#1528 『Chris Pitsiokos Unit / Silver Bullet in the Autumn of Your Years』
Reviewed by 剛田武 Takeshi Goda
CD: Clean Feed CF481CD.
Chris Pitsiokos (as, wind controller, sampler, syn, electronics)
Sam Lisabeth (g)
Tim Dahl (b) on 4, 6, 9, 10
Henry Fraser (b) on 1, 3, 5 ,7, 8
Jason Nazary (ds, electronics) on 4, 6, 9, 10
Connor Baker (ds) on 1, 3, 5, 7, 8
1. Improvisation 8
2. Dalai Lama’s Got that PMA
3. Once Upon a Time Called Now
4. Orelius
5. Improvisation 27
6. Positional Play
7. Silver Bullet in the Autumn of Your Years
8. The Tower
9. A Knob on the Face of a Man
10. Arthropod
All compositions by Chris Pitsiokos
All music by Chris Pitsiokos Unit
Recorded May 28 and November 6 2017 by Jason Lafarge at Seizures Palace in Brooklyn, NY
Mixed and Mastered by Philip White
Produced by Chris Pitsiokos
Executive production by Pedro Costa for Trem Azul
Album Artwork by Anna Ekros
世界と音楽の終末観を突き破る異物=銀の弾丸としてのハードコア・ジャズ・ユニット。
『銀の弾丸(Silver Bullet)』とは、文字通り銀で作られた弾丸で、西洋の伝説やフィクションにおいて、通常の弾丸では通用しない吸血鬼や狼男、悪魔や魔女などを撃退できる魔力を持っているとされる。グリム童話『二人兄弟』において、鉛の弾丸にビクともしなかった魔女を木の上から撃ち落としたのは服の銀ボタンで作った弾だったし、スティーヴン・キング原作のホラー『IT』において、「それ」(IT)と呼ばれる謎の怪物に襲われた6人の少年少女が立ち向かった武器は「銀のばら玉(薔薇の形をした銀製アクセサリー)」であった。その一方で、アメリカの計算機科学者フレデリック・ブルックスは、1986年に発表した論文で No Silver Bullet(銀の弾丸など無い)というフレーズを用いて、全て問題に通用する万能な解決策などは存在しないと論じ、理想を否定する存在として「銀の弾丸」を意味づけた。『人生の秋(Autumn of Your Years)』とは人生が終わりかけた季節、つまり晩年を意味する。それは老衰によるものとは限らない。予期せぬ死に見舞われた人生の最後の日々を振り返る場合にも使われる。それが収穫の秋であれば幸いだが、往々にして不遇の運命を辿るのが人生の定めである。では『人生の晩年に銀の弾丸(Silver Bullet in the Autumn of Your Years)』とはいったいどういうことだろう。余生を過ごす老人を魔法の弾でとどめを刺そうというのか?それとも待ち構える死の運命を知らずに毎日を無為に過ごす若者に喝を入れるショック療法だろうか?
クリス・ピッツィオコスが本作を制作していた2017年、極東では北朝鮮のミサイル発射実験が繰り返され、世界的な核戦争勃発の危機が高まった。ピークに達した8月29日と9月15日に発動されたJ-アラートも記憶に新しい。奇しくもクリス・ピッツィオコスが来日したのは二回目のJ-アラート発動の翌日だった。北朝鮮のミサイル攻撃を恐れて日本ツアーを中止する海外アーティストも現れたほど不穏な雲行きの最中、2週間に亘る全国ツアーを敢行したピッツィオコスではあったが、明日にも世界が終るかもしれないという危機的状況が実感として記憶に刻まれたのかもしれない。病や怪我で苦しむ犬を安楽死させるように、断末魔の地球を巨大な核爆弾で破壊するのも悪いアイデアではないと考えたかもしれない。
そのような厭世観が背景にあったからか、本作に充満するアクセル全開のスピード感と、人間の処理能力の限界に挑むかの如き膨大な情報量は、デビュー当時から提唱した「マキシマリズム(最大限主義)」や「パロクシズム(発作)」や「ヒート・デス(熱的死)」への希求をさらに推し進めた尋常ならざるレベルに達している。これまでの彼のカルテット作品『Chris Pitsiokos Quartet / One Eye with a Microscope Attached』(16)と『CP Unit/Before the Heat Death』(17)を評する際に引き合いに出された「ハーモロディクス理論」や「ファンクネス」、或いはアンソニー・ブラクストン+シュトックハウゼン+No Waveと言った形容では収まりきらない高密度なハイパー・エナジーを加速させたアプローチは、NY即興シーンはもちろん世界的にも突然変異のエクストリーム・ミュージックと言っていい。複雑怪奇なコンポジション、音のスピードを競う即興アスリート、同時多発性沸騰感、乱行に次ぐ乱調の美、嵐の後の静寂恐怖症と言った妄言が頭を過るが、特に印象的なのは憑依するエレクトロニクスである。たとえばM2「Dalai Lama’s Got that PMA(ダライ・ラマは肯定的精神姿勢を得た)」のウィンド・コントローラー、M4「Orelius(オレリウス)」のシンセの電子ノイズ、M10「Arthropod(節足動物)」の絡みあうタコ足エレクトロニクス。ピッツィオコスによると、一部はスポンテニアスにバンド・セッションで同時演奏されたが、オーバーダブも多数重ねたという。ライヴで再現することが困難になることを顧みず、吹き荒ぶ精霊のような電子音を招喚した意図は、自分の「銀の弾丸=アルトサックス」の威力を試す高次元の表現の場を求めたからに違いない。
レコーディングは2017年9月の日本ツアーを挟んで5月と11月に異なるメンバー編成で行われた。共通するのはギターのサム・リサベスで、5月はヘンリー・フレイザー(b)とコナー・ベイカー(ds)、11月はティム・ダール(b)とジェイソン・ナザリー(ds)が参加。特に吉田達也とのデュオでプロトタイプが披露されたナンバーの完成形M6「Positional Play(ポジショナル・プレイ)」を含む11月のレコーディング曲は、日本公演を観たファンには感慨深い。
ピッツィオコスは本アルバムを携えてCP Unitとして精力的にライヴ活動を行っている。ネットで同時中継された今年5月18日のドイツ・メールス・フェスティバルのオープニング・ステージでは、会場の空気が一瞬にして凍りつき、次第にメラメラ青い焔が燃え上がる異様な演奏を展開した。ヨーロッパ系の出演アーティストが、どちらかというとドローン/アンビエント的、もしくはオーソドックスなフリージャズを進化させた演奏が多かったのと極めて対照的だった。その異物感こそ、世界の終焉へ向けた銀の弾丸として我が道を行くクリス・ピッツィオコスと仲間たちの真骨頂である。即興音楽に留まらず、音楽表現全般の突然変異体として、これからも世界を驚かす存在であってほしい。(2018年5月31日 剛田武記)
moers festival – Livestream vom 18/05/18