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CD/DVD DisksNo. 334

#2430 『tomo hirano / nostalgie』

text by Masahiro Takahashi  高橋 正廣

BSMF Records TMH0228 ¥3000(税込)

tomo hirano (vocal)
石川 武司 (piano)
井手 厚 (bass)
高野 正明 (drums)
Yu-Ma (violin)

1.Stardust
2.Whatever Lola Wants
3.Antonio’s Song
4.Come Fly With Me
5.The Things We Did Last Summer
6.No Regret (Non, je ne regrette rien.)
7.The Good Life
8.Caravan
9.Fly Me To The Moon
10.Over The Rainbow

All songs arranged by Takeshi Ishikawa
Recorded, mixed & mastered by Takashi Mori at Studio Boscp


器楽による演奏は人間の喜怒哀楽、細やかな情感を、言の葉を用いずに間接的に表現して聴き手の共感を得る。しかしそこにはおのずと限界がある。歌詞の持つ圧倒的な情報量には敵わない。その情報量は歌詞の意味に止まらず、唄い手による歌詞の解釈の違いに従ってその表現もまた多彩だからだ。それにも増して大きなファクターが声質。クラシックの声楽ならば女声ではソプラノ、メゾソプラノ、アルト、男声ならテノール、バリトン、バスと音域がある一方、その声質には大差ない(ように素人耳には聴こえる)。

しかしジャズ・ヴォーカルではその声質の差こそが個性であり、歌い手のテクニカルな工夫がそこに生じていて、聴き手側の多彩な鑑賞を可能にしている。例えばサラ・ヴォーンならばディープで粘り気のある声質がもたらすブルース感覚、カーメン・マクレーならばビターでクリアな声質故の知性、ヘレン・メリルならばハスキー中のハスキーが生む乾いた色気、ブロッサム・ディアリーならば可憐なチャイルド・ヴォイスのコケティッシュな味、ダイナ・ショアのウォームなヴェルベット・ヴォイスの気品、ダイアナ・クラールならスモーキーな大人の雰囲気といった具合で、仮に彼女たちが同じ曲を唄ったとしたらと想像すると興味深い。

関西を中心に活躍するジャズ・ヴォーカリスト、tomo hirano(本名:平野智子)は京都市出身で現在も在住する。その経歴を見ると、幼い頃から唄うことが好きで、小学生の頃に映画『サウンド・オブ・ミュージック』を観たことで英語への興味を深めたという。
大学の英文学科を卒業後は英語関係の会社に勤める。結婚退社後には自宅で英語教室を開き、2013年まで英語講師をするも2000年に夫を突然病気で亡くしてから小さい頃からの夢を叶えるためジャズ・ヴォーカルのレッスンを受け始める。彼女は更なる社会への貢献を目指したのだろう、2006年には通訳案内士の国家試験に合格して、インバウンド向けの観光ガイドとして京都を中心として日本の魅力を伝える仕事に就く。更に彼女が挑戦的であったことはほぼ同じ時期、趣味として続けていたジャズ・ヴォーカルを「人前で歌う」という新たな一歩へ踏み出したことだ。2007年には tomo hirano としてステージデビューを果たし、現在はインバウンド向けガイドとジャズ・ヴォーカリストという異業種の二足の草鞋で活躍している。

本作品は tomo hirano のセカンド・アルバムで、2015年にリリースしたファースト・アルバム『Close Your Eyes』で共演し気心の知れている石川武司トリオ(石川 武司 のピアノ、井手 厚のベース、高野 正明 のドラムス) にYu-Maのヴァイオリンが参加していて、サックスをフィーチャーしたファースト・アルバム(筆者未聴)とはテイストが異なるだろう。事実、珠玉のスタンダードを散りばめたエレガントで落ち着いた雰囲気を持った大人の作品になっている。とりわけヴァイオリンがもたらすのは tomo hirano のナチュラルな唄声を優しく包み込む、謂わば羊水のような効果と言うべきか、本作品にオリジナルにしてノスタルジック味わいを与えているのだ。

01.<Stardust> アルバムの冒頭を飾るのは Hoagy Carmichael 不朽の名作。こういう曲を1曲目に置くというところに tomo hirano の並々ならぬ意気込みを感じるが、自然体でしっとりとした語り口はそうした力みを感じさせない。石川の芳醇なサポートが続き途中から Yu-Ma のヴァイオリンが加わって繊細にして流麗なソロを聴かせる。上々の滑り出しというべき。

