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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD DisksNo. 326

#2386 『小橋敦子+Tony Overwater / Porgy』

Jazz in Motion JIM74728

Tony Overwater (bass)
Atzko Kohashi (piano)
Michael Moore (clarinet & alto saxophone)
Sebastiaan Kaptein (drums)

01. I Loves You, Porgy (George Gershwin)
02. If You Can Keep Me (Atzko Kobashi & Tony Overwater)
03. Chimes (Tony Overwater)
04. By The River (Atzko Kobashi)
05. Meet You At F (Michael Moore)
06. Bells  (Michael Moore)
07. Don‘T Drive Me Mad (Atzko Kobashi & Tony Overwater)
08. Play pray (Atzko Kobashi)
09. Keys (Atzko Kobashi)
10. Moontide (Atzko Kobashi)
11. If You Can Keep Me (Atzko Kobashi & Tony Overwater)
12. I Loves You, Porgy  (George Gershwin)

Recording, mixing & mastering:Frans de Rond
Recorded at MCO studio 2, Heuvellaan Hilversum in the Netherlands,December 29, 2024 and January 10, 2025
Produced by Tony Overwater and Atzko Kohashi


戦国の世において、茶道という日本の伝統文化の道を究め茶聖と称された千利休の訓を百首の和歌の形式でまとめたとされる『利休道歌』の中に「規矩作法 り尽くしてるともるるとても本を忘るな」を原典として、日本における芸事の創造的な過程のベースとなっている思想が「」「」「」の3段階である。つまり修行のプロセスとは、①師より学んだ教えを徹底的に守る、②師と自己のそれぞれの完成した型を自ら打ち破って成長する、③更に研鑽を深めることで師と自己の立脚点から離れ自在の境地を得る、これが守破離の思想である。これの提唱者には諸説があり世阿弥がその著『風姿花伝』で述べた「序破急」という教えからくるという仮説があるが、利休の他にはその流れをくむ江戸時代の茶人河上不白が提唱したという説が現在では有力とされている。

オランダ・アムステルダム在住で独自の存在感を発揮している感覚派ピアニスト小橋敦子の新作Jazz in Motion盤「Porgy」がリリースされた。筆者にとっては2023年6月の本誌#302で紹介した「A Drum Thing」(Studio Songs)に続くアルバム・レビューとなる。小橋はこの新作の紹介コメントに前述の「守破離」を引用して「私たちの新しいレコーディングは、伝統に根ざし、実験を通じて解体され、最終的には私たち独自の何か、つまり形態が本質の溶け込む瞑想的な空間として再考されるという静かな姿を描いています。」と語る。(下線:筆者)

筆者はミュージシャンが自作を語ることを否定するものではないが、創作の原点、成立過程や聴取姿勢にまで言及して聴き手を誘導することには些か違和感を禁じ得ないのだが、本作品における小橋のコメントには、音楽に向き合う真摯な姿勢と創造することの辛酸と苦悩の末に到達した境地がうかがえ、これは腰を据えて聴かねばならぬとの思いを深くした。

小橋にとって近年の音楽的パートナーであるオランダ人ベーシストのトニー・オーヴァーウォーターとの作品は「Virgo」「Crescent」「A Drum Thing」と続き、筆者は「Crescent」「A Drum Thing」の2作を聴いたが、いずれも静寂な緊張感の中に濃密な世界観が凝縮されている。

新作「Porgy」は言うまでもなく、ジョージ・ガーシュインの1935年のオペラ「Porgy And Bess」のアリア「I Loves You, Porgy」にインスパイアされているアルバムである(と小橋自身が語っている)。

プロローグとなる01.< I Loves You, Porgy>はアルバムの底流を為すメロディを小橋の芳醇なピアノと本アルバムにおいて重要な役割を果たしているムーアの端正にして意味ありげなクラリネットが紡いでゆく。オーヴァーウーターとカプテインの静謐なリズム・サポートを交えたカルテットの演奏で幕開けとなる。

02.<If You Can Keep Me> はどこかアルカイックな哲学を思わせるスポンティニアスなインタープレイで、小橋とオーヴァーウォーターが長年培ってきた世界観が表出する。ジャズ的な触発性というよりは演奏者の内面が浮き彫りになる印象。

続く03. <Chimes> はオーヴァーウォーターの思索的なベースソロ。ソリッドな音色の中に温かみのあるオーヴァーウォーターの持ち味を感じさせる短いトラック。

小橋のペンになる04. <By The Water> はトリオが繰りだす反復的なリズムが印象的で、ムーアのクラリネットが人声を思させる肉感的なソロラインを披露する。多分に劇中のアリアを意識しているのではないか。

続く2曲はムーアのオリジナルと表記されているが、05. <Meet You At F>は明らかに<I Loves You, Porgy>の変奏曲。ムーアの無個性の個性とも言うべき端正なクラリネットが空間を支配する。

06. <Bells>はムーアのクラリネットの無伴奏ソロで禅的な世界が表出している印象深いトラック。

07. <Don‘T Drive Me Mad> はドラム・ソロから始まってビートの利いたバックを受けてムーアのクールネスたっぷりのアルト・サックス、小橋の抑制的でありながら内なる熱量を感じさせるピアノが光る。

08. <Play pray>は一転して小橋の荘厳なタッチのピアノがリード。ムーアのクラリネットにはどこか諦観が漂う。これも「Porgy And Bess」の底流にあるアフリカ系アメリカ人の哀しみ=祈りの表現かも知れない。

09. <Keys> は小橋のソロ・ピアノ。短いトラックながら低音部を強調したソロが心を打つ。

10. <Moontide> も前曲に続き小橋のオリジナル。これは純日本風と言っても良い程に和の美意識で彩られている。ガーシュインと和という取合せは対立軸ではなく相似的かもしれない。ここでもムーアのクラリネットが重要なパートを担っている。穏やかな楽想でありながら、この曲が最も「離」の思想を感じさせる。

そして11. は2曲目の<If You Can Keep Me> へと戻ってゆく。これも「守」「破」「離」の思想にインスパイアされた結果としての循環性なのだが明らかに02.からは変容している。

エピローグとなる12. はオーヴァーウォーターによって<I Loves You, Porgy>の主題が力強く唄い上げられ、小橋の意外にも“湿度の高い”ピアノへと受け継がれる。ガーシュインの引力圏へと回帰することの安堵、ガーシュインという偉大な存在の包容力に身を委ねることへの充足感かもしれない。そんな姿を赤裸々に吐露しつつ小橋は静かに鍵盤から指を放すのだ。

作品は<I Loves You, Porgy>の旋律を縦糸に小橋、オーヴァーウォーター、ムーア、カプテインの4人が繰り出すソロフレーズ、ハーモニー、リズムが横糸として織りなされ、一編の抒情絵巻として流れてゆく。それはあたかも水が高きから低きへ向かうように、岩清水の滴りがやがて小さな沢のせせらぎとなり、中流域のダイナミックな奔流、最後には緩やかな大河となって河口へと吸い込まれてゆく。本作に収められた12曲はそんな自然との響き合いを想像させつつ、その世界観や音楽的なエモーションは一幅の絵巻のごとく連続かつ一貫していて途切れることがない。ガーシュインという“大河”の「Porgy」の全45分9秒はこうして綴られてゆく。

高橋正廣

高橋正廣 Masahiro Takahashi 仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ http://blog.livedoor.jp/dolphy_0629/ 」を連日更新することを日課とする日々。

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