#1409『Æon Trio / Elegy』
text by Narushi Hosoda 細田成嗣
TRPTK – TTK0010
Maya Fridman: Cello
Atzko Kohashi: Piano
Frans van der Hoeven: Double Bass
- Útviklingssang [Carla Bley]
- Tabidachi (Departure) [Æon Trio]
- Gary’s Waltz [Gary McFarland]
- Lamento [Gabriel Fauré]
- Blues for Maya [Atzko Kohashi]
- Lonely Woman, Act I [Ornette Coleman]
- Lonely Woman, Act II [Ornette Coleman]
- Luíza [Antônio Carlos Jobim]
- Kusabue (Grass Whistle) [Æon Trio]
- Elegy [John Williams]
- Zingaro [Antônio Carlos Jobim]
- Ieji (Returning) [Æon Trio]
- Quiet Now [Denny Zeitlin]
Recording, Mixing & Mastering: Brendon Heinst
Assistant Engineering: Bart Koop
Piano Tuning: Michiel Strategier
Photography & Artwork: Brendon Heinst
Liner Notes: Atzko Kohashi & Maya Fridman
Microphones: Sonodore RCM-402, Sonodore MPM-91
Microphone Preamplifiers: Sonodore MPB-508
Cabling: Siltech custom mono crystal cables, Furutech FA-220 analog interlinks, Furutech FX-Alpha-Ag digital interlinks, Furutech The Empire power cables, Furutech The Astoria Power Cables
AD/DA Conversion: Merging Technologies Sphynx 2
Monitoring: Dutch & Dutch 8c, Sennheiser HD800s, Questyle CMA-800R Gold
「原音」の次に美しい響き
2014年にオランダで立ち上げられた〈TRPTK〉というレコード・レーベルがある。設立にあたって中心的な役割を果たしたのはオーディオ・エンジニアのブレンドン・ハインストと音楽プロデューサーのルーク・マイセンで、レーベルのホームページによると、商業主義に先導されることなく録音の質のスタンダードな在り方を高めていくことよって、アーティストの音に対する姿勢や生み出された音楽のエモーションをなるべくそのまま聴き手に伝えていき、商品としての交換価値に集約されつつある音楽からその芸術的価値を救い出していくという目的があるようだ。そうした方向性を打ち出したサンプラー・アルバムとして、昨年『The New Music Movement: X-Fi Show Sampler 2016』というCDが出されているのだが、そこにはクラシカルな弦楽から西欧の民族音楽を彷彿させる演奏、あるいはポストロックにも似たバンド・アンサンブルの録音など、一括りにはできない多様な音楽が詰め込まれている。それらに共通する特徴を無理やりにでも挙げてみるならば、ひとつはコマーシャルな世界に取り上げられることのない西欧のローカル・ミュージックをその質の高さにおいて称揚することであり、もうひとつはかつて西欧のローカルな響きをジャズの歴史に組み込むことで汎音楽的な世界へと開き、そしていまに至るまでその質の高さを提示し続けてきた〈ECM Records〉からの影響を思わせるような音響の美学を纏っているということである。〈ECM Records〉がもたらしたサウンドを、独自に発展させていく傾向はなにも〈TRPTK〉に限らず見られるものであって、同時に、〈ECM Records〉もまた次々に外部の音楽を取り入れることでレーベル・カラーの再生産にとどまることのない新たな段階に進んでいることを思えば、この並走する進み行きはいまもっとも注目すべき領域でもあるのだろう。
そうした〈TRPTK〉が今年の春に新たな作品をリリースしている。レーベルのアーティスト・リレーションズ・マネージャーを務める1989年モスクワ生まれのチェリスト、マヤ・フリードマンが参加するイオン・トリオによる最初のアルバム『エレジー』である。メンバーは他にピアニストの小橋敦子、ベーシストのフランス・ヴァン・デル・フーヴェンが参加しているのだが、特徴的なのはその編成で、ピアノ、チェロ、コントラバスというジャズ・トリオとしてはあまり見ることのない組み合わせとなっている。ドラムレスの室内楽的な編成は、本盤において「ロンリー・ウーマン」のようなジャズ・スタンダードを取り上げていながらも、およそジャズとは括りきれない音楽を生み出すことに奏功している。反対に、こうした編成が、たとえば本盤においてガブリエル・フォーレが残したロマン派クラシック音楽を取り上げたときには、その緊密なトリオ・インプロヴィゼーションが、およそクラシカルな響きには似ていない音楽を生み出していく。ならばそれはジャズとクラシックの融合なのかといえばそんな短絡的な話ではなく、アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョン・ウィリアムズ、デニー・ザイトリン、カーラ・ブレイ、ゲイリー・マクファーランドといった多様なジャンルの先行者たちの楽曲に範を取り、ジャズの歴史とクラシックの歴史が〈ECM Records〉において交差したところの影響を汲み取りながら、しかしこの三人にしかなし得ないローカルな音楽として結実している。そしてそうした音楽をその「透明さ」において伝達しようとする〈TRPTK〉の試みは、不可能な原音忠実主義の神話にトレースして解釈してしまうのではなく、アーティストと彼ら/彼女らが生み落とした音楽を、その交換価値ではなくあくまでも使用価値においてひとまずは聴くことのできる状態にしておく、という具体的な実践として捉えるべきなのだろう。いわば「原音の次に美しい響き」がここには収められている。