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CD/DVD DisksNo. 230

#1416 『ハン・ベニンク、ベンジャミン・ハーマン、ルード・ヤコブス、ピーター・ビーツ/The Quartet NL』

♪ 今月のクロス・レヴュー 1

 

text by Takeo Suetomi 末富健夫

55RECORDS  FNCJ-5565 ¥2,700 (税込)

ベンジャミン・ハーマン(as)
ピーター・ビーツ (p)
ルード・ヤコブス (b)
ハン・ベニンク(ds)

1 ドリークスマン・トータル・ロス
2 ブルース・アフター・ピエト
3 ザ・ロマンティック・ジャンプ・オブ・ベアーズ
4 ヒポクリトマトリーファズ
5 ザ・ラフィング・ドウォーフ
6 フーズ・ブリッジ
7 ロロ2
All above by Misha Mengelberg

Bonus Track;
8 アイル・ビー・シーイング・ユー (S.Fain-I.Kahal)
9 キャラヴァン (Tizol-Ellington-Mills)

録音: 2016年4月、オランダにてライヴ録音

このレヴューを記すにあたって、あらかじめお断りをしておきます。私、この音源をいただいて初めてベンジャミン・ハーマンとピーター・ビーツの存在を知りました。ルード・ヤコブスのことも、リタ・ライス&ピム・ヤコブの関係から少しは聴いたことがある程度。あくまで、ハン・ベニンク中心の話にならざるを得ないのはあしからず。あえて、彼らのことを調べずにこれを書きました。

ハン・ベニンクとミシャ・メンゲルベルクの名前は、一般的なジャズ・ファンでは1964年録音の『エリック・ドルフィー:ラスト・デイト』で見かけたと言うことになろうか。ミシャ・メンゲルベルクとハン・ベニンクは62年に出逢いグループを結成して以来、今年3月3日にミシャ・メンゲルベルクが亡くなるまでその関係は続いた。彼ら二人にヴィレム・ブロイカーの3人こそは、オランダのジャズ、即興、現代音楽、シアターピース、アート・シーンの象徴的存在だ。いや、オランダを越えて「世界の」と言った方が当たっている。

さて、The Quartet NL.(NLはNetherlandの略か?) まさに、「オランダ四重奏団」。私の知識不足からか、いまいちピンと来ていないのは致し方ない。何しろ、ハン以外は誰も知らないのだから。とにかく、この四人がミシャ・メンゲルベルクの曲ばかりを演奏したのが、このアルバムだ。(ボーナス・トラックで、キャラヴァン他も収録されている。)昨年の4月に録音されたのだが、結果的にミシャの追悼アルバムになってしまったようだ。ミシャをよく知らないだろう一般的なジャズ・ファンにとっては、彼の曲は初耳だろうし、馴染みが無いのは致し方が無いのだが、逆に私にとっては体の隅々にまで染み渡っているおなじみの曲が並んでいるのだから嬉しい。私にとってはこれが「スタンダード・ナンバー」と言えるかもしれない。ハン以外はどうやらフリー、インプロとは縁の薄いジャズ・ミュージシャンのようだ。ルード・ヤコブスは、ピム・ヤコブと50年代から演奏を続ける大ベテランだが、躍動感のある力強いベースがアルバム全編で活躍する。このベースにハンのドラム(おそらく相当シンプルなセッティングだろう。ほとんどブラシとスネアしか使っていないような演奏が多い。これが、今のハンのトレードマークのようでもある。)が一緒になって、バンド全体を激しくスイングさせている。そう、「スイング」なのだ。近年人気のあるヨーロピアン・ジャズのようなクールなジャズではなく、ひょっとしたらアメリカでも見かける事が少ないかもしれない、歴史をUターンさせたような、モダーンスイングと呼んでもいいような大きなノリのある演奏が繰り広げられている。ハーマンのサックスは、そんな古風なスタイルから、どうも結構フリーも行けそうな具合のキレのある自在な演奏で、表現力に富んでいる。とっくに知っている人には笑われそうだが、「逸材発見!」 そして、これまたピアノもいい。ミシャの曲を演奏することで、ジャズ・ピアニストがモンクの曲をやると何故かモンクのスタイルに吸い寄せられたような演奏になってしまうように、彼も「ミシャ化」しているのかも知れないので断定は出来ないが、エヴァンス~チック~ハービー~キースの系譜からは外れているもっとノリのよいピアノを演奏している達者なピアニストと聞えた。そして、ハン! 以前から思うのだが、彼のドラム自体は、意外と古風なスタイルで、大袈裟に表現すればビッグ・シドの替わりにサッチモのグループに入っても違和感はないだろうと思わせるところがある。彼の破天荒さは、ドラム+αの、アルファの部分がなんとも幅が広くて、スケールがデカいところにあって、「こんなのこれまでいなかった!」な存在なのだ。「演奏」を越えた「パフォーマンス」と言ってもよいのでは? 手前味噌になるが、豊住芳三郎とソロとデュオをやったアルバム『DADA、打打』(ちゃぷちゃぷレコード)は、そんなハンの姿が見れます。いや聴けます。このカルテットのアルバムでも、怒涛のフリーは聴けないが、一打一打が強烈でパワフルなリズムを打ってるハンが聴けます。まさにバシッ!と決まる演奏。

