#1556『シャイ・マエストロ/ザ・ドリーム・シーフ』
text by Hideo Kanno 神野秀雄
Shai Maestro / The Dream Thief
ECM2616 (2018.9.28) / ユニバーサル・ジャズ UCCE-1175 (2018.11.7)
Shai Maestro, Piano
Jorge Roeder, Double Bass
Ofri Nehemya, Drums
1 My Second Childhood (Matti Caspi)
2 The Forgotten Village (Shai Maestro)
3 The Dream Thief (Shai Maestro)
4 A Moon’s Tale (Shai Maestro)
5 Lifeline (Shai Maestro)
6 Choral (Shai Maestro)
7 New River, New Water (Shai Maestro)
8 These Foolish Things (Remind Me of You) (Jack Strachey)
9 What Else Needs to Happen? (Shai Maestro)
Recorded April 2018 at Auditrio Stelio Molo RSI, Lugano
Engineer: Stefano Amerio
Cover photo: Fotini Potamia
Liner Photos: Caterina di Perri
Design: Sascha Kleis
Produced by Manfred Eicher
シャイ・マエストロ待望のECMデビューリーダーアルバム
現代の最も注目すべきピアニストの一人、1987年2月5日生まれの31歳、イスラエル出身でニューヨークを拠点に活躍するシャイ・マエストロ。マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット、マークとのアヴィシャイ・コーエン・トリオなどで注目されながらリーダーとしても活躍し、その待望のECMでのデビューリーダーアルバムだ。
2016年1月には、ニューヨークでの「Winter Jazz Fest 2016」の「ECM Stage」では、シャイはセオ・ブレックマン・エレジーに参加していたが、演奏が終わるとすぐ、当時72歳の老プロデューサー、マンフレート・アイヒャーが当時28歳の若者シャイに歩み寄り、とても嬉しそうに満足した風に話しかけたのを目撃したのが印象的で、ふたりにとっての特別な瞬間を感じた。私の妄想では、マンフレートはこの瞬間にシャイのリーダーアルバムを録音することを決意したと思っている。シャイによれば、ECM Stageが本当にマンフレートとシャイの初対面だったと言い、その特別な瞬間を目撃できたことをとても光栄に思う。そして直後に、マンフレートとともにアバタースタジオで『Theo Bleckmann / Elegy』(ECM2512, 2017)を録音に入る。シャイにとってのECMとの出会いは、子供の頃に聴いた『Keith Jarrett / The Köln Concert』(ECM1064)で、庭で父と遊んでいるときに、母が家のステレオでかけたのが聴こえて来て、父を置いて思わず走って家に戻り、スピーカーの前に座り込んだほど衝撃の体験だったと言う。
このレビューを書くにあたり、以前の『The Stone Skippers』や『Untold Stories』を聴いていたがあらためて引き込まれてしまった。溢れ出るアイデアと色彩感、おもちゃ箱のようなわくわく感も魅せつつ、うねるようなビート感も強く、サウンド的にも音が全面に出ている。児玉桃と同様、ピアノのメカニズムと一体になりピアノの持つ最高の声と歌を弾き出す。ときにその多彩過ぎる才能が聴く者を戸惑わせる。そしてECMを聴く。
ECMでの録音に参加したメンバーは、長くトリオを共にしたジヴ・ラヴィッツに代わって、1994年1月10日生まれイスラエル出身のオフリ・ネーミャをドラマーに。10代からイスラエルの代表的ミュージシャンと共演し、バークリー音楽大学の学費全額免除を受け、19歳でベースのアヴィシャイ・コーエンのツアーに参加(シャイは学費全額免除を受けながらバークリーに行かず、19歳でアヴィシャイ・コーエン・トリオに加わった因縁がある)、現在はニューヨークで活躍。盟友のホルヘ・レーダー、1980年ペルー出身で、ゲイリー・バートン・グループ、ジュリアン・ラージ、カミラ・メザなどとの共演でも聴いた。まだ30代だが若過ぎるこのトリオでは最年長者となる。
