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CD/DVD DisksNo. 334

#2424 『壷阪健登/Lines』
『Kento Tsubosaka / Lines』

Text by Hideo Kanno 神野秀雄

『壷阪健登/Lines』
『Kento Tsubosaka / Lines』

Mo-Zone / ユニバーサル UCCJ-2253 2026年2月18日発売 ¥3,520(税込)

1. Rhizome Changes
2. Isolation
3. Old Chair
4. Stomp
5. Revolving Memories
6. Tropical Song
7. Prelude No. 2 in C-Sharp Minor
8. Rubato for a Mystical Moment
9. Sing It
10. Ballad No. 2 in E-Flat Major
11. The Joy of Living (暮らす喜び)
12. Tree of Children (こどもの樹)
All Songs composed by Kento Tsubosaka 壷阪健登

壷阪健登 Kento Tsubosaka:piano
Charlie Lincoln: チャーリー・リンカーン: Bass
Dave King デイヴ・キング: Drums

Produced by Makoto Ozone
Recorded and Mixed by Akihiro Nishimura Mixed at Spin Recording Studios, New York Mastered by Mark Wilder and Chris Gold at Blue Engine Studios, New York
YAMAHA CFX Concert Piano Provided by YAMAHA Artist Services, New York
Piano Technician: Kazuya Tsujo
Executive Producers: Makoto Ozone and Yoshihisa Saito

今、フランス・ナントでこの記事を書いている。1年前の2025年1月、ナント国際会議場でのクラシック音楽祭「La Folle Journée de Nantes 2025」、壷阪健登はソロリサイタルに臨んだ。ほぼ誰も壷阪を知らないアウェイな状況、しかも裏番組はジャズピアニストの大御所ポール・レイという悪条件の中、スタンダードでもなくクラシックの名曲でもなく、オリジナルを丁寧に弾いていく中で観客に、卓越したピアノの表現力と壷阪の魂が伝わり、スタンディングオベーションで迎えられた素晴らしい瞬間を思い出す。2024年5月5日に東京で前アーティステイック・ディレクターのルネ・マルタンに壷阪という素晴らしいピアニストがいると伝えたところ、早速、ピアノソロによるファーストアルバム『When I Wish』を聴いてナント招聘を決め、デュオを依頼されたポール・レイは、音源を10秒聴いて壷阪の凄さがわかったと言っていた。そして、2025年5月5日には「La Folle Journée TOKYO 2025」では「ニューヨーク」(その因縁はメッセージ参照)をテーマに東京国際フォーラム ホールAでガーシュウィン<Rhapsody in Blue>を演奏、5,000席の会場に魂が届き、熱狂のコンサートとなった。「La Folle Journée TOKYO 2026〜LES FLEUVES――大河」でもホールAでの2公演に出演することが決まっている。

壷阪は横浜出身で、慶應義塾大学法学部卒業後に、バークリー音楽大学へ進学、ダニーロ・ペレスが音楽監督を務めるBerklee Global Jazz Institute に選抜。2019年にバークリーを首席で卒業。ボストンを拠点に活動を開始するが、2020年3月、ニューヨーク「Birdland」にミゲル・ゼノンのグループで出演した直後にCovid-19によるロックダウンに入り、年末に帰国。本人には失意の帰国だったが日本のジャズ界には贈り物となった。2022年、石川紅奈(b, vo)とユニット「soraya」を結成、石川の声と作詞、壷阪の緻密なサウンドデザインで、心に届くユニークなうたを創り出す筆者の大好きなグループであり、原田知世、CMへの楽曲提供、フジロックへの参加など注目を集める。六本木アルフィーでたまたま壷阪を聴いた小曽根真が衝撃を受け、壷阪に惚れ込み、ピアノソロアルバムのプロデュースを提案。2024年5月にファーストアルバム『When I Sing』をリリースした。


©Sanae Ohno

初ピアノトリオアルバムとなる『Lines』は再び小曽根真プロデュースにより、2025年6月にニューヨークでアキヒロ・ニシムラにより録音。小曽根の設立したばかりの自主レーベル「Mo-Zone」の第1弾『小曽根真 TRiNFiNiTY/For Someone』に次ぐ第2弾となる。ベーシストにはバークリー音楽時代に多くの演奏を共にした盟友チャーリー・リンカーンを迷わず選んだ。チャーリーの紹介でドラマーはデイヴ・キング。デイヴは1970年6月ミネアポリスの生まれで、2000年にリード・アンダーソン(b)、イーサン・アイヴァーソン(p)とともに「ザ・バッド・プラス」を創設し活動を継続してきた(2026年に活動終了を表明している)。ジュリアン・ラージ、ジョー・ロヴァーノ、クレイグ・タボーンをはじめ幅広いミュージシャンと共演し、ECMにもいくつかの録音がある。

