#2354 『山猫トリオ / 闇を駆け抜ける猫たち Running through the darkness』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Wildcat House 008
山猫トリオ
Masaharu Shoji 庄子勝治 (sax)
Yukari Uekawa 植川縁 (sax)
Hisaharu Teruuchi [Terupiano] 照内央晴 [テルピアノ] (piano)
3匹の猫たちのインプロヴィゼーション
I
II
Recorded at Yamaneko-ken on March 4, 2023
Recording: Tatsuo Minami
Mastering: Masafumi Oda
Cover photography: Tomomi Fukagawa
Design: Yusuke Kawamura
Produce: Yamaneko Trio and Tatsuo Minami
Special thanks to: Kanako Makita, Naoto Yamagishi and Chiho Minami
2022年4月、Jazz Spot Candyでの庄子勝治のプレイに接した筆者は不思議な印象を受けた。それまでよりも楽器の響きのことを考えているのではないか、と。演奏後に庄子に尋ねたところ、印象は間違っていないことがわかった。庄子曰く、米国ブッシャー製のサックスを使い、1年半ほど悪戦苦闘している最中。かつてはデューク・エリントン楽団のオーケストラがブッシャーで揃えたこともあった伝統的なメーカーだったが、1960年代にはセルマーに買収され、いまではまるで人気がないのだという。「歌わせる」のがブッシャーのキャラだ、とも。「歌う」というよりも攻撃的なスタイルで豊住芳三郎(ドラムス)らに伍してきた庄子勝治、なにを考えているのか。Mか。いや、後先考えず未知の領域に突き進んでいくのが庄子勝治という人にちがいない。それから1年が経ち、本盤が吹き込まれた。
日本の即興シーンにおいて異色のサックス奏者・植川縁も、ここではブッシャーを吹く。彼女はクラシック・現代音楽出身であり、演奏を観た限りでは、ヴィブラートも音色や音圧の変え方もぎくしゃくしたところがまったくない。驚かされるのは演奏技術がそのまま平然と拡張されていくことだ。庄子の無手勝流に近いところからのアプローチと対照的に思えるのだが、かれらは同じ場で同じ山に登らなければならない。その結果としてのサウンドからどちらの吹いた音なのかを明確に判別することは容易ではないのがおもしろい。むしろ、音圧、音色の震わせかた、ノイズの出し方などを含め、ふたりのアプローチのちがいから想像する愉しさがある。
照内央晴のピアノから浮かび上がってくるものは旋律ではない。和音で安易に雰囲気をつくりだすこともしない。硬質な響きとはまた周囲と簡単には融和しない違和感の持続も意味する。かれは背後にいるとも横に並んでいるとも言いがたいスタンスを保ち、サウンドの呼吸を提供し続け、ときに演者や観客に気付けとばかりに楔を打ち込んでみせる。即興音楽のソロイストとは異なる独自性があるのだ。これを自我の発露と呼ぶべきかどうか、だが照内がいなければ成立しない音風景であることはたしかだ。
本盤の演奏は埼玉県越生町の山の中にある山猫軒でなされた。森林に取り囲まれた静かさはそれ自体が意思を持っているかのようである。録音がその気配をとらえていることも特筆すべき点である。
(文中敬称略)