#2453 『Emmet Cohen / Universal Truth』『エメット・コーエン/ユニヴァーサル・トゥルース』
text: Masahiro Takahashi 髙橋正廣
Mack Avenue BSMF-5145 ¥3,300(税込)
Emmet Cohen: Piano (All)
Joe Farnsworth: Drums (All)
Yasushi Nakamura: Bass (1, 5, 6, 7, 8)
Ron Carter: Bass (2, 3, 4)
Jeremy Pelt: Trumpet (2, 4, 5, 6, 7, 8)
George Coleman: Tenor Saxophone (3, 8)
Tivon Pennicott: Tenor Saxophone (5, 6, 7, 8)
1.Budo
2. Well, You Needn’t
3. My Funny Valentine
4. Gingerbread Boy
5. I. Eternal Glimpse
6. II. Compassion
7. III. Universal Truth
8. Blue Train
Producers: Emmet Cohen, Christian Wiggs
Associate Producer: Michael Ragan
Production Manager: Spencer Cole Porter
Recorded at Sear Sound in NY on October 5, 2025
Recording Engineer: Chris Allen
Assistant Engineer: Steven Sacco
Mixed and Mastered at Bass Hit Studios in NY
Mixing and Mastering Engineer: Dave Darlington
All songs arranged by Emmet Cohen
本稿を起こすにあたり、本作品の主役エメット・コーエンに触れる前に鈴木鎮一に言及しなければなるまい。
1898年名古屋市に日本初のバイオリン製造会社を興した父政吉の三男として生まれ、長じて帝国音楽学校のバイオリン教授となった鈴木鎮一は音楽の早期教育を提唱し、幼児が父母の言葉を聞いているうちに自然に話せるようになることに着目し、母国語と同じように耳から音楽を教える母語教育法「スズキ・メソード」を確立していく。
太平洋戦争後、鈴木は1946年に長野県松本市に松本音楽院を開設、併せて全国幼児教育同志会を発足させ、2年後の1948年に才能教育研究会と改称し、さらに1950年に文部省より「社団法人 才能教育研究会」として認可され、今日に至る。鈴木鎮一は「スズキ・メソード」普及の主導的人物に他ならない。
その「スズキ・メソード」は発祥の日本よりもアメリカで多くの生徒が学んでいて、世界中に40万人を超える生徒がいる。音楽教育が主体ではあるが、それが本来の目的ではなく、音楽によって子供の心を豊かにし、自信をつけることにあるとしている教育法で、その教育理念は「どの子も育つ、育て方ひとつ」というもの。
エメット・コーエンは1990年フロリダ州マイアミの出身。3歳からこの「スズキ・メソード」でピアノを習い始める。ニュージャージー州のモントクレア高校時代にジャズ・アンサンブルの一員として活動、2012年にマイアミ大学フロスト音楽校で音楽学士号を、2014年にはマンハッタン音楽院で音楽修士号を取得している新進気鋭の若手ピアニスト。コーエンは世界各国でのコンサートツアーの他、COVID-19のパンデミック期からは自宅からのコンテンツ配信「Live from Emmet’s Place」を毎週行い、自己の演奏の普及に努めている。コーエンにとって最も重要なプロジェクトが「Master Legacy Series」でこれは2016年以来著名なジャズの巨匠をフィーチャーした演奏をプロデュースしているもの。これまでにヒューストン・パーソン、ジミー・コブ、ロン・カーター、ベニー・ゴルソン、アルバート・ヒース、ジョージ・コールマンとコラボレーションを組んでいる。この「Master Legacy Series」を始めるきっかけとなったのが2013年にテナー・サックスのレジェンド、ジミー・ヒースと5時間にわたるバス移動中、ヒースが往年の巨匠たちについての逸話を語ってくれたことだったという。世代間のギャップを知り、世代から世代へ知識の伝承と伝統の松明を引き継ぐことを決意したというコーエンのこうした取組みは「スズキ・メソード」の精神を見事に体現したものと言えないだろうか。