美しく透明感のあるピアノの音色、緻密で正確さを持ちながら、どこまでも自由で遊びとユーモアに溢れているところが壷阪の魅力と思っているが、その魅力をチャーリーとデイヴととも存分に魅せてくれるのがこのアルバムだ。壷阪作曲の楽曲の数々も素晴らしく、ハーモニーの巧みさなどもあるのだが、やはり明確な「うた」があるところが大きい。そのメロディラインの重視も『Lines』というアルバム名に通じるようだ。そこで、アルバムタイトルを『Lines』としたことについて、私が「メロディライン」という意味を含むと推測したと前置きした上で、その壷阪の想いを聴いてみた。

「僕はジャズを『線の芸術』だと感じています。この音楽の基礎の一つであるビバップも、管楽器によって発展したジャンルで、ハーモニーの動きを緻密かつ複雑に、単旋律で表現したものです。『Lennie Tristano』の<Line Up>は、その美学を文字通り体現した録音だと思います。そして、おっしゃる通り、このアルバムではメロディも大きなテーマになっています。僕らがジャズスタンダードを演奏するとき、コード進行に沿ってソロを取るわけではなく、メロディを共有しながら即興を展開していきます。メロディが身体の中に流れていれば、どこまでも自由になれるし、帰ってこられる場所がある。そんなアプローチを形にしたいと思いました。ピアノトリオにおいては、僕らそれぞれの『線』が、ときに交わり、ときに別々の方向へと伸びていく。そのサプライズ。自由と喜びを、今回の録音の中で確かに感じることができました。こういった想いから『Lines』というアルバムタイトルにしました。」

1曲目は<Rhizome Changes>。「Rhythm Change」(循環コード)という<I Got Rhythm>に起源を持つ定番過ぎるコード進行の曲を、自由と遊びに溢れるはずのアルバムの冒頭に持ってきたのは驚きだし、正直反発も感じた。聴いてみると、コード進行に捉われるのではなく、3人のフレーズがリズムが自由に動き出し、コードが後を追いかけて来る感じ。テーマのメロディラインも素晴らしくやがて病みつきになった。

「Rhizomeって地下茎という意味なんですよね、たまたま僕も千葉雅也さんの本でドゥルーズ、ガタリのことを知って印象に残ってたのですが…。これから長く音楽のキャリアを続けることができるなら、地下茎のように広げていって終わりのなく、自分の変化を楽しみながら受け入れていきたいと思っています。その上で、リズムチェンジを一曲目としてやるのは僕としても今自分がやりたいことを示すステートメントになると思っています。」

そしてそこから続く、メロディとハーモニーの動きが美しい素晴らしい楽曲の数々。その上で自由に遊ぶ3人の旋律が線となって、離れていったり、絡んだりしながら音楽を紡ぎ出す。キース・ジャレットやオーネット・コールマンに通じる感覚を覚えるが、模倣したり指向したということではなくて、線から生まれ自由に発展する音楽、共通して大切にしているものが通じて、見かけ同様の感覚に近づいたのではと思うし、それは心地よい感覚だ。

「ご指摘の通り、キースやオーネットの音楽そのものを目指して制作したわけではありません。ただ僕の音楽に大きな影響を与えてくれた存在であることは間違いありません。特にオーネットからは、作曲とインプロヴィゼーションの両面で多くを学びました。まず何よりも曲が素晴らしいこと。そして、メロディが本当に素晴らしいこと。彼はテーマを演奏した後、フリー・インプロヴィゼーションへと展開していきますが、最初にあのメロディを全員で共有しているからこそ、即興の中でも”その曲”を演奏しているように感じられます。今回僕が挑戦したかったのも、まさにそのアプローチで、フリーでありながら、ただアヴァンギャルドなのではなく、メロディがあってスイングしてブルージーな世界観でした。」

「キースジャレットは僕にとってはヒーローで、僕が最後に見たのは2017年のカーネギーです。ボストンにそのまま深夜バスで帰りました。日本でトリオも2回ほどみることができました。今回のアルバムにおいては、ヨーロピアン・カルテットからの影響が強いと感じています。楽曲の強度とそこにjoyがあること、そして曲と即興が高い次元でバランスがとれていること。その完成度の高さが、あのカルテットの魅力だと思います。とにかくキースは偉大だと思います…。」

「今回2作、『When I Sing』と『Lines』という作品をまとめることができて、やっと今スタートラインというか、これから挑戦的に、もっと前のめりに自分が演奏していけるのではないかという気持ちがあります。今後とも精進してまいります…。」

サブスク全盛だが、敢えて『Lines』はCDというパッケージメディアとして買って欲しい。というのは、ブックレットに収められた、望月通陽(もちづきみちあき、1953〜)の壷阪、デイヴ、チャーリーに宛てて書かれた書き下ろしアートワークが素晴らしいからだ

