#1379『ミカ・ストルツマン&リチャード・ストルツマン/Duo Cantando』
text by Hideo Kanno 神野秀雄
『Mika Stolzman and Richard Stolzman/Duo Cantando』
日本コロムビア COCQ-85334 ¥3000+税 (2017年3月8日発売予定)
Mika Stolzman (Marimba) Richard Stolzman (Clarinet)
Chick Corea (Piano,3) Charles Dimmick (Violin solo,13)
Gil Rose (Conductor,4,13) Boston Modern Orchestra Project (4,13)
01. Waltz Cantando (Bill Douglas)
02. Diamond Dance (Bill Douglas)
03. Sea Journey (Improvisation) feat. Chick Corea (Chick Corea)
04. Concerto #1, PartⅢ (Chick Corea)
05. Wings 翼 (武満 徹)
06. Air (武満 徹) – Clarinet Solo
07. Mostly Blues;Ⅰ (Tom McKinley)
08. Mostly Blues;Ⅳ (Tom McKinley)
09. Mostly Blues;Ⅵ (Tom McKinley)
10. Mostly Blues;Ⅺฺ Samba Feeling (Tom McKinley)
11. Mostly Blues;XXI (Tom McKinley)
12. The Nymphs for Marimba Solo (John Zone)
13. Double Concertino – Kazebue (風笛) (Michiru Oshima)
Produced and recorded by Steven Epstein
Recorded in July 2015 at Concert Hall, The Performing Arts Center at SUNY Purchase College, Purchase, NY
Recorded in April 2016 at Boston WGBH studios, Boston, MA
数年前、スティーヴ・ガッドの公式ウェブサイトを見に行くと、「今年、私のプレイが聴きたかったら、エリック・クラプトンか、ジェームス・テイラーか、ミカリンバに来てくれ。」とか書いてあった。打楽器の神様スティーヴが特別扱いする「ミカリンバ」の中核が、熊本出身、在米マリンビストのミカ・ストルツマンとそのパートナー、グラミー賞を2回受賞しているクラリネットの巨匠リチャード・ストルツマン、『Duo Cantando』はその二人の初デュオアルバムになる。チック・コリアがコンチェルトのスコアを提供するとともに、駆けつけて<Sea Journey>を録音。親交のある音楽家たちが曲を提供し、今後、パット・メセニーが二人に曲を書く予定もある。そしてグラミー賞を17回受賞したスティーヴン・エプスタインがレコーディングしプロデュースする。ミカとリチャードのまわりに集まる顔ぶれを見ただけで、この二人の素晴らしさが伝わるというものだ。
タイトルのCantandoは、楽譜の指示「歌うように」で冒頭の<Waltz Cantando>に因み、1〜2曲目はリチャードの盟友で作曲家、ピアニスト、バスーン奏者のビル・ダグラス作曲で(アート・ランディとも共演していたベーシストとは別人)、哀愁を帯びた上質な空気から静かに「うた」が流れ出す。
<Sea Journey>は、チック・コリアが参加したトリオ。『Stanley Clarke / Children of Forever』(Polydor,1972)が初出だが、鍵盤打楽器として、またECMなら、パット参加の『Gary Burton Quartet featuring Eberhard Weber/Passengers』(ECM1092,1976)が思い当る。チックがパーカッシブなタッチを抑え、二人のうたをサポートしながら海に漕ぎ出し、続く自身のコンチェルトへつなぐことになる。<ピアノ協奏曲第1番>は、1999年にロンドン交響楽団 オリジンで録音され、ミカはその第3楽章をチックの許可を得てピアノパートをマリンバに移し替えた。それは困難な試みだが、ミカは4本マレットを駆使してチックのスピリットを鮮やかに表現する。