本作品『Universal Truth』は正に「Master Legacy Series」のひとつの到達点といえるアルバムかもしれない。現在N.Y.で最も多忙なドラマーの一人ジョー・ファーンズワース(1968年マサチューセッツ州生れ)、バークリー音楽大学とジュリアード音楽院を出てAtelier Sawanoに2枚のリーダー作を持つN.Y.在住のベーシスト中村恭志(1982年東京都生れ)とのレギュラートリオを軸に、ロン・カーター(b)、ジョージ・コールマン(ts)、ジェレミー・ペルト(tp)、ティヴォン・ぺニコット(ts)をゲストとして迎えた本作品は、バド・パウエル、セロニアス・モンク、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、ジミー・ヒースらのイディオムを伝承して温故知新の体裁を取りながらも、コーエン自身の強烈なアイデンティティを融合させて更なる高みへと昇華させる知性と卓越した技倆の発露に他ならないからだ。
<01> Budo バド・パウエル作。パウエルのタッチを彷彿させるテーマから一転コーエンの緩急自在のソロワークが光る。王道のバップ色を濃厚に見せながら、途中のベースとのユニゾン、ドラムとのインタープレイなど聴き処の多いレギュラートリオによる冒頭の1曲。
<02> Well, You Needn’t セロニアス・モンク作。ドライヴの効いたイントロから J. ペルトのブリリアントなトランペットが時空を切り裂くように弾け、コーエンのピアノが原曲の強力な磁場を越えて新たな地平を拓いていく力強いストーリー展開が見事だ。
唯一のスタンダード<03> My Funny Valentine 作詞ロレンツ・ハート、作曲リチャード・ロジャース。G.コールマンがテーマからソロへとテンダーな吹奏を聴かせる。これがあのコールマンかと思う程に柔和なブロウで驚かされる。成熟というべきか枯淡というべきか。それを強靭なタッチでスパイシーに変換するコーエンの力業が聴きもの。
<04> Gingerbread Boy ジミー・ヒース作。J. ペルトのミュート・トランペットがフィーチャーされるこの曲、R. カーターの強力なウォーキング・ベースが演奏をグルーヴィーな方向へ誘う牽引力になっている。‘50年代風のアーシーなビート感に思い切り浸れる心地良さをどう表現しようか。
<05> I. Eternal Glimpse ここからはコーエンの自作3曲が組曲風に続く。 tp、ts を加えたクインテント編成で、変拍子のテーマからストレートアヘッドな4ビートの波が押し寄せて、コーエンのエッジの効いたソロが鍵盤をグルーヴィーに跳ね回る。2管はソロもある一方、アンサンブル的な使われ方がコーエンの工夫。
<06> II. Compassion 2管によるビターなバラッド。ミュート・トランペット、テナー共にバックコーラス的なプレゼンスで、楽曲に奥行きと陰影を与えるアトモスフィアの役割を果していることでコーエンのソロが浮き上がる仕掛け。
<07> III. Universal Truth スピリチュアルなテイストを持ったこの楽曲、演奏の色彩感と空気感を際立たせるという役割の2管の扱いはコーエンの独自性に他ならない。コーエンのフルスロットルの疾走感が光る。またこの曲ではJ. ペルトの力強いアタックと T. ぺニコットの力感溢れるブロウが気を吐いていて拾いもの。
<08> Blue Train ジョン・コルトレーン作。Blue Note盤のオリジナルではトロンボーンを交えた3管編成だったが、ここではテナー2本とトランペットの3管。咆哮するコールマンのテナーに続くコーエンのピアノはオリジナル演奏のムードをそのままに、原作者コルトレーンに敬意を表しているようだ。流麗なコーエンのピアノに耳を奪われているうちにエンディングを迎える。
コーエンは、Downbeat誌の取材に応え自身の活動について次のように語っている。「主な目標の一つは、ジャズの魅力にまだ気づいていない人々をこの音楽へ招待することです。楽しくて親しみやすいものにすると同時に、聴き手に新たな刺激を与える方法も見つけたいと思っています。アメリカのジャズの巨匠たちとの接点を提供することに喜びを感じるのです」
コーエンをこうしたジャズ啓発活動へと突き動かした原動力こそが「スズキ・メソード」にあると断ずるのは筆者の勝手な思い入れだろうか。
本作品は古き良き時代への単なるノスタルジーや現存する巨匠たちへの敬意を表しただけの作品ではない。コンテンポラリーなインテリジェンスに支配されがちな21世紀のジャズシーンに対し、ビバップ~ハードパップというジャズの伝統的にして根源的なエナジーとスピリットを強力無比な楔(くさび)として打ち込んでいるとは言えまいか。
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