「アルバムアートワークを手掛けてくださった望月通陽さんの絵を最初に拝見したのは谷川俊太郎さんの詩集「せんはうたう」の挿絵と装丁でした。僕に大きな影響を与えた望月さん本人に描いていただけるとは思いもよりませんでしたが、この音楽の世界を何倍にもしてくれた作品だと思います。」

谷川俊太郎&谷川賢作ソングブック「歌に恋して」(音楽之友社)の表紙用のイラストとして、望月通陽が61枚もイラストを提案してきて、その中から24枚を選んで谷川俊太郎がイラストに詩を付けたという作業から生まれた詩集「せんはうたう」(ゆめある舎)。そこから壷阪につながる素敵な線の広がり。

COVID-19によって日本に帰り、アメリカにはないケミストリーを生み、自らの新しい可能性を切り拓き、日本の音楽に新しい種を蒔いてきた壷阪のひとつの記録がこのアルバムだが、他方、壷阪のスケールとクリエイティヴィティには、アメリカやヨーロッパに居場所があるとこのアルバムは感じさせる。いや、そんな場所で語ることすら壷阪の地下茎の無限の広がりの中では無意味なのかも知れない。アルバム録音のために、COVID-19以来初めて戻ったニューヨーク。これを機にまたアメリカでの活動を本格化することを期待したい。

●壷阪健登によるライナーノート
僕が最後にニューヨークを訪れたのは、2020年3月。ギグを終え、当時住んでいたボストンへ戻る列車の中でロックダウンの知らせを受けた。学校を卒業し、「さあここから」というタイミングで、そのときの落胆はいまでもよく覚えている。その後、世界中からボストンに集まっていた仲間たちもロックダウンを機に次々と街を離れ、散り散りになっていった。今回レコーディングという形でまたこの街に戻ってくることができたのは、信じられないような、不思議な気持ちだった。
ベースの Charlie Lincoln は、ボストンのバークリー音楽大学でともに学んだ仲間だ。信頼する彼と再び音を出せたことが本当に嬉しかった。そして Charlie がつないでくれた縁によって、Dave King という素晴らしい音楽家と出会い、こうして一緒に作品を創ることができた。二人はともにミネソタ州 ミネアポリスの出身。親子ほど年の離れた二人だが、音楽的にも人間的にも深く信頼し合うリズム・セクションだ。
三人で初めてリハーサルをし、音を出した瞬間から、それはまさに僕が「ジャズ」という音楽を志して以来、ずっと形にしたかったサウンドそのものだった。 旋律を描き、その線同士が重なったり離れたりしながらどこまでも伸びていく。あたたかくブルージーで、スイングする喜びにあふれ、どこかあっけらかんと した「自由」だった。
さらに小曽根真さんがプロデューサーとして加わり、僕の音楽をより立体的に変化させてくれた。音楽が次々と姿を変え、大きく成長していくことを、僕自身が心から楽しんでいた。小曽根さんと音楽を創る時間はいつだって楽しく、そして貴重なものだ。
レコーディングでは自分がどうすべきかを考える必要はなく、ただ泥だらけになりながら遊ぶように演奏した。そのときの「喜び」が音として残っていることに、いまはただ感謝している。


●ライヴ情報
2026年3月19日(木) 神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール (共演:小曽根真/Kan)
2026年4月18日(土) 神奈川・杜のホールはしもと (ソロ)
2026年5月09日(土) 名古屋・Halle Runde (トリオ)
2026年5月10日(日) 神戸・100BANホール (トリオ)
2026年5月15日(金) 東京・コットンクラブ (トリオ)
2026年5月20日(水) 三重・三重県文化会館 ワンコインコンサート (ソロ)
2026年5月21日(木) 松阪・クラギ文化ホール ワンコインコンサート (ソロ)
2026年5月27日(水) 福岡・北九州市立 響ホール (ソロ)
2026年6月20日(土) 富山・富山県高岡文化ホール (共演:松井秀太郎)

壷阪健登 – When I Sing (Teaser)

【壷阪健登 寄稿記事】
特集『ECM: 私の1枚』
壷阪健登『Gary Peacock Trio / Tangents』

【参考記事 by 神野秀雄】
『soraya/ひとり – ちいさくさよならを』〜壷阪健登&石川紅奈〜
『soraya/BAKU – 耳を澄ませて』〜壷阪健登&石川紅奈
『児玉 桃 / 点と線 〜ドビュッシー&細川俊夫:練習曲集』
※『Lines』とは直接関係ないが、細川俊夫と児玉 桃をめぐって筆者が「線」について蘊蓄を語る拙記事。ちなみに2026年夏のコンサートシリーズ「松井秀太郎 ナカリャコフ 西村大地 児玉隼人 トランペットの祭典」では、児玉と壷阪が同じステージで(別々にだが)演奏するのも興味深い。

神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。Facebookグループ「ECM Fan Group in Japan - Jazz, Classic & Beyond」を主催。ECMファンの情報交換に活用していただければ幸いだ。

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