#2380『Jo-Yu Chen / Rendezvous: Jazz Meets Beethoven, Tchaikovsky and More』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Sony Music Taiwan
https://joyuchen.lnk.to/Rendezvous
Jo-Yu Chen 陳若玗 (piano)
Chris Tordini (bass)
Tommy Crane (drums)
1. 交響曲運命+月光ソナタ(ベートーヴェン)
2. くるみ割り人形(チャイコフスキー)
3. 悲愴ソナタ(ベートーヴェン)
4. 白鳥の湖(チャイコフスキー)
5. ロミオとジュリエット(プロコフィエフ)
6. 展覧会の絵―古城(ムソルグスキー)
7. ピアノ協奏曲第2番(プロコフィエフ)
8. 亡き王女のためのパヴァーヌ(ラヴェル)
Recorded on 10/3 and 4, 2025 in New York
Recorded by David Stoller
Mixed by Chris Allen
Mastered by Nate Wood
言うまでもなく「ジャズの方法論でクラシックを演る」作品はこれまで数多く作られてきたし、その中には「ジャズの方法論」とはテンポや空間で耳障りをよくするエレヴェーター・ミュージックがあった。それは素材がクラシックであろうとJ-POPであろうと似たようなものだ。
ルォー・ユー・チェン(陳若玗)の作品はそういった類型的なサウンドとはまったく異なっている。そのことは、冒頭曲のベートーヴェンを聴くとわかることだ。彼女は随所で水晶のように尖らせる音を放ち、その屈折率の高い光のありようにベートーヴェンの暗いまなざしを重ねている。それはたんなる方法論の適用ということはできない。同じことがクリス・トルディーニのベースからも感じ取ることができる。チェンとの共演歴が長いトルディーニはここぞというタイミングで下から音を響かせ、ベートーヴェンではありながらまったく独自のサウンドに貢献している。トランスフォームがフォーマット変化によるものではないから、ピアノソロの③もチェンのサウンドたりえている。和音と和音のあいだの滴る情感はチェンのものだ。
クラシックに胸を借りるわけでなく自分たちの音楽を表現しているのであるから遊び心も生まれてくる。プロコフィエフのバレエ音楽⑤が悠然とブルースのコードとタイム感で展開され、ドラムスとベースの「間」のありように成熟を感じさせるのはその証左だ。⑦なんてタンゴであり、この愉しさににやりとしてしまう聴き手は多いだろう。逆説的に、これらの音が紡ぎ出す物語の喚起力こそプロコフィエフ的だということができる。
遊び心でいえば②のロック的な展開にはチャイコフスキーも驚くだろう。それもピアノの美学を凛と保ったままで演り潔く終えるのだからみごとだ。④ではトルディーニが有名なメロディをピチカートにより主導し、気がつくとチェンのピアノとトミー・クレインのじつに繊細なシンバルワークが光を引き寄せている。三者対等なピアノトリオだ。
アルバムは、ラヴェルのメロディをいとおしむように丁寧に音を配し幕を下ろす。構成の妙である。このトリオは前作『Schubert & Mozart: ‘Round Midnight』でもクラシックに取り組んだが、本盤でさらに成熟度を増したようだ。
(文中敬称略)
ベートーヴェン、ラヴェル、ムソルグスキー、プロコフィエフ、クリストファー・トルディーニ、ルォー・ユー・チェン、トミー・クレイン、チャイコフスキー