<Air>は、空気と歌/曲の意味がかけられ、武満徹がフルート奏者オーレル・ニコレの70歳誕生日コンサートに捧げた遺作。リチャードが遺族の特別な許可を得てクラリネットで吹く。これにはオリヴィエ・メシアン〜武満徹〜タッシ(Tashi)の特別なつながりが背景にある。タッシは、メシアンの<世の終わりのための四重奏曲 Quatuor pour la Fin du Temps>(1940)を追究するために、ピーター・ゼルキン(pf)、リチャード・ストルツマン(cl)、アイダ・カダフィアン(vn)、フレッド・シェリー(vc)で結成され、武満はタッシの<四重奏曲>を聴いた。1975年に武満はニューヨークでメシアンに3時間にわたるレッスンを受け、メシアンは<世の終わりのための四重奏曲>をピアノで演奏し、武満はそのオーケストラを感じさせる響きに感銘を受ける。オリヴィエの許諾を得て同じ楽器編成で、タッシとオーケストラのために<Quatrain>を作曲、後にTashiのみによる<Quatrain II>に改作する。1986年には武満プロデュースによる「Tokyo Music Joy 1986」で「リチャード・ストルツマン・ナイト」が開催され、キース・ジャレット、チック・コリア、エディ・ゴメスと共演。1991年にはクラリネット協奏曲<Fantasma/Cantos>を作曲し、リチャードにより初演された。武満と特別な精神的つながりを感じていたリチャードに、武満の訃報とほぼ同時に届いた<Air>の中にリチャードはメシアン<四重奏曲>のクラリネットで奏でられるモチーフを見出す。ここにリチャードは<Air>はクラリネットで演奏されるべきであると考えた。ドビュッシー同様、フルートを(ハープとともに)根源的な楽器として愛し、作品を多く残した武満。正直、クラリネット版は印象が大きく異なるが、武満とリチャードの会話を見るような緊張感と安らぎの音に引き込まれずにはいられない。
<翼>は、1982年に渋谷・西武劇場(現パルコ劇場)での劇『ウイングス』のために作曲された器楽曲で、東京混声合唱団の委嘱により合唱曲に作詞・編曲、同時に『石川セリ/翼-武満徹ポップ・ソング』に独 唱曲として収録された。NHK「らららクラシック」で大友良英をゲストに、武満の生涯を振り返りながら合唱曲の分析を行っていたが、「うた」が出発点であった武満のすべてが集約され魂が込められた到達点と言える「うた」であり、これに二人が向き合う。なお、オリジナルの合唱曲もぜひ聴いていただきたい。
最後は、大島ミチルの<ダブル・コンチェルティーノ〜風笛>。1999年秋冬期、竹内結子主演で京都を舞台にしたNHK連続テレビ小説『あすか』のテーマ曲、宮本文昭のオーボエで奏でられた<風笛>をモチーフに大島がコンチェルトに仕立て上げた。以前、リチャードの演奏するエンリオ・モリコーネ作曲<Cinema Paradiso>を聴く切なさを思い出しつつ、クラリネットとマリンバだけが作ることができる美しさと切なさが溢れる時間に浸り、日本的な風景と心を感じさせながら、甘い余韻とともにアルバムを締め括る。いや、マリンバ&クラリネットをもっと聴きたいという欲求を残されて困るではないか。
この他、トム・マッキンレー、ジョン・ゾーンからも曲の提供を受け、デパート的にてんこ盛りになっているが、とにかく今持てる音楽すべてを出し惜しみせずに詰め込んだのだろう。夢と目標を持ち音楽に真摯に向き合いながら共に進んで行く二人に集まる人脈とエネルギーが音になり、そのすべてをバランスよく収めることに成功した。マリンバとクラリネットは柔らかな響きを持ちその相性はよく、リチャードに「同じ木質であることで相性がいいと思う」と言ったら苦笑されたが、他方、いずれも音が出るポイントすら一定せず、その響きを正確に記録するのは難しい。このアルバムの完成度はスタジオ選びからマイクセッティングまでこだわり抜き、演奏の細部にも的確なアドバイスをしながら、妥協のないプロデュースをしたスティーヴン・エプスタインの力が大きい。二人が音楽とプライベート両方のパートナーとして響き合い、高め合ってきた今の「うた」を見事に捉えた一枚。そして、ぜひコンサートで木質の豊かな響きと二人の静かに熱く燃えるスピリットを体感していただきたい。
【関連リンク】
Duo Cantando 日本コロムビア
Mikarimba Dream (Official Blog)
http://mikarimba-stoltzman.blogspot.jp
Mika Stolzman official website
http://www.mikarimbamadness.com
Richard Stolzman Official Website
http://www.richardstoltzman.com
NHK「らららクラシック」(2015年6月6日放送) 武満 徹 ひとつの”うた”に導かれて ゲスト:大友良英
https://www.nhk.or.jp/lalala/archive150606.html
Steve Gadd official website – Mikarimba
http://www.drstevegadd.com/mikayoshida.html
【JT関連リンク】
MIKARIMBA featuring Steve Gadd, Eddie Gomez, John Tropea, Richard Stoltzman & Duke Gadd at Blue Note Tokyo, 2014
http://www.archive.jazztokyo.org/live_report/report757.html
Mikarimba Madness 2010
http://www.archive.jazztokyo.org/column/alley/20column.html