#2379 『Merzbow + Agencement / Rilievo』
『メルツバウ+アジャンスマン / レリーフ(浮彫)』
text by 剛田武 Takeshi Goda
CD : Pico-09 2025
- Rilievo Part 1 (26:35)
- Rilievo Part 2 (24:15)
All music by Masami Akita and Hideaki Shimada
Recorded and mixed at Munemihouse, Tokyo and at Kubo Studio, Kanazawa, Autumn 2024.
Artworks by Akita/Shimada. AKita’s artworks were generated by AI.
https://hsppico.official.ec/items/99590006
甘美なる電子音響コラボ作
2025年1月6日に渋谷WWWでメルツバウの無料ワンマン・ライヴを観た。ステージいっぱいに投射されたAI 生成による映像は、巨大な孔雀や大鷲が飛び交う中、巨大隕石が落下し近未来都市の神殿を焼き尽くす悪夢そのもののハルマゲドンだった。中央で音響機材を操る秋田昌美の黒い影がバックライトに浮かび上がり、破壊の神シヴァ神さながらにノイズのマグマを噴き上げる。禁断の歓びを最大限に甘受するために配られた耳栓を外した時の解放感は、着衣をすべて脱ぎ捨てて生まれたままの姿で楽園に遊ぶアダムとイヴに転生したような原初的なエクスタシーだった。目と耳を圧する同時多発爆音映像に晒された末に筆者の心に残されたのは、今までのメルツバウには感じたことがない甘美なるロマンティシズムであった。
20年ほど前、突然メルツバウにハマり、レコード店やネットオークションで目についたメルツバウのCDをすべて買おうという衝動に駆られたことがある。インタビューで「リリース作品数でサン・ラを超えることが目標」と秋田が語っていたと聞いたが、当時既に200タイトル以上の作品をリリースしており、サン・ラの作品数を優に超えていたことは想像に難くない。熱病のようなメルツバウ衝動は、いくら集めても追いつかないリリース・スピードの風に吹かれてすぐに鎮静化した。だからメルツバウがこれまでにリリースした正確な作品数はわからないが、音楽データベースサイトのDiscogsに掲載されたアルバム数は現時点で480タイトルとなっている。その478作目にあたるのが金沢を拠点に活動する音楽家、島田英明のソロユニットAgencementとのコラボレーションによる本作。タイトルのRilievo(リリエヴォ)とはイタリア語で、英語ではRelief(レリーフ)、つまり美術用語で浮彫を意味する。
メルツバウが世に知られることになったのは1983年にアナログLPでリリースされたアルバム『Material Action 2 N·A·M』だったが、ユニット(最初は秋田昌美と水谷聖のデュオ)としては1979年に活動をスタートし、80年に設立した自主レーベル Lowest Music & Artsからカセットテープ作品をリリースしていた。82~3年に筆者が出入りしていたライヴハウス吉祥寺Gattyにもよく出演していたらしいが、残念ながら筆者は当時のメルツバウは観ていない。島田は82年に秋田と知り合い、83年にGattyで初共演してから何度か共演し、80年代終わりまで連絡を取り合っていたが、91年頃から連絡が途絶えていたという。それから約30年経った2022年春に島田から秋田に連絡してコラボレーションの提案をした。その間メルツバウの作品をほとんど聴いていなかった島田が、なぜコラボしようと思い立ったのかは明らかにされていないが、筆者の想像では、2020年の新型コロナウイルス感染症で世界がいとも簡単に機能不全になることを目の当たりにして人間社会の虚しさを思い知ったことと、2022年に還暦になり人生の一区切りを迎えたことがきっかけではないかと思われる。かくいう筆者もコロナ禍の外出自粛をきっかけに長年触っていなかった楽器を弾き始め、還暦&定年をきっかけに高校時代の友人たちに連絡を取って40数年ぶりに当時のメンバーでバンド活動を再開したクチである。
金沢の島田と東京の秋田が、それぞれの自宅スタジオで制作した音源を交換する方法でコラボレーションが実現した。島田はバイオリンを中心に各種弦楽器と鍵盤楽器、さらにコンピューターとアナログ・シンセを使用、秋田は90年代の古いOSのコンピュータソフトを音源に使用したらしい。その結果出来上がった作品は、どっちがどっちか判然としない重層的なサウンド・コラージュになっている。メルツバウ=ハーシュノイズという先入観で聴くと、意外なほど人間的な音の感触と、起伏に富んだ抒情的な展開に驚くかもしれない。特にPart 2は5~60年代のミュージック・コンクレートを彷彿とさせる電子音響作品で、ノイズ・ファンのみならず現代音楽やミニマル・ミュージックやサウンド・アートのファンにアピールするに違いない。
島田の手になるグロテスクかつユーモラスなドローイングと、島田が選んだ言葉(Baloonと Medusa)を秋田がAIに取り込んで生成した精密なアートが相対するアートワークが、複雑なサウンド・スケープと混然一体となって迫る本作の印象は、メルツバウのコンサートで筆者が感じた甘美な陶酔感に通じている。破壊の果てに残された人間の尊厳と儚さを浮き彫りにする一枚である。(2025年5月1日記)
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