#2442 『マリリン・クリスペル&アンデルス・ヨルミン/メメント』
text: Masahiro Takahashi 高橋正廣
Marilyn Crispell, piano
Anders Jormin, double bass
1. For the Children (Anders Jormin, Marilyn Crispell)05:45
2. Dialogue (Anders Jormin, Marilyn Crispell)04:39
3. Embracing the Otherness (Anders Jormin, Marilyn Crispell)03:37
4. Contemplation in D (Anders Jormin, Marilyn Crispell)05:35
5. Three Shades of a House – Morning (Anders Jormin)03:12
6. Three Shades of a House – Evening (Anders Jormin)01:50
7. Song (Marilyn Crispell)03:13
8. Memento (Marilyn Crispell)01:24
9. Beach at Newquay (Marilyn Crispell)04:10
10.The Dark Light (Anders Jormin)01:46
11.Dragonfly (Marilyn Crispell)03:03
Recorded July 2025, Auditorio Stelio Molo RSI, Lugano
Engineer: Stefano Amerio
Produced by Manfred Eicher
自身、フリー・ジャスを演奏するベーシストであったマンフレート・アイヒャーが1969年インディペンデント・レーベルECM (Edition of Contemporary Music)を創立する際に掲げたいくつかのポリシーはその後のジャズ・レーベルの在り方に大きな示唆を与えた。先ず「The Most Beautiful Sound Next to Silence」という中核的なポリシー。それは静けさと余白を重んじる美学であり、“沈黙”や“間”すらも音楽の一部であるというコンセプトである。更にレーベル創立以来、1800枚を超えるアルバムはプロデューサーM. アイヒャーの高潔な音楽的信念が揺るぎないものとして、安易な商業性に傾くことを良しとせず、それらの作品群は常にミュージシャンの意向を尊重した制作態度によって完成していることが明らかであること。その結果、作品としての一貫性や物語性が担保されていること。最後にECMサウンドと呼ばれるように、残響感・空間性を生かした透明度の高い音質が上記のポリシーを実現する重要なキー・メソッドであること。近年はジャズのみならず、現代音楽やクラシカルの作品も手掛けるECMの総帥M. アイヒャーの審美眼はますます研ぎ澄まされているようだ。
そんなアイヒャーの眼に止った二人がマリリン・クリスペル(1947年フィラデルフィア生れ)とアンデルス・ヨルミン(1957年スエーデン生れ)。M.クリスペルは7歳からピアノを始めニューイングランド音楽院を卒業、‘75年にJ, コルトレーンの『A Love Supreme』を初めて聴いて驚倒、以後アヴァンギャルドな即興音楽の世界へと誘われてゆく。セシル・テイラー(p)、ドン・チェリー(tp)、カール・ベルガー(vib)、レオ・スミス(tp)、オリヴァー・レイク(ts)らとの交友、アンソニー・ブラクストン(as)のグループへの参加とフリー・ミュージックへの傾斜を強めてゆく。
一方のベーシスト、アンデルス・ヨルミンはプロの音楽家である父を持つ音楽一家に育っていてヨーテボリ大学ではピアノとベースを専攻し、‘80年代半ばにボボ・ステンソン(p)と音楽的なパートナーシップを築き、’90年代初頭にはチャールズ・ロイド(ts)との共演、‘90年代後半には、ポーランドのトマシュ・スタンコ(tp)との共演が有名。
ECMレコードでのクリスペルとヨルミンの共演は2004年ヨルミンの聖歌サイクル作品『In Winds, In Light』で彼女は「アンデルスの演奏を聴いたとき、私の心の中の琴線に触れ、強く共鳴するものを感じました」とヨルミンが彼女の音楽的思考に大きな影響を与えたと述懐する。以後もこの二人はレコーディングで共演する機会はあったもののデュオというフォーマットでは初めてのことだという。
