#2382 『中牟礼貞則&渋谷 毅/Our Long Road ~ Live at NO TRUNKS 2023』
text by Masahiro Takahashi 高橋正廣
Free Flying Productions FFPC 005 ¥2,860(税込)
中牟礼 貞則 (guitar)
渋谷 毅 (piano)
- Big Blues (Jim Hall) 5:54
- The Things We Did Last Summer (Jule Styne) 9:07
- If I were a Bell (Frank Loesser) 7:28
- In a Sentimental Mood (Duke Ellington) 8:08
- Someone to Light Up My Life (Antonio Carlos Jobim) 6:30
- Come Rain or Come Shine (Harold Arlen) 6:29
- How Deep is The Ocean (Irving Berlin) 7:14
Rec:2023年4月15日 東京・国立NO TRUNKS
Cover photo: Norio papa Hiraguchi 平口紀生
戦後の俳句界において前衛俳句の旗手として異彩を放った金子兜太(1919~2018)は晩年、「現代人は戦後の人間に較べ食料・医療事情の飛躍的な向上によってその肉体年齢は実年齢より男性で2割、女性では3割ほど若い」と自身の年齢と体力のギャップについて実感を語っている。事実、兜太は90歳を過ぎてなお旺盛な創作活動を展開した。
翻ってジャズ界ではどうだろう。親日家でGreat Jazz Trioを率いて何度も来日公演を行い、最晩年の2010年2月に新潟公演を行ったピアノの巨匠ハンク・ジョーンズ(1918~2010)が思い浮かぶ。90歳で行ったこの新潟のコンサートが彼の生前最期の演奏となったこともハンクらしい。
想像するに、大きな肺活量を要する吹奏楽器のプレーヤーよりも鍵盤、弦楽器のプレーヤーの方が長く現役の第一線を張るパフォーマンスを発揮することができるのではないだろうか。勿論、毎日練習を欠かさなかったというハンク同様に、長く活躍する鍵盤、弦楽器プレーヤー達には日々たゆまぬ鍛錬があってこそなのだろうが。
中牟礼貞則。1933年鹿児島県生れ。18歳で上京、翌年にはプロ活動を開始している中牟礼は戦後ジャズの生き字引的なレジェンド中のレジェンド。その70年を超えるキャリアでは数知れないスタジオワークはもとより、1963年の伝説の銀巴里セッションへの出演、60年代半ばにはブラジル楽旅後の渡辺貞夫のグループにおいてギタリストとしてボサノヴァを日本で初めて紹介したという功績が光る。事実、中牟礼の初リーダー作はTakt盤「Guitar Samba」というガットギターによる和ジャズ・ボサの傑作。筆者にとっては後藤芳子(vo)のThree Blind Mice盤「A Touch Of Love」で稲葉国光(b)とのデュオで伴奏を務めた中牟礼のプレイが印象に残っている。堅実なテクニックに裏打ちされたナイーヴな感性の持主、それが中牟礼だ。
そしてもう一人の主役にしてピアノのレジェンド、渋谷毅。渋谷については小欄において説明を要しない日本ジャズ界の大御所だが、ジャズに限らず様々な音楽シーンで今なお軽やかにその存在感を発揮する。共演する誰もがありのままの姿(素の音楽性)を晒す安心感が渋谷にはあるのだろう。それが渋谷毅の魅力そのものに通じているように感じられる。筆者には初期のTrio盤「Dream」「Cook Note」における真摯なジャズ・スピリットに始まり、森山威男、石渡明廣、松本治、平田王子ら異色の才能たちとの数々のデュオ・アルバム群での新鮮な交感と互いの触発が生むスリリングな時空の創造、そしてOwl Wingのソロ作品「I Love Carla Bley」が渋谷の平明にして奥深い音楽性を表している。
