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CD/DVD DisksNo. 338

#2443 『マリオン・ブラウン / Live in Europe 1968 & 1972』

Text by Akira Saito 齊藤聡

NoBusiness Records NBCD 187
https://www.nobusinessrecords.com/live-in-europe-1968-and-1972-marion-brown.html

Marion Brown (alto saxophone)
Gunter Hampel (vibraphone)
Barre Phillips (bass)
Steve McCall (drums)

1. Current Events
2. Epiphanie
3. 61 to Erie Basin
4. Djinji’s Corner
5. Afternoon of a Georgia Faun

Tracks 1-3 recorded live at Maison de la Radio, Salle 105, on the 16th of March, 1968
Tracks 4-5 recorded at Festival de Châteauvallon, Ollioules, France on the 22nd August, 1972
Mastered by Arūnas Zujus at MAMAstudios
Design by Jeff DiPerna
Produced by Danas Mikailionis and Ed Hazell

マリオン・ブラウンがニューヨークに出てきたのは1962年のことである。まだ三十代に入ったばかりのブラウンは、このとき重要な人脈を得ることになる。それは練習場所のビル最上階に住んでいた作家・評論家のリロイ・ジョーンズ(のちのアミリ・バラカ)であり、また2階で練習の音を聴いていたアーチー・シェップ、それからオーネット・コールマンといった面々だった。(*1)

ジョーンズにとって、ブラウンはファラオ・サンダースやサン・ラーらと並び「新しい黒人音楽」を象徴するひとりでもあり、それは演奏を通じた精神性にもあらわれていた。「マリオン・ブラウンは精神が何であるかを理解したがっているし、ある種の精神的活動力を追求し、それと結合する。かれは、ある程度まで、それがエネルギーの問題であることを理解しているのだ。」(*2)

ジョーンズは黒人性を過激に押し出す評論や戯曲を書いていた―――たとえば、ブラウンが端役で登場することもあった戯曲『ダッチマン』のように。

「なんだって、チャーリー・パーカーもイカスだって?なるほど、チャーリー・パーカーか。白人どもの知ったかぶりの青二才めが、どいつもこいつも喚声あげて、『バードよ、バードよ』ってあだ名を呼びまくる。ところがじつは、バードはそのとき、『ケツをあげろ、あっかんべえ、へなちょこ野郎の白人め!ケツをあげろ、あっかんべえ』っていってるんだ。だのに、やつらは尻もあげずに坐ったままでチャーリー・パーカーのさいなまれたる天才とやらを勝手にしゃべくりあってるんだ。」(*3)

もちろんこれらは戦略的な言説であり、ジョーンズが逆差別主義者であったということにはならない。ジョーンズが見出したものは「未知なるものの形式」すなわちヴァナキュラーな表現形式だった(*4)。だからブラウンのなかでは、ジョーンズに思想的な共鳴をすることと、直後にギュンター・ハンペルやバール・フィリップスといった白人ミュージシャンたちと音楽的な共鳴をすることは、ごく自然に共存しうることだっただろう。そしてブラウンにとってのヴァナキュラーなものは原風景と結びついた抒情として表現されたのだ。

ブラウンは、ニューヨーク時代にはESPやインパルスからのリーダー作のリリース、さらにジョン・コルトレーン『Ascension』への参加など得難いキャリアを積む。しかしなにがあったのか、67年にはヨーロッパに居を移す。ギュンター・ハンペルとの知己は、当地でブラウンが得た財産のひとつだろう。もっとも、かれらの結びつきは偶然ではなかった。ハンペルはこのように振り返っている。

「当時はアメリカ人のソリストがヨーロッパに来ると、各国でリズムセクションと組むのが一般的でした。選ぶのは、たいていはフェスティヴァルの主催者か著名な評論家・プロデューサー。いつも同じリズムセクションでした。ラジオやフェスティヴァル、クラブでの数回のギグの後、アメリカ人ミュージシャンは次の国へと旅を続けました。マリオンはそうじゃなかった。かれはヨーロッパ中を旅して、自分の選んだミュージシャンと出会い、特別な音楽を作り上げ、時が来ればまた旅を続けました。かれがアントウェルペンに来たとき、私は既にかれのESP盤を聴いていました。(略)スティーヴ・レイシーやエンリコ・ラヴァの曲を聴きながら、一晩中語りあったのを覚えています。」(*5)

