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CD/DVD Disks~No. 201R.I.P. 冨田勲

#1006 『富田勲/イーハトーヴ交響曲』

日本コロムビアCOGQ-62 ¥2,940(税込)
SACD Hybrid (4,0chSACD/2chSACD/2chCD)

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1.岩手山の大鷲<種山ヶ原の牧歌>(作詞・作曲:宮澤賢治)
2.剣舞/星めぐりの歌(作詞・作曲:宮澤賢治)
3.注文の多い料理店(作詞・作曲:富田勳)
4.風の又三郎(作詞:宮澤賢治/作曲:杉原泰蔵)
5.銀河鉄道の夜(作詞・作曲:富田勳)
6.雨にも負けず(作詞:宮澤賢治/作曲:富田勳)
7.岩手山の大鷲<種山ヶ原の牧歌>(作詞・作曲:宮澤賢治)
8.リボンの騎士 (Encore;作詞:能 加平/作曲:富田勳)
9.青い地球は誰のもの (Encore;作詞:阪田寛夫/作曲:富田勳)

大友直人(指揮)
日本フィルハーモニー交響楽団
初音ミク(ヴァーチャル・シンガー/演奏:篠田元一)
梯 郁夫(パーカッション)

慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団、同OB合唱団
聖心女子大学グリークラブ(合唱指揮:下河原健太)
シンフォニーヒルズ少年少女合唱団(児童合唱指揮:宮本益光)

録音:2012.11.23 @東京オペラシティ
エンジニア:塩澤利安

1週間ほど前のことだがFMから「イーハトーヴ」についての談義が流れてきた。ながら運転だったので集中して聞けたわけではないが、作曲家の富田勳(1932~)と宮澤賢治の弟の孫という方が、松尾貴史をホストに宮澤賢治について語る、という内容だった。「イーハトーヴ」というのは、宮澤賢治(1896~1933)が故郷・岩手を舞台に描いた”理想郷”であることはよく知られているが、”岩手=いはて”をエスペラント語で発音したのではないか、とか、「雨ニモ負ケズ」が何故カナ書きであるのだとか、賢治と仏教=法華経との係わりとか、とても興味のある話題があふれていたが、何よりも強く興味を惹かれたのは、富田勳の宮澤賢治への強い思い入れだった。
そんなわけで1月にリリースされた富田勳の『イーハトーヴ交響曲』をあらためて聴きなおした次第。もともと賢治は音楽家でもあり、独特の世界観が音楽家を刺激し、賢治の世界を描いた作品はいくつかあるのだが、僕は加古隆の文字通り『KENJI』(CBSソニー/1988)を愛聴してきた。加古がそれまでの即興演奏家としてのポジションに片足を置いたような演奏をしているところにも名残を感じていていたのだ。
ところで、加古隆は賢治が24才で夭折する最愛の妹トシ(賢治の秘書的存在でもあった)に贈った哀歌「永訣の朝」に打たれて名曲を残しているのだが、富田勳はトシの化身として初音ミクを登場させ、この初音ミクがいろいろな意味でこの作品の大きなポイントになっている。初音ミクはその世界では国際的な人気を誇るコンピュータで合成されたヴォイスを持つヴァーチャナルなシンガーである。<注文の多い料理店>のメイン・キャラクターとしてハイキーだがどこか愛らしいヴォイスで身の上を歌う。その後、アンコールを含め何度か登場し、四次元の世界からのミステリアスな歌声を聴かせる。
この作品では、従来のように富田がシンセを演奏する場面はない。電子音楽のイノヴェイターであった富田とシンセとの接点が既存のヴァーチャル・シンガー初音ミクということになる。このCDは東京オペラシティでのコンサートのライヴ収録だが、初音ミクのヴォーカルと日フィルのシンクロが最大の山場だったという。とくにリタルダントのようにイン・テンポから外れるパート。これはシンセ音源にナマ音をかぶせる作業を経験した者なら容易に想像がつく。かくいう僕も西村直記の『宇宙巡礼』を制作した際、ローマ法王の謁見演奏のシンセ音源と東京のスタジオでのストリングスが思うようにシンクロできずエンジニアと悪戦苦闘した思い出がある。
富田勳によると、小学校の頃見た映画『風の又三郎』や叔母たちに読み聞かされた「銀河鉄道の夜」と、ラジオから耳にしたヴァンサン・ダンディの『フランスの山人による交響曲』が忘れ得ぬ幼児体験となり、この作品の制作につながっているという。事実、ダンディの交響曲からメロディが何度か引用され、賢治の故郷・岩木と岩木山、そしてイーハトーヴの雰囲気を醸成する重要なファクターとして作用している。
宮澤賢治の没後80年を契機に発表された作品だが、富田の中では何十年にもわたって育まれてきた思いの集大成である。300人に及ぶオーケストラとコーラスを駆使した壮大なドラマの展開を予想されがちだが、初音ミクというヴァーチャル・シンガーを起用したことにより一挙に浮力が付いた。8月、9月には全国ツアーも予定されているという。コンサートでは初音ミクの映像も楽しめる。子どもたちを宮澤賢治の世界へ導く格好の手立てとなりそうだ。(稲岡邦弥)
追)ブックレットには「電気・音楽・四次元—宮澤賢治と富田勳の切り結ぶところ―」という片山杜秀氏によるきわめて明快な解題が掲載されている。
(初出:2013.6.30)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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