#1559『Sheldon Brown Group / Blood of the Air』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
CD/DL Edgetone Records EDT4198
Sheldon Brown: Alto Saxophone, Clarinet, Bass Clarinet
Darren Johnston: Trumpet
Lorin Benedict: Voice
Andrew Joron: Theremin
Dave MacNab: Electric Guitar
John Finkbeiner: Electric Guitar
Jonathan Alford: Piano
Michael Wilcox: Bass
Vijay Anderson: Drums
Alan Hall: Drums
Voice of Philip Lamantia
1. Oraibi Intro
2. Oraibi
3. To You Henry Miller, Part I
4. To You Henry Miller, Part II
5. First Star
6. Primavera
7. The Romantic Movement
8. To Have the Courage
9. Out of the Jungle / The Hand Grenade / Man is in Pain
Recorded at 25th Street Recording by David Lichtenstein, October 12 and 13, 2015, and Scott Bergstrom, September 29, 2016.
Mixed, edited, and mastered by John Finkbeiner at New Improved Recording.
伝説的シュールレアリズム詩人と21世紀のインプロヴァイザーの血の繋がり
1955年10月7日、サンフランシスコのシックス・ギャラリーにケネス・レクスロス、フィリップ・ラマンティア、マイケル・マクルーア、フィリップ・ウェイレン、ゲイリー・スナイダー、アレン・ギンズバーグの6人の詩人が集まり朗読会を開いた。ここでギンズバーグが初めて読んだ『吠える(Howl)』がセンセーションを巻き起こし、アメリカ文学史において「ビート・ジェネレーションのはじまり」とされる出来事となった。元々はニューヨークのアンダーグラウンド文化から産まれた新世代の若者を総称する語として生まれたビート・ジェネレーションという概念が、世に広まるきっかけがウェストコーストで起こったことは注目に値する。当時のサンフランシスコは、詩人のローレンス・ファリンゲッティが経営するシティー・ライツ書店をはじめとして、ビート詩人たちが詩を朗読し、時にはジャズの伴奏でポエトリー・リーディングをするカフェやギャラリーが集まる全米一の拠点だった。
サンフランシスコのベイエリアで20年以上活動を続けるサックス奏者/作曲家のシェルドン・ブラウン率いるテンテットが本作で取り上げたのは、63年前の歴史的なシックス・ギャラリー朗読会に参加した詩人の一人でもあるフィリップ・ラマンティア(1927 – 2005)。それ以降も半世紀近くサンフランシスコで創作活動を続けたラマンティアは、ギンズバーグやジャック・ケルアックに比べ日本での知名度は高くないが、アメリカ最高のシュールレアリズム詩人として高く評価されている。このアルバムには70年に出版された詩集『Blood of the Air』を素材にブラウンが作曲した組曲が収録されている。
ユニークなのは、ラマンティア本人の詩の朗読テープを使って、同時演奏で音楽を組み立てる手法である。50年代半ばにビート詩人がジャズに影響されて実験的な表現活動を始めて以来、ポエトリー・リーディングとジャズのコラボレーションは数多く実践されてきた。それはジャズの即興演奏と同じく、詩の創作とパフォーマンス(朗読)に即興的な要素を取り入れる試みであった。だとすると、録音テープを使うブラウンたちの創作行為は即興性の放棄なのではなかろうか?
そんな疑問は最初の一音を聴いた途端に氷解する。夜明けの口笛のように静謐なクラリネットとテルミンに導かれて各楽器が徐々にカオスと化すイン トロから、随所にラマンティアの朗読が挿入される。抑揚のあるスポークン・ワードに合わせて作曲されたメロディとリズムが自然に溶け合う。特に言葉のリズムに寄り添ってバス・クラリネットが囀るM3「To You Henry Miller, Part I」が秀逸。全編を通してストーリー性のあるコンポジションとイマジネーション豊かな即興演奏により、超現実主義者のミステリアスな世界が拡張される。詩の意味が分かればより理解が深まるに違いないが、逆にひとつの楽器として聴くことで、ラマンティアの声を合図に展開するサウンドの面白さが際立つことも確か。英語を解すか解さないかで刺激される脳の部位が異なるはずだ。ラマンティアの詩の翻訳書を読みながら聴けば、脳全体がマッサージされて二度美味しいだろう。
アルバム全体を通しての印象はシアトリカルなジャズ・ロックと言えるが、場面 によってスウィング/ビバップ/フュージョン/室内楽/プログレ/前衛ロック/フリー・インプロヴィゼーションと目紛しく変化する構成力と演奏技術の確かさは、ウェストコースト・アンダーグラウンドのミュージシャンの層の厚さを示している。特に印象的なのは、ボビー・マクファーリンも顔負けの声色とスキャットを聴かせるローリン・ベネディクトのヴォーカリゼーションと、随所に登場し宇宙的な響きを加味するアンドリュー・ジョロンのテルミンである。勿論シェルドン・ブラウンの変幻自在のサックス・プレイは個人的に最大の収穫である。自己のリーダー・グループSheldon Brown GroupやSheldon Brown Quintetの他にも Electric Squeezebox Orchestra、Clarinet Thing、Touch And Go Sextet、Darren Johnston Quintetなど数多くのプロジェクトで活動するブラウンに今後も注目していきたい。
ウェストコーストの大気(the Air)には、ビート詩人の血(Blood)が流れているのである。(2018年10月28日記 剛田武)
Sheldon Brown Official Site: http://www.sheldonbrownmusic.com/index/