ブラウンとハンペルとの共演関係はその後30年間にもおよぶことになる。じっさい、渡欧翌年に録音された本盤でもハンペルとの相性の良さは特別なものに聴こえる。

『Le Temps Fou』は本盤前半の演奏から半年のあとに吹き込まれたブラウンのリーダー作だ。(トランペットのアンブローズ・ジャクソンが加わるも)基本的には本盤と同じメンバー編成でありながら、音の様相はがらりと異なっている。主役はブラウンというよりもバール・フィリップスであり、香り立つようなピチカートの音がアルバム全体を覆っている。ひょっとしたら映画のサウンドトラックのため音作りが違ったのかもしれない。だが、それよりも、ブラウン、ハンペル、フィリップス、それにスティーヴ・マッコールという出自を異にする4人が、拮抗する力量をもつがゆえに生き物のように柔軟にサウンドを変貌させ続けた、ひとつの断面であったということかもしれない。

ブラウンは翌69年に『Marion Brown In Sommerhausen』をものしている。フィリップスが抜けてジャクソンがとどまり、ジーン・リーが加わる構成でライヴ録音した作品である。ここでもっとも目立つのはマッコールのドラミングだ。

マッコールが渡欧したのもブラウンと同じ67年のことであり、シカゴでムハル・リチャード・エイブラムスらとともにAACM(Association for The Advancement of Creative Musicians)を創設してからまださほどの時間が経っていない。だが草の根の組織とは属人的なものであり、AACMも例外ではなかった。影響力のあったチャールズ・クラーク(ベース)とクリストファー・ギャディ(ピアノ)が68、9年に相次いで急死したあと、何人ものメンバーがシカゴを去った(*6)。先行して欧州で活動を始めたマッコールの存在が、かれらの背中を押したのかもしれない。その意味で、マッコールは開拓者だった。

バスドラムによるリズミカルな浮揚力の上に組み上げられる立体的なドラミングは、72年の演奏でさらに際立つ。2曲とも70年録音の『Afternoon of a Georgia Faun』に収録された曲である。このECM盤にはブラウンの他にアンソニー・ブラクストン、アンドリュー・シリル、チック・コリア、ジーン・リー、ベニー・モウピンなど大勢のメンバーが揃い、屹立した個の音を緊張感とともに集めてみせている。だが、本盤のデュオ演奏はまったく異なる光を放つ。私たちが聴くのはブラウンとマッコールのふたりだけであり、ECM盤よりも力強い。マッコールは、相手が抒情的なブラウンだからといって手加減をすることはない―――同じくサックスのフレッド・アンダーソンとのデュオで作った傑作『Vintage Duets』と比べても、である。そしてヴァルネラブルでさえあるブラウンのサックスが力のやりとりの場に置かれると、奇妙なことに別の魅力を放つ。

バール・フィリップスの初レコーディングはアーチー・シェップの『New Thing at Newport』であり、やはりブラウンやマッコールと同じ67年に渡欧してジョン・サーマン、ステュ・マーティンと「ザ・トリオ」を組み、新しい音を創出する。ブラウンとは音楽的文脈が異なるように捉えられそうなミュージシャンだが、この時期の軌跡は驚くほど重なっていたのだ。

68年の11月にフィリップスが吹き込んだアルバムは、最初のコントラバス・ソロのレコードだと言われている。アメリカでは『Journal Violone』、イギリスでは『Unaccompanied Barre』、フランスでは『Basse Barre』と、それぞれ異なるタイトルでリリースされたものであり、世界の即興シーンに多大な影響を与えることになる(*7)。歴史とはあとで語られるものであり、フィリップスもロンドンの教会でソロを弾いている3時間、自分がそのような大それたことをしているなどとは夢にも思わなかっただろう。だが、本盤の8か月後にそれは起きた。フィリップスはそのような地点に立っていた。

本盤は、卓越したミュージシャンたちによる特別な記録なのである。

(*1)ジェイソン・ワイス『証言 ESPディスクの時代』(ジーンブックス、2022年/原著2012年)
(*2)リロイ・ジョーンズ『ブラック・ミュージック』(晶文社、1969年/原著1967年)
(*3)リロイ・ジョーンズ『ダッチマン 奴隷』(晶文社、1969年/原著1964年)
(*4)ヒューストン・A・ベイカー・ジュニア『ブルースの文学』(法政大学出版局、2015年/原著1984年)
(*5)ギュンター・ハンペル(マリオン・ブラウン、ギュンター・ハンペル『Gemini + (play “live” Sun Ra compositions)』のライナーノーツ、1993年)
(*6)ジョージ・E・ルイス『A Power Stronger Than Itself』(The University of Chicago Press、2008年)
(*7)拙著『齋藤徹の芸術』(カンパニー社、2022年)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。linktr.ee/akirasaito

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