1曲目<My Second Childfood>、静寂の中から立ち上がりピアノソロでモノクロームの中に繊細に描き出される風景。意外にも初のECM盤1曲目はシャイのオリジナルではなく、イスラエルで1970年代から現在まで長く活躍を続けるポップミュージシャン、作曲家、プロデューサーのマティ・カスピ作のバラードで1985年にリリースされたもの。祖国で長く愛された「うた」を取り上げるECMのアプローチか。<The Forgotten Village>の切ない空気をトリオが描き出し、<The Dream Thief>では甘く懐かしいメロディー、文字通り夢の中に微睡むような導入部、そしてこれぞシャイ・マエストロ・トリオというグルーヴと揺らぎと情熱と優しさを持った熱い演奏に進んで行く。。。これまでもシャイはいい曲を多数書いて来たが、ECMにあって、そのメロディーの美しさとコード進行がシンプルに浮かび上がり記憶に残る。この先から最終曲まで、素晴らしい演奏と仕掛け、面白い展開はあるのだが、聴く前に先入観となるよりも、ぜひ驚きと感動で聴いて欲しいので、詳細に触れず敢えてここで筆を留めておきたい。
シャイがスタジオでのマンフレートとの共同作業で学んだのは、「書かれた音楽を完璧に演奏するのが大切なのではなく、音楽の中に”air”を探し出し、”魔法の起こる一瞬”を探し出すことが重要だということで、結果、作曲と曲を発展させる方向も変わり、どうやってよりフレキシブルになるか、いかに今の瞬間を愛で包み込んで行くか、それは長くも素晴らしい道のり、、、」と語る。マンフレートとともにシャイの魅力を分解しシンプルにいったんモノクロームにしながら、前半から後半に向けて表現の幅を拡げつつ,その展開と総和の中でこれまでに負けないシャイの本質と色彩を魅せることに成功した。
以前のライブレポートに書いたが「(スタイルの)類似性ではなく、独創性やスピリットという点も含め、シャイはECMの創ってきた音楽、またキース・ジャレット的なる感性の正統な継承者だと思っている。」「シャイをECMが放っておくことはないと思うし、、、シャイのECMリーダー作が実現するとしたら、楽しみでならない。」キース・ジャレットとの比較で言えば、アトランティックとインパルスの時代からECMへの移行(共存期も含む)、それによって生まれた新しい音楽にも例えられるだろう。このシャイにとっての新たな出発点。今後ECMにしっかり身を委ねて行くのか、ティグラン・ハマシアンらのようにいくつかの軸足を持つのか、パット・メセニーらのように通過して行くのかはわからないが、シャイの音楽が明確さと魅力を増し、世界のより多くの人々に愛されて行くきっかけになることを確信している。2018年11月東京でのトリオ公演も楽しみにしたい。
シャイ・マエストロ・トリオ 来日公演 2018
Shai Maestro: piano
Noam Wiesenberg: bass
Arthur Hnatek: drums
2018年11月11日(日) 17:00 / 20:00 コットンクラブ Cotton Club Tokyo
2018年11月12日(月) 13日(火) 18:30 / 21:00 ブルーノート東京 Blue Note Tokyo
L: © Takehiko Tak Tokiwa. Winter Jazz Fezt 2016、ECM Stageでの マンフレート・アイヒャー
R: © Hideo Kanno. Winter Jazz Fest 2016での シャイ・マエストロ・トリオ
Shai Maestro official website
Jorge Roeder official website
Ofri Nehemya official website
ECM Records – The Dream Thief
JT関連リンク
Shai Maestro Trio – Winter JazzFest 2016
ECMⓐWinter JazzFest 2016
Shai Maestro Trio at Cotton Club 2016
Mark Guiliana Jazz Quartet at Blue Note Tokyo 2016
『Shai Maestro Trio / The Stone Skipper』by 多田雅範
『Theo Bleckmann / Elegy』by 多田雅範
『Mark Guiliana Jazz Quartet/Family First』by 常盤武彦