#2448 『永武幹子 / Live at Nardis – Tribute to Cecil Taylor』
Text by Akira Saito 齊藤聡
RINDO
Mikiko Nagatake 永武幹子 (p)
1. Lono (Cecil Taylor)
2. This Nearly Was Mine (Richard Rodgers)
3. Improvisation#1 Pt.1 Beginning
4. Pt.2 Storying
5. Pt.3 Plunging
6. Pt.4 Longing
7. Pt.5 Settling
8. Improvisation#2
Recorded by Yoshio Kizaki
Mixed and mastered by Shinya Matsushita (Piccolo Audio Works)
Recorded at Nardis, Kashiwa 22nd of August, 2025
Photo by Gonzalo Sanchez Moore
Special thanks : Takehiko Komine (Nardis), Yutaka Murakami (No Trunks), Fumito Fukuchi (Gekkasha), Shigeko Sekiguchi (Free Flying Productions)
永武幹子がセシル・テイラーへのトリビュート作を出した。スタンダードや自身の曲を弾くジャズ・ピアニストとしての姿に馴染んだ聴き手にしてみれば意外かもしれない。だが、とくにこの数年間、彼女が即興演奏へのアプローチをさまざまに模索し実践してきたことを考えれば、表現の拡張としてむしろ自然でもある。
たしかに「セシル・テイラー的な音」は強く伝わってくる。実際、本人も方法論について研究を重ねたという―――たとえば独特なスケールをアルペジオで提示することや、黒鍵と白鍵を即座に移動することなど。スピーディな旋律の繰り返しとは切り離された低音の動きが、なにものかの到来を予感させもする。3年前、永武はピアノソロで指向することを語っている。テイラー的な方法論の発見と重なるところがあったのかもしれない。不穏なアルペジオも速度もヨコに向けた展開であるからだ。
「右手と左手でわかりやすいキャラクターの和音を作ることをせず、単音によっていろいろな線の流れを作ること。安心感のあるタテ(同一の瞬間)のコード感を作りすぎず、時間的に音が残るピアノの特性を活かしてヨコ(異なる瞬間)のコード感をこそ重視し、それにより安定さと不安定さの両方を残すこと。」(*1)
だが、いうまでもなく本盤は永武幹子のサウンドであり、方法論の適用などを遥かに超えている。本人がかつて唯一好んで聴いたというテイラーのピアノソロ『Indent』と続けて聴けば、それは明らかだ。捨てない和音が潤いとなり、捨てない足元への視線が情感となっている。
(文中敬称略)
(*1)拙稿「インプロヴァイザーの立脚地 vol.10 永武幹子」(本誌No. 334)
セシル・テイラー, 永武幹子, フリー・インプロヴィゼーション