この2人が最初に出会ったのは遠く1962年の頃とされる。そこから折に触れて共演機会のあった2人が遠く半世紀を過ぎて、国立市のライヴハイス「NO TRUNKS」で2017年から同店で続いたライヴ・デュオの模様を収めたのが本作品だ。この唯一無二の演奏は中牟礼が90歳、渋谷が83歳の時だというから正に至宝同士による希有のパフォーマンスといえるのではないか。
01. <Big Blues>はギターの巨匠ジム・ホール作。ホールがアート・ファーマー(flh)と共演した同名のアルバム(CTI盤)が思い浮かぶ。ブルージーなイントロでの2人の絡みが何ともセンスに溢れている。対位法的なメロディ展開を交えながら、名手同士ならではの息の合わせ方は長年の信頼関係を物語っている。
ジョール・スタイン作の名バラッド02. <The Things We Did Last Summer>は本作品の白眉の演奏。2人は決して平坦ではなかったであろう若き日々に共に思いを馳せているのかもしれない。その美しいメロディと2人のしみじみとした掛け合いは、過ぎ去れば皆美しい思い出へと昇華することを暗示しているような風情。2人が良く知る伝説の名アルト奏者渡辺辰郎が得意とした曲だったというが、そんな回想と感慨が伝わって来る名演と確信する。
Prestigeのマイルス五重奏団の演奏で一躍ジャズナンバーとして注目を浴びた03. <If I were a Bell>は、かの銀巴里セッションの再演でもある。呟くようなギターのイントロからインテンポの4ビートへと自然に流れてゆくインタープレイの妙は2人の対話が生んだリラクゼーションの極みと言うべきか。
渋谷にとってのエリントンは生涯の大命題であろう、04. <In a Sentimental Mood>にはそんな渋谷の思いが宿っている。そんな渋谷の思いを受けて中牟礼のギターが奏でるメロディの何と優しいことか。対する渋谷のやや屈折感のあるソロがまた印象的。
05. <Someone to Light Up My Life>はA.C.ジョビン作。中牟礼にとってボサノヴァの帝王ジョビンの作品を演奏することは特別な意味があるに違いない。ジョビン初期の作品で作曲者自身を含め多くの佳演が残されているナンバーを中牟礼のギターがクールな情感を湛えつつ、サウダージ感をたっぷりと聴かせる一方、渋谷のピアノはサポートに止まらない瑞々しいまでのプレイで応じている。
中牟礼の十八番という06. <Come Rain or Come Shine>は中牟礼のギターによるルバートが秀逸。シャープなピック捌きが産み出す絶妙のスイング感はギター・レジェンドに相応しい佇まいがある。渋谷のソロもエッジの利いた音色が中牟礼のギターと芳醇にブレンドされ、大吟醸の味わいだ。
ラストを締め括る07. <How Deep is The Ocean>はアーヴィング・バーリン作の名スタンダード。この穏やかにして濃密な時間が永遠に続いて欲しいと思う反面、かつてドルフィーが語ったように“演奏された曲は二度と戻らない”からこそこの時空間を惜しみたいと思わずにはいられない。
70数年という気の遠くなるような楽歴をひたすらギターの職人技を磨くことに徹して来た中牟礼。こどもの唄から歌謡曲、映画音楽の作曲、D・エリントン集まで幅広い創作活動の合間、中牟礼との交流を絶やさなかった渋谷。その2人が「Our Long Road」と題された本作品で、その長い道のりを演奏仲間達との交流、在りし日の姿を回顧しつつ、小さなライヴハウスという空間でインティメイトに語らった時間をリスナーとして共有する喜びは何物にも代えがたい。そしてそんな2人がNO TRUNKSの店内で歓談する姿を捉えたポートレートを用いたジャケットも何と滋味深いことか。
最後に本作品に寄せた2人の言葉を紹介しておこう。
「中牟礼貞則さんが何か弾けばその一音でもう中牟礼さんだ、中牟礼さんだと思う。こんな人が近くにいるなんて、ほんと幸せだ。なんだか元気が出てくる」― 渋谷毅
「ここには、いつもの僕、いつもの渋谷さんが、飾ることなく録音されています」― 中牟礼貞則