#2409 『ジョン・テイラー/トラモント』
text by Naoyuki Kamiko 神子直之
無限に広がるアイディア。名曲の数々の変貌をとらえたスリリングなピアノトリオのアルバム。
John Taylorの新譜が届いた。没後10年をしてなおジャズファンの関心を集め、新たな音源が届けられ続けている。それだけ功績の大きかったピアニスト、作曲家であった。本作のデータは下記の通り。
John Taylor「Tramonto」(ECM 2544) 2025年9月19日(頃)リリース
・Tracks(カッコ内は作曲者):
1. Pure And Simple (John Taylor)
2. Between Moons (John Taylor)
3. Up Too Late (Steve Swallow)
4. Tramonto (Ralph Towner)
5. Ambleside (John Taylor)
・Personnel: John Taylor (piano), Marc Johnson (double bass), Joey Baron (drums)
・Recorded at: CBSO Centre, Birmingham (concert recording)
・Recorded in: January 2002
アルバムタイトルの『Tramonto』とはイタリア語で夕日や夕暮れを指し、それより夜に近い夕方や黄昏を指す「Crepuscolo」の前の時間、終わりつつある一日を慈しむ時間とのことだそうな。収録されたRalph Towner作の曲名から来ているのだろうが、果たしてアルバム全体が日没のしみじみとした雰囲気を醸しているだろうか。そう思うとその予想は激しく裏切られる。ここでは、新たに聴かれる曲は無いのだが、繰り返し演奏される曲の変貌していく瞬間を切り取った、そのようなスリルにあふれたアルバムである。様々な意味で想像を越えた技巧がここでは用いられ、John Taylorが自分の音楽と向き合ってまだ見ぬ音楽をつかもうとする自己との戦いが、ここでは繰り広げられているのである。
1曲目<Pure And Simple>。1990年のソロ演奏の記録が最も古いかと思われるが、すぐに1991年のピアノトリオ作『Blue Glass』(Jazz House)で取り上げられた。1992年のJohn Taylor『Solo』(Sentemo)を経て、1992年のKenny Wheelerのツアーでの演奏、さらにはPeter Erskineとのトリオ第一作『You Never Know』(ECM)、1998年The Maritime Jazz Orchestra『Now And Now Again』(Justine time)のビッグバンドによる録音を経て、本作に至る。
タイトルの邦訳は「純粋で単純」かと思ったが、「pure and simple」を名詞の後ろに置いて「純然たる」とか「まさしく」という意味を付加する場合があるそうだ。名詞に何かを想定するのも楽しいが、例えばmy musicとかmy compositionとかにすれば、この曲のオリジナリティの高さがうなずけよう。「まさしく私の音楽」「まさしく私の作った曲」。海外のレビューで、皮肉ったタイトル付けと評していたものがあったが、もちろんそういうことを想定しても構わない。
曲は確かにリズムも和声も従来のジャズチューンとは大きく異なる。小節割りは半端な8分音符を含み、コードは分数か並以上のテンションノートが盛られる。ここでの演奏の道筋は、短いイントロに続いてトリオでのテーマ。続くアドリブコーラスは小節数で8+7+8+8(上記Erskine『You Never Know』だけは8+8+8+8でやってるように聞こえる。)なのでどこをやってるのかわからなくなるが、ピアノソロ5コーラス、ベースソロ1コーラス、ドラムとの8バースを2コーラス、テンポを上げてテーマ、という風に伝統的な行き方である。しかし、普通に聴いていてそのように感じない。何かものすごいフレーズが、和声が、各所で解き放たれているのだ。拍子を聴取するのは出来なくは無いレベルの難しさだが、定まったコードをトレースすることはまず不可能。そもそもどこまでリードシートに書いてあるコードに従っているかもわからない。なぜその音なのか、その背景にはその曲が持っていた和声の拡張、リズムの拡張、それがアーティスティックなものであることを目指していて、それを達成している見事な演奏である。
本作後もこの曲の録音は、2002年Maria Pia De Vitoのボーカルによる『Nel Respiro』(PVC)、2003年の本人のソロ『Insight』(Sketch)、Wheelerとのduo演奏2種、ビッグバンドアレンジによる2005年Guildhall Big Band『Pure And Simple』(CAM)、ピアノトリオ3種など様々なフォーマットで行われたようである。ただ、本作のようにアドリブソロをノリノリで5コーラスも行ったのは他にあったかどうか。
