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CD/DVD DisksNo. 319

#2352 『橋本眞由己/風のささやき』

text by Ayano Ukami うかみ綾乃

NAJA-011  ¥3,000+税 (2024.11.13 発売予定)

橋本眞由己 (vo.p:except.5.7.8&11)
太田惠資 (vln:3.5&10.voice:5)
太田朱美 (fl:2.4&9)
馬場孝喜 (gt:6.7&11.chorus:6)
加藤みちあき (gt.others&arrangement:4.8&9)
藤本敦夫 (drums:6&11,soprano sax:8))
橋本一子 (p.:5.7.9&11 vo.:7&11,chorus:6&others)

1. 中国地方の子守唄(short ver.)
2. 夢の形を描いて
3. 愛を追いかけて
4. 黒猫
5. きつね
6. Happy
7. 夢の卵
8. 逢瀬(であい)
9. 風のささやき
10. 魔法の扉
11. ヒバリ
12. 中国地方の子守唄(full ver.)

Rcorded June 20~August 05, 2024
藤井Ma*To将登  engineering&mixing:2.3.5.6.7.9.10&11
加藤みちあき engineering&mixing:1.4.8&12
mastering by 近藤祥昭 (GOK SOUND@GOK Sound, Tokyo

Directted by Ichiko Hashimoto
Produced by Ichiko Hashimoto & Mayumi Hashimoto


天と繋がる歌声がある。まるで遠い時空の彼方から響き、いまを生きる者にそっと語りかけるような。

初めて橋本眞由己の声を聴いたとき、ふいに地蔵菩薩を思い浮かべた。
突飛ではある。この気高く透き通る歌声と、大抵は道端で貧相に佇む地蔵さんとを重ねるだなんて。そう仏教に詳しい身でもない。ただ、それなりの理由はあった。
地蔵菩薩とは、あらゆる菩薩の中で唯一、天界からこの世に降り、衆生を救う存在なのだそうだ。たとえば賽の河原にいる子供を助けるのも地蔵さん。子供は石を積み、石はいくら積んでも鬼なるものに壊される。切ない思いも血の滲む努力も、積みあげた途端に崩されてしまう。そうして泣くしかない子供の元に地蔵さんは降り、優しく寄り添い、天界へと導いてくれる。ほかの菩薩たちのように瀟酒な家を建てられることも、金箔を塗られることもなく、ただ道端に立ち、冷たい雨や灼熱の太陽に石肌を晒して、通り過ぎる人間や、足元におしっこをかける犬や、もぞもぞと身体を這う昆虫、地で蠢く微生物たちと共に生きている。
私が初めて橋本眞由己を聴いたのは、大病を患うさなかだった。一時は三途の川を渡りかけ、なんとか生還はしたものの、治療薬の副作用や社会復帰への困難に直面し、その日をやり過ごすのもやっとの中、たまたま偶然に耳にしたのだった。
瞬間、ひやりとした空気を感じた。そのひんやり感は清潔でストイックで、ネガティブな熱を帯びる肌に心地よかった。どこかの時代に聴いたような童謡、巧みながらも柔らかく鍵盤を奏でるジャジーなピアノ、ときにくすっと笑わせる愛らしいポップス。
本能的に深呼吸した。煌めく声を肺一杯に吸い込むと、自然と背筋が伸びた。細胞がきらきらとし、そのきらきらは自分だけでなく、周囲への眼差しにもまぶされた。闘病中に出会った人たち、苦労を重ねる家族たち、見守ってくれる方々──。
彼女の歌が、社会から零れ落ちた者たちの、それでも内に持っている綺麗なものを見つけ、触れてくれるような気がした。
前作に続く今作の『風のささやき』にも、彼女と活動を共にしてきたミュージシャンたちがいる。歌とフルートの繊細な吐息、弦奏者の腕の震え、ヴォイスの大陸的な情感、血肉を調和させるコーラス、鍵盤で踊る指の力強さ、それらをまざまざと伝える録音エンジニアやスタッフたちの、堅牢で誠実な音を誰かに伝え、思いきり呼吸していただきたくて、私はまた書く力を得ている。


うかみ綾乃

小説家。奈良在住。2011年、日本官能文庫大賞新人賞受賞。2012年、第二回団鬼六賞大賞受賞。作品はフランスや韓国でも刊行され、映画化も多数。2021年、原作映画が桃熊賞1位受賞。生田流箏奏者、クラリネット奏者としても活動。

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