#2425 『壷阪健登/Lines』
text by Mitsuo Nakanishi 中西光雄
Mo-Zone SHM-CD:UCCJ-2253 ¥3,520(税込)
2026年2月18日(水) 発売
01. Rhizome Changes
02. Isolation
03. Old Chair
04. Stomp
05. Revolving Memories
06. Tropical Song
07. Prelude No. 2 in C-Sharp Minor
08. Rubato for a Mystical Moment
09. Sing It
10. Ballad No. 2 in E-Flat Major
11. The Joy of Living (暮らす喜び)
12. Tree of Children (こどもの樹)
壷阪健登: Piano
チャーリー・リンカーン: Bass
デイヴ・キング: Drums
Produced by 小曽根真
★2025年6月17日、18日 ニューヨーク、ザ・サムライ・ホテル・レコーディング・スタジオにて録音
Produced by Makoto Ozone
Recorded and Mixed by Akihiro Nishimura
Mixed at Spin Recording Studios, New York
Mastered by Mark Wilder and Chris Gold
At Blue Engine Studios, New York
YAMAHA CFX Concert Piano Provided by
YAMAHA Artist Service, New York
Piano Technician: Kazuya Ysujo
Dave King Plays Zildjian Cymbals and Vic Firth Sticks
Executive Producers: Makoto Ozone and Yoshihisa Saito
新レーベル Mo-Zone の第2作目は、壷阪健登のアルバム『Lines』である。小曽根真のプロデュースにより、ニューヨークで録音された。壷阪にはすでにソロアルバム『When I Sing』があり、本作は彼にとっても2枚目のアルバムとなる。
今回はトリオ・アルバムで。近年はジュリアン・ラージ・トリオのメンバーとしても活躍するドラムのデイヴ・キング、そしてバークリー音楽大学時代からの盟友であるベースのチャーリー・リンカーンを迎えての編成だ。前作同様、すべての楽曲は壷阪のオリジナルである。
プレスリリースによれば、「その旋律が描く線は、自由にどこまでも伸びていく。」という一文が、このアルバムのコンセプトとして掲げられている。そして、この一文の「線」という言葉には、丁寧に「ライン」とルビが振られている。日本語では英語の複数形を示す「-s」はしばしば正確に発音されないが、この「ライン」というルビからは、単数形への明確な意思が感じられる。
アルバムのタイトルは『Lines』。この名を冠したタイトルチューンは収録されていない。つまり、12曲それぞれがコンポーザー壷阪健登の引いた「線(ライン)」であり、アルバム全体はその集合体なのである。
冒頭に置かれた「Rhizome Changes」もまた、複数形のタイトルである。「Rhizome(リゾーム)」とはフランス語由来の言葉で、「根茎」を意味する。例えば竹やシダは、地下茎が横に伸び、複雑に絡み合いながら、どこからでも芽を出す。哲学者ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリが、伝統的な西洋の二項対立的(ツリー型)思考を批判し、多様性や連結を肯定する概念として提唱したこともよく知られている。
かつて人類が経験した天動説から地動説への科学革命を、トーマス・クーンは「パラダイム・チェンジ」と呼んだ。この二項対立的な認識論は比較的理解しやすいが、多様性と複雑性を全面的に肯定する「リゾーム」の概念は、ややわかりにくい。整理して理解するというより、受け入れる、あるいは身に浴びるといった類いの思想である。その「リゾーム」がさらに移り変わり、永遠に変化し続ける…それが、壷阪がこの曲に与えたタイトル「Rhizome Changes」の意味であろう。
難しい話はこのくらいにして(難しくしたのは他ならぬ私自身だが)、このコンセプチュアルな一曲に耳を傾けてみたい。少々哲学的なタイトルとは裏腹に、冒頭から鮮烈で軽快なインタープレイが展開する。むしろ、ストレート・アヘッドな、と形容したくなるほど豊かで楽しい演奏である。もちろん、コンポーザー壷阪のジャズ・ミュージックの歴史に対する深い畏敬も、十分に表現されている。
チャーリー・リンカーンの、端正でありながら音の奥底が艶めくベース、デイヴ・キングの乾いたドラムとシンバル・クラッシュに導かれ、壷阪健登のピアノも高らかに歌う。ピアノ・トリオの高揚感を余すところなく堪能できる楽曲である。壺阪の心憎いばかりの裏切りに、私は一曲目から心をわしづかみにされてしまった。
壷阪は、今を生きるジャズのコンポーザー、演奏家として、確かに何かと闘っているのだ。彼にとって「ストレート・アヘッド」は「直線的」なのではない。「ライン」には違いないが、それは複雑に絡み合う「根茎」であり、演奏家が多様なバックグラウンドとテクニックを駆使し、対話を続ける営為なのである。そのようにして、ジャズを、さらには音楽そのものを再定義しているのだと、私には思えた。
壷阪の音楽的引き出しは実に広い。05「Revolving Memories」はまことに美しいバラードであり、06「Tropical Song」には底抜けに楽しいラテンがある。07「Prelude No. 2 in C-Sharp Minor」は、タイトルどおりクラシカルな楽曲だ。これまでジャズのみならず、クラシックやポップスの世界で研鑽と経験を積んできた語法の多様性は、とても12曲では表現しきれないと思うほどである。
私は、03「Old Chair」や08「Rubato for a Mystical Moment」に表れたブルーノートの音色、ジャズ・ミュージックに特有のリズムやタイム、ブルースといった形式に対する壷阪の執念のようなものについて、今後もとりわけ注目していきたいと思っている。
世界は、二項対立という単純な構図へ逆戻りしようとしている。その中にあって、人や音楽の多様性を認めた上で、音楽や世界の再定義を志す壷阪健登のような若き音楽家が存在することの意義は大きい。「根茎」のように大地にしっかりと根を張りながら、ひとつの場所に安住することなく、ためらわず移動していく自由さと奔放さを、これからも保ち続けてほしいと願わずにいられない。
なお、アルバムジャケットのイラストレーションは、美術家・望月通陽氏による書き下ろしである。もちろん『Lines』というタイトルから構成されたすばらしい作品であるが、演奏を聴くことで、完全に壷阪の志を理解し、それをイラストレーションとして見事に結晶させたその芸術的才能に、心からの敬意を表したい。
複数形は意思である。
Mo-Zone, 壺坂健登, Lines
