#2447 『ポール・ブレイ&アリルド・アンデルセン/ OSLO 1973』
text: Masahiro Takahashi 高橋正廣
Nadja 21 NADJ1005 ¥3,300 (税込)
Paul Bley (piano)
Arild Andersen (bass except 01, 02, 03, 10 & 11)
- Ojos de Gato (Comp:Carla Bley) (solo piano)
- Touching (Annette Peacock) (solo piano)
- Goodbye Pork Pie Hat (Charles Mingus) (solo piano)
- El Cordobes (Annette Peacock)
- Batterie (Carla Bley)
- How Long Has This Been Going On (George Gershwin)
- Carla (Paul Bley)
- Crossroads (Ornette Coleman)
- Ida Lupino (Carla Bley)
- Violin (Carla Bley) (solo piano)
- And Now The Queen (Carla Bley) (solo piano)
- Syndrome (Carla Bley)
- Closer (Carla Bley)
- Mr. Joy (Annette Peacock)
Recorded on August 12,1973 Live at the Sonija Henie Oslo Norway
Recording Engineer:Niels Onstad Stiftelser
Album Producer: Carol Goss & Kenny Inaoka
Executive Producer: Carol Goss for IAI
殆どのモダン期のピアニスト達はビ・バップ(というより端的にはバド・パウエル)の洗礼を受け、その後己の個性を磨いて自身の音楽性を確立してゆく。本作品の主役ポール・ブレイもその一人だった。
1932年カナダのモントリオールに生れたP. ブレイは5歳でヴァイオリンを始め9歳でピアノを習うと11歳の時にはマクギル音楽院ジュニアコースを卒業し、地元のジャズクラブに自己のトリオを率いて出演するという早熟ぶりを発揮。‘50年にはN.Y.へ出てジュリアード音楽院で作曲と指揮法を学んでいる。ブレイの初リーダー作はチャールス・ミンガスとマックス・ローチが興したDebutレコードの’53年吹込み『Introducing Paul Bley』で、ミンガスのベースにアート・ブレイキーのドラムという大御所が脇を固めた文字通りのデビュー作は、オーソドックスなハードバップ寄りの、いかにも新人といった緊張が伝わってくる作品。
しかし‘57年にカーラ・ボルグと結婚してからはその作風に変化が生じ、翌年のGNP盤『Solemn Meditation』では新人のヴァイブ奏者デイヴ・パイクを加えて幻想的なムードを漂わせた演奏が並び、バップ志向からの脱皮が明確に感じられる。世に言うブレイの特異性は’60年代中葉、“ジャズの10月革命”を主導したジャズ・コンポーザーズ・ギルドへの参加で決定的となり、以後ニュー・ジャズ・ピアニストの一方の旗頭となった。もう一方の旗手セシル・テイラーのピアノが時空を音符で埋め尽くすのとは対照的に、ブレイは“無音の美”を求める対極に座を占める。その音楽性が最も顕著に結実したのがECM盤の‘72年吹込み『Open, To Love』ではなかろうか。それは正にECMのコンセプトそのものと言うべき知的抑制の利いたソロピアノ・アルバムとしてその後のECMサウンドのマイルストーンとなったと筆者は考えている。
ブレイの特異性のもう一つに選曲が挙げられる。ブレイは2016年に没するまで’57年から8年間の結婚生活を送ったカーラ・ブレイの曲、共演者ゲイリー・ピーコックの妻でカーラとの別離後に急接近したアネット・ピーコックの曲を自身のアルバムに幾度となく採り上げて再演に継ぐ再演を重ねている。彼女等は伴侶ポール・ブレイに演奏されることを想定して曲を提供したと言われる。ブレイの音楽性に大きな影響を与えたとされる2人の女性に対して、この選曲は彼女等に対する偏執的な愛なのだろうか。
“耽美的リリシズム”という定冠詞を付けられることの多いビル・エヴァンスもまた同じ曲を採り上げる傾向があったが、エヴァンスの場合は曲そのものの真髄を絞り出して究極の美を追求する禁欲的なまでの姿勢が顕著なのに対して、ブレイの場合は曲という素材を通じて己に内在する美的衝動を外へ向かって解放するという“享楽的ナルシシズム”と言えるのではないか。ブレイが反復して同じ曲を演奏するのは曲の解釈や演奏の到達点を目指しているのではないというのが筆者の仮説。
さてもう一人の主役、アリルド・アンデルセン(現地語的にはアーリル・アンダーシェンと発音するらしい)は1945年ノルウェイ生れ。アンデルセンは20数枚のリーダー作の殆どをECMから発表している、ECMの申し子とも言うべきノルウェイを代表するベーシスト。ノルウェイという地勢的な影響があるのかもしれないが、最初期のリーダー作『Shimri』 を聴くと北欧特有の牧歌的にして抑制の利いた思索的なリリシズムが既に確立していることに驚かされる。