本作品『Memento』とは思い出の品、形見、記念品といった意味だからだろうか、二人の音楽的体験や心象風景を根底に据えた内省的なデュオローグにより全編が貫かれている。その在りようは互いのモノローグを傾聴し合うことから発するインスピレーションの相互作用に他ならない。
<01>. 「For the Children」 何か思い詰めたように始まるクリスペルの独白にヨルミンのアルコベースが寄り添うように始まるプロローグ。クリスペルとヨルミンはあまり多くを語ることなく相手の情動に耳を傾けて呼応する息遣いが鮮明に迫って来る。
<02>. 「Dialogue」 ヨルミンの重心の下がったベースソロが物語を語り出し、クリスペルが相槌を打つ、互いの内奥を静かに晒してゆく、まさに対話そのものの時空間がゆるやかに流れてゆく。
<03>. 「Embracing the Otherness」 ヨルミンのアルコが胸襟を開くかに語り出すと、クリスペルがそれを諫めるかのように切り込むカッティングエッジな透徹したピアノが印象的。
<04>. 「Contemplation in D」 クリスペルが深く重層的なハーモニーで語り出して瞑想に向かうと、今度は逆にヨルミンの弾く強靭なピチカートが覚醒的な役割を果すというコンビネーションが展開される。
<05>. 「Three Shades of a House – Morning」 次の<06>と対を為すこの楽曲はヨルミンがB, ステンソンとの活動で採り上げて来たナンバーで、クリスペルの透明感溢れるピアノの音色が何と言っても美しくECMサウンドの真骨頂と断言できる。
<06>. 「Three Shades of a House – Evening」 こちらはヨルミンによる瞑想的なベースにスポットが当てられていて、無音空間へと放つ深々とした低音を鳴らし切るヨルミンの想念と息遣いが感じられる。
<07>. 「Song」 クリスペルのストイックな感性とそれに寄り添うヨルミンのソリッドなベースは互いを傾聴しながらも、同化することなく自己の解放に眼を向けている印象。
<08>. 「Memento」 アルバム・タイトル曲にしてクリスペルの穏やかな内面を描き出すピアノの独奏。
<09>. 「Beach at Newquay」 ノルウェイのフィヨルドの風景を描いたのであろうこの曲、ヨルミンの高音のアルコベースはあたかも海鳥の鳴き声のような効果を放って北欧の空気感をもたらしている。
<10>. 「The Dark Light」 「暗い灯」とはどんな灯火なのだろう。詩的な想像が膨らむ短い曲。
ラスト<11>. 「Dragonfly」は、ECMとは深い縁のあるゲイリー・ピーコック(p)に捧げられたナンバーが採り上げられている。クリスペルのECMにおける初アルバム『Nothing Ever Was, Anyway: Music of Annette Peacock』に於けるピーコックとの共演を想わずにはいられないクリスペルなのだろう。そのタッチは懐かしさと深い感謝の念が籠められている。
全11曲を通して感じることは、それぞれが独立した楽曲という形式を取りながら、2人の内省的な傾聴という通底する志向ゆえに、独立性よりもアルバムとしての連続性に重きが置かれていて、ECMのポリシーそのものを実現した1作と言えるだろう。
クリスペルは「私がECMでやってきたことの多くは、外的な強烈さよりも内的な強烈さに関するものです。私は、この2つの状態、つまり激しいエネルギーと極度の内向性、同じコインの裏表の間にはつながりがあると感じています。私は両方をやっていて、それらの間に有機的なつながり、統合があると感じています。ECMのレコーディングでは、まるで時間が止まったかのようにゆっくりと演奏するというアイデアが好きです。」とECMにおける自己の音楽的スタンスを語っている。本作品は正に「極度の内向性」を志向したパフォーマンスに違いない。一つの肉体に外的な強烈さと内的な強烈さを併せ持つマリリン・クリスペルというミュージシャンに筆者は更なる興味を抱いたことは言うまでもない。
マリリン・クリスペル, アンデルス・ヨルミン, メメント, Memento