02.<Whatever Lola Wants> 作詞・作曲:Ross Jerry/Adler Richardにより1955年のミュージカルで初演され、トニー・ベネット、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルドといった名歌手のレパートリーにもなっているラテン調のポップス。この演奏もラテンのリズムを意識したアレンジでヴァイオリンの Yu-Ma がメロディをリード。tomo hirano のエスニックな歌唱とバックの演奏との見事なコラボレーションに聴き惚れる。

03.<Antonio’s Song> AORの旗手 Michael Franks 作のヒットナンバーでヘレン・メリルの歌唱でも知られる。tomo hirano のさり気ない淡々とした語り口に対して石川のピアノはエモーションを隠さない弾きぶりに好感が持てる。

04.<Come Fly With Me> Sammy Carn の作詞・作曲によるこの曲は何と言ってもF.シナトラの名唱が頭に浮かぶ。Capitol 時代の張りのある爽快なシナトラの歌唱に対して tomo hirano の飾らないマイルドな唄声はまた別の魅力に溢れている。石川トリオの端正なバッキングも好感が持てるものだ。

05.<The Things We Did Last Summer> (作詞:Sammy Carn 作曲:Jule Styne) 「過ぎし夏の想い出」と訳される甘く切ないラヴソング。石川のピアノに導かれてtomo hirano の遥か彼方を懐かしむ風情のしみじみとした歌唱が心に沁みる。人生の酸いも甘いも噛み分けて初めて達することのできる境地を唄っているのだ。

06.<No Regret (Non, je ne regrette rien.)> (作詞:Michel Vaucare 作曲:Charles Dumout)tomo hirano はフランス語の歌詞を唄う。それもその筈、この曲はエディット・ピアフでヒットした曲「水に流して」だ。ドラマチックな表現を持つこの曲をtomo hirano は 巧みな表現力で唄い切る。

07.<The Good Life> (作詞:Jack Reardon 作曲:Sacha Distel)F. シナトラやアン・バートンの名唱で知られる、己の人生を振り返るというしみじみとした内容だが、tomo hirano はウェットになり過ぎずさらりと己の人生を顧みているようだ。

D. エリントン・バンドの人気曲として知られる 08. <Caravan>は石川トリオの小粋なサポートに乗って tomo hirano の明朗にしてフェイクを活かした闊達な歌唱が魅力的だ。

09.<Fly Me To The Moon> (作詞・作曲:Bart Howard )はヴァースから唄い出される。スインギーなアレンジがよく効いていて、石川のピアノ、井出のベースソロとトリオの躍動的な姿が捉えられているナンバー。4ビートに乗って Tomo hirano のくだけた歌唱も好ましい。

10.<Over The Rainbow>(作詞:Edgar Yip Harburg 作曲:Harold Arlen)がアルバムのラストを飾る。定石通りのヴァースから入り、ジュディ・ガーランドほど声を張り上げることもなく、さり気ないエンディングを迎える。

確かに tomo hirano は声量豊かにテクニック満点に唄い上げて大向うを唸らせるタイプの歌手ではない。そのことは本人が一番よく知っているのだろう。個性を強調しないナチュラルな声質だからこそ彼女の唄を聴いていると聴き手の心へと静かに歩み寄って語り掛けてくる。スタンダードをオーヴァー・エモーショナルに傾くことをせずメロディ通り普通に唄う...これぞ「足るを知る」という彼女の境地なのではないかと思ってしまう。

最後に堅実なサポートに徹する石川 武司、井手 厚、高野 正明 の3人は tomo hirano との共演歴も長いようで、彼女の唄の本質にしっかりと寄り添っていて、しゃしゃり出るような嫌味が全くない。また Yu-Ma のヴァイオリンの清々しい音色と典雅な響きは tomo  hirano を包み込んで彼女の歌唱に明瞭な輪郭を与えると共に、時に自在なフレーズをもって演奏の空気を生き生きとさせている点も見逃せない。

筆者は本作品『nostalgie』のネーミングに対する知見は無いが、繰り返し聴くうちに本作品に対する彼女の深い想念の在りようとともに一人の女性の来し方へ思いを致すばかりだ。

高橋正廣

高橋正廣 Masahiro Takahashi 仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ http://blog.livedoor.jp/dolphy_0629/ 」を連日更新することを日課とする日々。

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