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CD/DVD DisksNo. 333

#2423『スティーヴ・ティベッツ / クローズ』

text by Takashi Tannaka 淡中隆史

『Steve Tibbetts  / Close』(ECM2858)

Steve Tibbetts (Guitar, Percussion, Piano)
Marc Anderson (Percussion, Gongs, Handpan, Loops)
JT Bates (Drums)

1〜3 We Begin Part 1, Part 2, Part 3
4〜6 Away Part 1, Part 2, Part 3
7〜8 Remember Part 1, Part 2
9〜11 Somewhere Part 1, Part 2, Part 3
12 Anywhere
13〜17 Everywhere Part 1, Part 2, Part 3, Part 4, Part 5
18 Remember and
19 Remember and Wish
20 We End
All music composed by Steve Tibbetts

Recorded :2021-2024, St. Paul, Minnesota
Original Release Date : 24.10.2025


スティーヴ・ティベッツが 2021~2024 年にかけて拾いあつめ、選び抜いた20の断片集。
サランギ奏者である師ウスタド・スルタン・カーン(Sultan Khan)直伝の12弦ギターの音が清冽に響く。一方で、背後にはティベッツがいう「黄昏の音楽」が漂っている。ドローン、ループ、歪んだエレクトリックギター、さまざまな打楽器が幾重にもかさなる濃厚な世界だ。

第二の故郷ミネソタ州セントポールで長年の相棒のマーク・アンダーソン(Perc. etc.)と気まぐれに、かつ、根気よく録りためた4年間のふたりごとの禅問答セッション。別途10キロほど近く、ミネアポリスのスタジオにはドラムのJTベイツを招き、あと付けのダヴィングをほどこした。(ベイツはやはりミネソタ出身のドラマー。このレコーディングの後にテイラー・スウィフトの新作に参加して一躍脚光を浴びた)
リズムパターンは多義化され、ときとして響くマーク・アンダーソンのゴング一閃は不思議な効果をあげる。歪んだ音と純正の音との対比。それは、調性に別れを告げるグスタフ・マーラーの音楽にも似ている。まるで「大地の歌 Das Lied von der Erde(1908)」六楽章の「送別」の情景だ(元テキストは唐代の詩人、孟浩然と王維)。聴いているうちにティベッツまでミネソタの山中に分け入って、この世と別れをつけてしまうのではないか、と不可解な妄想がよぎる。
こんな厭世的な陰影礼賛をまのあたりにすると、ティベッツもマーラー同様に東洋志向のつよいヨーロッパ系の末裔だ、と思い至る。進化論的に自己を変容させるのが西洋流。対して彼らは逆タイプで、遡行し沈潜していく音楽家たちだ。

前作のオリジナル『Life Of』(ECM 2599 2018)の静かな世界より7年、アンソロジー『Hellbound Train』 (ECM 2756/57 2022)からでも3年が経つ。このベストアルバムのキュレーション過程で自らの過去の音楽をみなおしたのではないか。そして、今作で最後のという意味の方で「クローズ」するつもりだったら大変。
おそるおそる聴いてみる。
7年前と変わらない、でも、すこし暗くなったティベッツを発見。

一曲目 “We Begin” にはじまり “Remember”、 “Somewhere”、“Anywhere”と“We End”でおわる脱力系タイトルが延々と続く。

広いECM圏の片隅にティベッツがいる。 この辺境の住人への興味は尽きない。
1981年の『Northern Song』以来ベストを含めて11枚目、マンフレート・アイヒャーとの最初の出会いから50年近くが経った。
そのあいだティベッツはミネソタでオタクを決めこんだまま、ときおり、おもいついたように、出来上がった作品をミュンヘンのECMに手渡すのみ。これでは辺境の住人というより隠遁者に近い。

「最終日の作業を終え、私が出かけようとドアを開けようとした時、マンフレートが『もう50年近く経ったんだ』といった。私は首をふり『信じられない』とかえした。彼は両手をさしだして『まるで奇跡だ』、と。(ティベッツ)

そもそもティベッツの音楽は広義のアメリカーナとヨーロッパアヴァンギャルド、ポストロックに発源していると思う。ジャズやクラシックからの直接的影響は探そうとしても見つからない。

その50年史をみるとECMより発売できなかった(拒まれた?)「ティベッツのチベット」期の怪奇の2アルバムが中央に位置することに気づく。東洋に接近、ではなくガチに合体を試みた。

『Chö』(Hannibal 1997)
『Selwa』 (Six Degrees Records 2004)

『Chö』は旅先のネパールで出遭ったチベット仏教の尼僧チョイン・ドロルマの読経、詠唱を現地録音、サンプリングした珍無類のアルバム。続く『Selwa』ではドロルマを現実に歌わせた挙句ライブツアーに参加させてしまった。
この時期、2000年前後を分水嶺として、ティベッツの音楽はひとつひとつのエレメントを捨てる断捨離タームに入る。その果てにシンプルさの極み『Natural Causes』(ECM 1951 2010)と『Life Of』に到達、というのが私の今までの(大雑把な)ティベッツ史の理解だった。でも、この『Close』を聴くに至り、それが怪しくなってしまった。
なんといっても4年がかりで拾い集めたこのミネソタ拾遺集には「翳り」が濃すぎる。
混沌とした初期のノイズ世界に戻っていく。だとしたらそれは立派な退行現象だ。
「大地の歌」の送別で「私=主人公」は友に別れを告げ、中国の山中に入って隠遁→退行する。ティベッツは前作までに捨てるべきものをすべて捨てているはず。残された道は混沌とした世界へ回帰すること。『Close』で思索のパズルは驚くべき変化を示す。このサウンドタペストリーでシンプルな世界から先祖返りしてしまうのだろうか。
2枚組のベスト『Hellbound Train =An Anthology』で使われた写真は気候変動による森林火災らしいもの。一転して『Close』のジャケットでは星空の下、打ち捨てられた無人のブランコの写真が何かを象徴している。

Music is a twilight language. The job is to translate some shadow into sound.
音楽は黄昏のことば。音楽とは影を音にかえること。(スティーヴ・ティベッツ)

淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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