あの破天荒な演奏を演奏しないハンは、90年代以降からは実は珍しいことではなくて、レイ・アンダーソン、クリスティ・ドランとのトリオや、Clusone 3あたりから、リズムを演奏することが楽しくなっていたようだ。インタビューでも、そのような事を当時言っていたように記憶している。デクスター・ゴードンらのアルバムで、知らず知らずにハンのドラムを聴いていることも結構多いので、アメリカのジャズマンのヨーロッパ録音は要注意。

DIWが、『Misha Mengelberg:Who’s Bridge』をリリースして、それを聴いた時は、ミシャがピアノ・トリオで演奏したこと自体に驚いたものだった。このアルバムでも、<Who’s Bridg>」を演奏している。ミシャの書く曲は、直接影響のあるモンクの曲を思い出させるようなユニークで個性の強いものだ。1曲目の<Drikusman Total Loss>は、初期のミシャのアルバムでもよく聴く事の出来る曲だが、どうもこれはオランダのフォークソングが元になっているようだ。ハードバップの名曲と言っても信じる人がいることだろうと思う。他にも、<Rollo 2>等ミシャのアルバムでは、あちらこちらで聴ける曲が並んでいる。スタンダード化して、モンクの曲の様に色々な人が演奏するようになることを切に願う。

ミシャやハンの「フリー」は決して「否定の否定」を目指しているのではない。現代でこそ、いろんなジャンルを並列で並べて、それを混交させてなにかを発火させようとする場面が多いが、彼らはそんなことは60年代からやっていることで、その中に諧謔味をたくさん振り掛けて、独自の音楽を作って行ったのだった。ハンのここでの演奏は、そんな中の一つの引出しなのかもしれない。硬い事は考えずに、楽しくスイングするジャズを聴きたければ、これを選べばモンクはない。

先日、豊住芳三郎さんと「俺達、ミシャさんとハンさんと、両方のCDを作っちゃったんだよなあ。よく出せたよなあ。」と二人で話したところでした。


末冨健夫(すえとみ・たけお
1959年生まれ。山口県防府市在住。1989年、市内で喫茶店「カフェ・アモレス」をオープン。翌年から店内及び市内外のホール等で、内外のインプロヴァイザーを中心にライヴを企画。94年ちゃぷちゃぷレコードを立ち上げ、現在までに第1弾CD『姜泰煥』を含む6作を制作。95年に閉店し、以前の仕事(貨物船の船長)に戻るも2013年に廃業。現在「ちゃぷちゃぷミュージック」でライヴの企画、子供の合唱団の運営等を、「ちゃぷちゃぷレコード」でCD/LP等の制作をしている。2015年、「埋蔵音源発掘シリーズ~Free Jazz Japan in Zepp ちゃぷちゃぷ」(販売:ユニバーサルミュージック)として5作品をLPとCDでリリース。2017年5月からリトアニアのNoBusiness Recordsに舞台を移してシリーズを継続中。また、米国発のオン・デマンド出版として『Free Music 1960~80』2冊を刊行。

http://www.chapchap-music.com

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