2曲目<Between Moons>。この曲は、初録音では曲名は<Moon>だった。2001年のKenny Wheeler/ John Taylor/ Gabriele Mirabassi『Moon』(EGEA)においてである。「月」が<Between Moons>「月と月の間」になったのにはどんなストーリーが隠されているのだろう。
ゆっくりな6拍子と思われるが、3/2という拍子で書かれた楽譜もある。イントロ、間奏、コーダにも使われる2小節を繰り返すインサートを持ち、8小節が2回、増4度上下したキーで繰り返され、4小節の集結部を付け加えた形のテーマである。テーマ後インサートを経てピアノソロに入る。ゆっくりしたフレーズ中心の1コーラス目に続き、リズミックで細かい音符の並ぶ2コーラス目に入る。後テーマは静謐な二重唱のようにも聞こえ、月明かりの並木をゆっくりと歩みを進める二人のようだ。
この曲もお気に入りだったようで、本作の後も同じトリオでJohn Taylor『Rosslyn』(ECM)を録音、2003年John Taylor『Insight』(Sketch)ではソロで、2008年にはDiana Torto『Triangoli』(Astarte)が唄い(このボーカルのアドリブソロが素敵)、さらに複数種のトリオ等の演奏の記録が残されている。
3曲目<Up Too Late>はSteve Swallow作。1995年Steve Swallow/ John Taylor『Parlance』(Instant Present Records)で作曲者と一緒に録音したのが初めてか。本作と2004年のトリオ作John Taylor『Angel Of The Presence』(CAM)で全部のようだ。しかし他にトリオによる演奏の記録が複数ある。
公開されているSteve Swallowの楽譜によると1コーラスが14小節の奇っ怪な曲。本作ではまず、テーマが5コーラス、ピアノソロが10コーラスを越えたあたりから数えられなくなり、フリージャズの様相を帯びる。この14小節のコードチェンジで何をどう語るか、ここではアイディアが無限に広がっているかのようだ。音量が下がるとベースのアルコが入って、いずれドラムが一人残される。ここでのドラムは音量を抑えた上で疾走感のあるソロ。ベースが入りピアノが加わり、後テーマ4コーラスで終わる。
4曲目、タイトル曲<Tramonto>。John Taylorと作曲者Ralph Townerとは1979年のAzimuth with Ralph Towner『Depart』(ECM)で音が残るものとしては初共演。その後2000年のMaria Pia De Vito『Verso』(PVC)、2002年のMaria Pia De Vito『Nel Respiro』(PVC)でも共演した。Towner本人によるこの曲の初録音は1994年のGary Peacock/ Ralph Towner『Oracle』(ECM)らしい。John Taylorによる演奏は、本アルバムと2002年の『Rosslyn』(ECM)にとどまるが、2年ほど遡る2000年にも演奏の記録がある。
テーマはAとBの2つのパートから成る。本作での演奏は、ベースのつぶやきから入る。続くテーマのAは静謐なピアノソロで。2度目のAはベースが加わる。空を舞うかのようなBを経てAまでがテーマ。ベースソロAA、ピアノが寄り添う。ピアノソロはBからA、続く二度目のAは両手の和声が豊かに。後テーマはBから。Aを経てコーダへ。(構成は結局AABA|AA|BAA|BA。)
続いて録音された『Rosslyn』(ECM)における演奏の行き順は本作と同じだが、やってることは同じでない。こちらはベースとドラムのデュオで始まり、ピアノによるテーマのAは極端に単音で、Marc Johnsonのベースによる和声付けを促しているようだ。2度目のAで和声を重ねる。Bを経てAまでがテーマ。ベースソロAA。ピアノソロはBから入り、シンバルが重なる。三和音による冒険を含むA、裏裏で下降する音型は日没のイメージだろうかのA。後テーマはBから。Aを経てコーダへ。ここのAは何か明日へ続く何かへの肯定感のよう。
この二つの演奏を比較してわかるのが、John Taylorのテーマの処理が冒険的で、例えばBill Evansがテーマを弾くときには毎回比較的長期間同じ和声や指使いで弾いていたのとは対照的であるということ。アドリブが毎回変わるのはEvansでも同じ必然だが、テーマが決まったパッケージではなく、その日その日にあるべき形で提示されるのも、一つの音楽的表現と思える。