ブレイは本作品を遡ることひと月ほど前にSteeple Chaseレーベルにデンマーク生れの名ベーシスト、ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセンとのデュオ・アルバム『Paul Bley – N.H.Ø.P.』を吹込んでいる。正確なピッチと躍動感のある推進力でピアノを鼓舞するタイプのペデルセンはブレイにとって饒舌すぎる共演者だったという印象がある。それに較べるとアンデルセンのベースはブレイにとって、よりシンパシーを感じるパートナーではなかったか。
さてノルウェイのオスロ「ヘニー・オンスタッド芸術センター」を演奏会場に行われたライヴを記録した本作品、過去のアルバムで幾度も収録されてきた楽曲が並ぶ。その詳細は本作品のプロデューサーにして日本盤ライナーノートを執筆しているひとり、本誌編集長の稲岡邦彌氏による収録楽曲の初出アルバムの紹介に明らかなことから本稿では割愛するが、全14曲中、7曲がカーラ作、3曲がアネット作のいずれもが再演曲/再々演曲であることに改めて驚かされる。
更に1973年8月当時、アンデルセンとは同郷のノルウェイを代表する名ドラマーのエスペン・ラッドを加えたレギュラー・トリオとして活動していたことが分っており、本作品の2日後にはトリオでのライヴ・アルバムが残されている。筆者は未聴ながら当時絶好調だったブレイの作品だけにそちらも興味深い。
<01> Ojos de Gato タイトルは闇を凝視する猫の眼を連想させる。深く深く闇へと沈潜してゆくブレイの情動がそのまま指先へと伝わって旋律となる、これは詩的世界観と言うよりは闇の情動から発した想念の発露と言うべきだろう。
<02> Touching フリーバラッドと称されるこの曲は前曲同様、ブレイの語り口は自由奔放、曲に縛られることのない甘美的ですらある表現をみせる。
<03> Goodbye Pork Pie Hat 前曲から連続するこの曲はC. ミンガスがレスター・ヤングに捧げた楽曲でブレイがアルバムに採り上げるのはこれが初めて。ミンガスへの敬意でもあるのだろう、原曲の旋律から離れることのないソロラインはブレイらしからぬスタンスだ。
<04> El Cordobes この曲からアンデルセンが加わる。正確にしてソリッドなピチカートで寄り添うアンデルセンの存在がブレイの高揚感を引き出したのだろうか、前3曲とはブレイのタッチは明らかに異なっている印象。
連続して演奏される<05> Batterieは更にフリー・インプロヴィゼーションによる対話を愉しむ2人の姿がヴィヴィッドに捉えられている。
更に連続する<06> How Long Has This Been Going Onはブレイ流のスタンダード解釈はカーラやアネットの曲を弾くときと大差なく、原曲の旋律からオープンに飛躍するスタイルを崩さない。後の1986年のSteeple Chase盤『My Standard』でブレイのスタンダード解釈のあり様はより明確になるのだが。
<07> Carla 前述のSteeple Chase盤『Paul Bley – N.H.Ø.P.』と較べてみるのも面白い。それにしてもブレイは前妻への思いを隠そうともしない男なのだろうか。(曲と男女間の思いは別物には違いないが)
<08> Crossroads 1958年当時、オーネット・コールマンのグループに在籍していたブレイにとってコールマンの曲を演奏するのは大きな意味があったのだろう。ブレイの強靭な打鍵とダイナミックに変動する楽想は本作品の中では異色。
<09> Ida Lupino これぞカーラの最大のヒット曲にしてブレイの愛奏曲。ブレイの慈しむような弾きぶりが心に残る名奏。
<10>. Violin カーラらしい自由度の高いテーマから、ヴァイオリンをイメージさせる工夫までブレイは自由そのもの。
<11> And Now The Queen これも前曲から連続しての楽曲でカーラの曲にしては起承転結・メリハリの利いた楽想で時折り見せるブレイの石清水の雫のようなタッチが麗しい。
<12> Syndrome ここからは再びアンデルセンとのデュオ。リズミックな曲でブレイとアンデルセンの絡みも律動的に推移して共に多弁なソロを展開する。
連続する<13> Closer はカーラの楽曲の特徴である、寡黙とも言えるほどにシンプルで自由度の高さがブレイの心象風景を鮮やかに描き出している。この曲もブレイの愛奏曲の一つ。
<14> Mr. Joy カーラに較べると大らかさが目立つアネットの代表曲。ブレイにはこの曲を表題にした1968年Limelight盤がある。メロディアスな楽しさで聴衆を沸かせてライヴはエンディングとなる。
本作品のジャケットにはブレイの似顔のドローイングが使われていて、淡泊な描き方ながらブレイの内面があぶり出されている印象がある。それもその筈、この画は著名な映像作家にしてブレイの最後の伴侶となったキャロル・ゴスの絵筆になるものだから。ポール・ブレイを彩る3人の女性という型通りの紹介は意味を成さないだろうが、彼の音楽性に大きな影響を与え続けた点では3人の女性とは希有の関係性だったのだろう。
ポール・ブレイはその長いキャリアにおいて、チャーリー・ヘイデン、マーク・レヴィンソン、ゲイリー・ピーコック、デイヴ・ホランド、イェスパー・ルンゴーら一流のベーシスト達との共演を重ねてきたが、アンデルセンとの共演盤は他に残されておらず、本作品の発掘は実に意義深いものと筆者は考えている。
