこから来て、どこへ行こうとしているのか、という根源的な自問を常に抱えているような人こそこのアルバムを聴くべきだ。
タイトルは『空響』。誰が考えたのか。それはどうでも良い。
空(くう)があってこそ音は響く。空なくして音楽は無い。
スピーカーから響いて来る音の向こうに、ここではない空間を感じる。
音は、我々を1994年の防府市毛利邸内<ギャラリー舞衣>に連れてゆく。
ジャケットの書に注目すべし。一見なんだか分からない。これは金大煥が書いた般若心経の一部「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」である。
しかし鏡文字になっている。裏返しの般若心経? それが何を意味しているかは分からない。米粒に般若心経全文を書いたり、左右の手で同時に書いたりという、曲芸的な書を自在にした金なら何程の事もあるまい。
所詮書かれたものは紙についたシミに過ぎない。書家は文字に神も仏も見ない。書家とは、文字が無意味になるところまで書くアーティストだ。自らの書を物神化するなどもってのほかだ。有り難く床の間に掛けるか? それはせいぜい後世の臨書手本に過ぎないだろう。
末冨が語ってくれた。この演奏の中で金の音が全く聴こえない時間がある。それは金が書を書いている時だったと。つまりその瞬間、金は、書という無音の演奏をしていたのである。
書く事、打つ事、一事なり
金は韓国語、日本語、英語を自在にこなした。それは彼の人生を反映している。mother tongueである韓国語、日本統治下で強制された日本語、そして第二次大戦後、朝鮮半島で米国の基地を回りながらバンド生活をして得た英語。彼にとって言語とは仮のサウンドに過ぎない。聴くべきはその根底にある真のコトバ。
覚者の智慧は「不立文字」なりというならば、真の大事は何か?
それは智慧=般若=パーニャを完成した者の真言(マントラ)である。
形に意味を見てはいけない。消え往く音にだけ集中せよ。
ガーテーガーテーパラガーテー。往ける者よ、往ける者よ、全く彼岸に往ける者よ。彼はかつてキム・デーハンと呼ばれた。(了)
♪ Chap Chap Records
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