5曲目<Ambleside>。もともとは湖北地帯の地名らしい。行ったこと無いけど。1992年のJohn SurmanとJohn Taylorのduoアルバム『Ambleside Days』(Ah Um)で初録音。John Taylorはその後この曲を数多く演奏し、録音した。John Surmanとのduoではフリーインプロビゼーションのイントロからテーマにルバートで入っていたのだが、次の録音1993年のPeter Erskine『Time Being』(ECM)では、短いドラムイントロに続いて長三度で進行する9/8のイントロが付いた。続いてテーマ、続いてコーダルなピアノソロが3コーラス、ベースソロが2コーラス、Ebペダルでドラムのインテンポソロ、せーの、でテーマやって長三度進行パターン、で終わる。1997年のBruno Castellucci『Lost And Found』(Quetzal)ではフロントを加えたクインテット、本アルバムと同メンバーの2000年のライブ録音は20分(抽象的なイントロ6分、ルバートでのテーマ、ドラムがテンポを出し主調のドミナント機能を持つEbペダルとなる。ここまで様々なアイディアを三者で出しながら冗長感も倦怠感も無い演奏は素晴らしいと言うほか無い。初めから11分30秒経ってやっとインテンポのテーマとなる。続いてコーダルなベースソロ。ピアノが同様に続きリズムを幾度か変更しながらクライマックスを作る。ドラムソロに静かにピアノとベースがお話しに加わるように入り、後テーマを奏でて終わる。)の長尺の演奏であった。2001年にはKenny Wheeler/ John Taylor/ Gabriele Mirabassi『Moon』でWheelerを巻き込んでduoで録音した。
それらに続く本アルバムでは、リズムのある内部奏法付きのピアノによるイントロ、Marc Johnsonのアルコがそれに絡む。生きの良いピアノのフレーズから空気が変わりEbペダルでテーマへの心の準備が整う。曲頭から4分半で始まるテーマは軽やかに。ピアノソロ4コーラス、Ebペダルを経てベースのコーダルなソロ2コーラス、Ebペダルを経てドラムソロ。テーマに戻りコーダで終了。15分の力演である。
その後も、Wheelerとの2002年ライブ、2003年には本人ソロ『Insight』、2011年にも本人ソロ『In Two Minds』(Kepach Music Production)、2012年70歳記念ライブでのソロ、You Tube上にある2013年のソロ、複数のトリオによる演奏の記録がある。
この曲はコーラス部分のコードが比較的普通で、間に入るペダルの部分もEbミクソリディアンから大きく外れないので、例えば<Pure And Simple>のように瞬間瞬間の響きが不安にさせないし、<Up Too Late>のようにどのスケールも設定することが出来そうなほどの自由度は無い。しかし、その枠組みに乗って使える音を、音型を、和声を、拡張して音楽として成立させるやり甲斐があるように思える。それより何より、コード進行もメロディもつくづく美しい。
このように本作は、繰り返し演奏された曲をどう変貌させていくか、より高く純粋な表現をすることができるか、John Taylorが取り組んだ素敵な記録である。
実は本作の一部は、友人から聴かせてもらった音源に含まれていた。放送を録音したものだとのこと。そこに付記されたデータによると、日付は2002年1月26日、John Taylorの60th Birthday Concertの模様だった。本作で初めて聴いたトラックもあり、このような正規リリースがなされたことが真に喜ばしい。海外でのレビューの中に、本作54分が一晩のコンサートのすべてではないだろうとの観測があったが、私が聴かせてもらった音源では、本作のトリオの演奏の前にCreative Jazz Orchestraの演奏50分も含まれていた。このバンドの演奏は、内容は異なるがJohn Taylor With The Creative Jazz Orchestra『Exits And Entrances』(oh no!)で聴くことができる。こちらも是非正規リリースをしてもらえれば嬉しい。さらには、本作の録音以降にも多くの名曲が、名演奏が生まれているはずなので、正規化がますます望まれる。John Taylorの遺産はまだ全貌が見えていない気がする。関係各者のご尽力を望みたい。

https://youtube.com/shorts/FeLYE3o6B54?si=6FsJrdeXF1NFO25x
ピーター・アースキン, ジョン・テイラー, ジョーイ・バロン, アジマス, ラルフ・タウナー, マーク・ジョンソン, スティーヴ・スワロウ, ケニー・ウィーラー, トラモント