#1462『ヒカシュー/あんぐり』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
ヒカシュー/あんぐり ANGURI In the style of unlanding
MAKIGAMI RECORDS mkr-0011 ¥3,000(税別)
1. あんぐり Anguri
2. どれもが正解 All are correct
3. 至高の妄想 Suprematism
4. なりすまして候 Solemn Pretender
5. つぶやく貝 Selfish shellfish
6. いいね I like it!
7. 透明すぎるよ Too transparent
8. 了解です Roger that
9. 全方位怪しげ Omni suspicion
10. まもなく天国 It will be heaven soon
11 愛せないよ、そんなんじゃ You cannot be in love, I guess.
12 着陸しない系 In the style of unlanding
13. いい質問ですね Good Question!
ヒカシュー
巻上公一 : vo, theremin, cornet, shakuhachi, koukin
三田超人 : g
坂出雅海 : b
清水一登 : p, syn, b-cla
佐藤正治 : ds
ゲスト
モリイクエ : laptop (2, 8, 13)
クリス・ピッツィオコス : as (9, 10,12)
吹雪ユキエ : vo (5, 8)
あふりらんぽ : vo (8)
井上誠 : syn (8,9, 10,12)
Produced by MAKIGAMI KOICHI
Recording at Eastside Sound Studios in NewYork 1,2 May. 2017
Recorded and Mixed by Marc Urselli Eastside Sound Studios
Coodinated by SAKAIDE MASAMI
Mastered by SCOTT HULL Masterdisk
「即興とソングの共存」のカタルシス、ここに極まれり。世界随一の雑食性バンド、ヒカシューのブラックホール黙示録。
『あんぐり』というタイトルを聞いた時、最初に頭に浮かんだのはAngry(怒り)という英語だったのは、怒りっぽい短気な性格だからであろうか?否、寧ろ温和で物静かで内気なタイプの筆者にとっては、十代の頃初めて手にしたギターを掻き鳴らして歌ったパンクロックが最も「アングリー」な瞬間であった。1977年中学3年生の頃の話である。同じ年に劇団「ユリシーズ」で虫を題材にした前衛パフォーマンスを行っていた巻上公一は、78年にロックバンド「ヒカシュー」を結成し、翌年レコードデビューを果たす。当時渋谷屋根裏で開催されたデビュー記念イベントでは、楽器を持たずアルバムの曲を一切演奏しない破格のパフォーマンスを行ったという。アングラ劇団出身ということもあり「レコードなんか出しちゃったことに罪悪感があった」と巻上は語るが、それが転じて反抗的な「怒り」の感情を発散したのではなかろうか。それにも関わらず予想を遥かに超える観客が集まり、急遽二回公演することになり「メチャクチャ大変だった」(巻上談)というオチも彼らしい。楽器無しでどんな演奏をしたのかは語られ無かったが、ハプニングと実験性に満ちたステージだったことは容易に想像できる。満員の観客は呆然としてあんぐりと口を開けるばかりだったに違いない。テクノポップ御三家と呼ばれたヒカシューに、それ以前から反抗心と前衛精神が宿っていた証拠となるエピソードである。
では、結成39年目となる2017年に発表されたニューアルバム『あんぐり』を聴く我々は、デビュー・イベントの聴衆と同じように口をあんぐりと開けて茫然自失するしか無いのだろうか。否、この40年弱の間に人類は少しだけ進化した筈だ。何と言っても“20世紀の終わり”を経験してなお生き続けている“うわさの人類”である。“レトリック(修辞法)&ロジック(理論)”も当時に比べ遥かにスマートになった。しかしながらそれ以上に「情報」という名の文明兵器は、人類の歩みがまるで退化に見えるほどの過剰なスピードで進化してきた。特にインターネットやモバイルの登場による異常な情報量に乗り遅れまいと、人類は常に“いいね”とか“了解です”とか“いい質問ですね”などと“つぶやく”しかなくなり、中には他者に“なりすまして候”という不埒な輩も横行する。
『あんぐり』に収録された13曲中7曲のヴォーカル・ナンバーは、そんな混迷した世界を生きこうとする人類への黙示録である。タイトル・トラックM1「あんぐり」のハードボイルドな破壊主義、旧ソ連の前衛芸術家カジミール・マレーヴィチにインスパイアされたM3「至高の妄想」の陰鬱なハンマービート、マーチのリズムが手拍子を誘うM6「いいね」は底抜けの明るさが逆に不気味さを煽る。「テイク・ファイヴ」と同じ5拍子のリフを持つM7「透明すぎるよ」の甘美すぎるサビの陶酔感。圧巻はユーモラスなM8「了解です」で歌われる“命”“笑顔”“未来”という忘れかけられた言葉の重みと、“あなた”と“わたし”への慈愛の眼差しである。ガレージ歌謡ロックM11「愛せないよ、そんなんじゃ」に漲るアングリー精神、ラスト・ナンバーM13「いい質問ですね」のチルアウト感覚。聴き通したあと、情報社会の重圧がほんの少しだけ軽くなったことに気がつくだろう。
インスト・ナンバーでは即興集団としてのヒカシューの魅力が目いっぱい発揮される。巻上のヴォイス/テルミン/コルネット/尺八/口琴、清水のピアノとバス・クラリネット、三田のギター、デュオ「黒やぎ白やぎ」としても活動する坂出と佐藤の有機的なリズムセクションと、個性的なゲスト陣のコラボレーション。中でもJazzTokyoの読者の興味を惹くのは、NYの若手サックス奏者クリス・ピッツィオコスの参加だろう。その期待は裏切られない。特にアルバムのハイライト「了解です」の余韻に浸る間もなく炸裂するM9「全方位怪しげ」には度肝を抜かれることは間違いない。
NY在住の漫画家・近藤聡乃の手になるジャケットで、蓮の花のように水面に浮かぶ美女の流し目が聴き手を黒い夢幻空間へ手招きしている。「即興とソングの共存」のカタルシス、ここに極まれり。世界に類を見ない雑食性バンド、ヒカシューの真骨頂が凝縮された本作には、やはり口をあんぐりと開けて降参するしかないのかもしれない。
(2017年10月25日記 剛田武)
★文中のエピソードの幾つかは「ヒカシューの秋2017 2017年10月10日(火)吉祥寺スターパインズカフェ」に於けるMCから引用しました。