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CD/DVD DisksNo. 325

#2381 『Mads Tolling / Master Of Jazz Violin』
『マッズ・トーリング/マスター・オブ・ジャズ・ヴァイオリン』

text by Tomoyuki Kubo 久保智之

BSMF Records BSMF-5135                   ¥3,300税込

  1. de Villingen
  2. Dan
  3. Stardust
  4. La Fontaine Blues
  5. Embraceable You
  6. Armando’s Rhumba
  7. Moon River
  8. Autumn Leaves
  9. Drømmen er Alt
  10. Kärleksvals
  11. Swing 39
  12. Sermon for Stuff

Mads Tolling – Violin
Jacob Fischer – Guitar
Matthias Petri – Bass (Tracks 2, 4, 6, 7,10, & 11)


かつてステファン・グラッペリやジャン=リュック・ポンティがそうであったように、マッズ・トーリングもまた、ヴァイオリンという楽器にジャズの魂を吹き込むことに成功した稀有なアーティストと言えるのではないか。本作『マスター・オブ・ジャズ・ヴァイオリン』は、トーリングが自らのルーツとリスペクトを鮮やかに描き出したトリビュート・アルバムだ。

アルバムは大きく二つの柱から成る。ひとつは〈Stardust〉〈Moon River〉〈Autumn Leaves〉といったアメリカン・ジャズ・スタンダード作品、もうひとつはジプシージャズ界、特にデンマークの巨匠たちの作品だ。この二つの系譜を縦横に編み込みながら、ヴァイオリンという楽器を用いて新たなジャズを表現している。

スタンダードの〈Stardust〉(M-3)、〈Moon River〉(M-7)では、テンポを抑えた優雅なアレンジで、旋律そのものの美しさがじっくりと引き出されている。〈Autumn Leaves〉(M-8)では、トーリングのピチカートとフィッシャーのナイロン弦ギターが寄り添うように絡み合うサウンドがとても美しい。

〈Armando’s Rhumba〉(M-6)は、ジャン=リュック・ポンティがチック・コリアと共演したバージョンが想起されるが、ここではより自由度の高い空間の中で、トーリングのヴァイオリンがエレガントに舞う。

ジプシー・ジャズ系の曲に目を移すと、〈Souvenir de Villingen〉(M-1)は、グラッペリの晩年を思わせるしっとりとした表現で、アルバムの幕開けにふさわしい一曲となっている。ジャンゴ&グラッペリ作品の〈Swing 39〉(M-11)は、テンポを落としたスロー・スウィングでのアプローチとなっており、その優雅な演出が心憎い。

〈Kärleksvals〉(M-10)はデンマーク出身のギタリスト、ウルリック・ノイマン(1918年10月23日 – 1994年6月28日)の作品で、とても甘くノスタルジックな一曲だ。フィッシャーのギターにトーリングのバイオリンが、まるで語りかけるかのように旋律を紡ぐ。

本アルバムで特に意図を感じるのが、デンマーク出身のヴァイオリニスト、フィン・ジーグラー(1935年11月24日 – 2005年12月10日)の楽曲が3曲選ばれている点だ( 〈Dan〉(M-2), 〈La Fontaine Blues〉(M-4), 〈Drømmen er Alt〉(M-9))。この選曲の様子から、ジーグラーはトーリングに強い影響を与えたことが推察される。
パーカッシブなサウンドを活かした〈Dan〉や軽妙なブルース曲〈La Fontaine Blues〉、流麗でポップな〈Drømmen er Alt〉など、トーリングは様々な奏法でヴァイオリンの魅力、そしてジーグラーの魅力を私たちに伝えてくれる。

〈Embraceable You〉(M-5)、〈Sermon for Stuff〉(M-12)は、こちらもデンマーク出身のヴァイオリニスト、スヴェン・アスムッセン(1916年2月28日 – 2017年2月7日)ゆかりの曲。〈Embraceable You〉は、ガーシュウィンの作だが、スヴェン・アスムッセンの過去の演奏が再現されており、アスムッセンへの深いリスペクトを感じる作品だ。
〈Sermon for Stuff〉は、そのアスムッセン作曲の作品。ブルージーでウィットに富んだこの曲は、本アルバムへの余韻を深く残す、ラストにふさわしい一曲となっている。

本作での共演者であるヤコブ・フィッシャーのギターは、トーリングの奔放なヴァイオリンに寄り添いながらも、時にメロディをリードし、時にバッキングに徹する成熟の技を見せる。マティアス・ペトリのベースは、後方から響いてくるような音色ながら、北欧ジャズの静かな重力を感じさせ、トリオの重心をしっかりと支えている。

このアルバムは、ジャズ・ヴァイオリンやジプシー・ジャズの歴史、そしてデンマークへの愛とリスペクトに満ちている。マッズ・トーリングというアーティストが、“継承”と“革新”を両立させることのできる存在であることを実感させてくれる一枚だ。

久保智之

久保智之(Tomoyuki Kubo) 東京生まれ patweek (Pat Metheny Fanpage) 主宰  記事執筆実績等:ジャズライフ, ジャズ・ギター・マガジン, ヤング・ギター, ADLIB, ブルーノート・ジャパン(イベント), 慶應義塾大学アート・センター , ライナーノーツ(Pat Metheny)等

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