#1315 『カルロ・サボーヤ/カロリーナ』
text by 小西啓一 Keiichi Konishi
AAM Music
Carol Saboya (vocal)
Antonio Adolfo (piano)
Marcelo Martins (flute, alto flute and soprano sax)
Leo Amuedo (guitars)
Jorge Helder (double bass)
Rafael Barata (drums)
Andre Siqueira & Rafael Barata (percussion)
Claudio Spiewak (acoustic guitar:9)
1. Passarim
2. X0 (One to Zero)
3. Senhoras do Amazonas
4. Hello, Goodbye
5. Avião
6. Fragile
7. A felicidade
8. Olha, Maria
9. Faltando um pedaço
10. Zanzibar
Production and arrangements: Antonio Adolfo
Recording Engineer: Roger Freret
Second Engineer: Ricardo Dias (Visom Digital Studio– Rio – BR)
Mixing Engineer: Claudio Spiewak (C L Audio – Florida – US)
Mastering Engineer: André Dias (Post Modern Mastering – Rio – BR)
日本ではボサノバといえば相変わらずかなり根強い人気を保っており、それを売りにしているシンガーも少なくないわけだが、本場のブラジルではすでにクラシック化しており、シンガーもあまり育っていないとも聞く。まあ現地には一度も足を運んだこともないぼくだし、一大国家行事のオリンピックでさえどうなるのか分からない混沌状況のお国だけに、音楽状況、ましてやクラシック化してしまった(?)ボッサなどについては、ファンもあまり関心を持てないのかも知れない。まあそんな中にあって新時代のボッサ・シンガーとして、気を吐いている一人がカロル(キャロル)・サボーヤである。あらゆるブラジリアン・ミュージックに通じ、ブラジルの主要シンガーとも共演を果たしてきた、ブラジル音楽の生き字引的存在ともいえる、ピアニスト&作・編曲家のアントニオ・アドルフォの愛娘でもある彼女。幼い頃からアメリカ生活も長く、現在もアメリカを拠点に活動しているよう(父親のアドルフォもNYが拠点)だから、純粋なブラジリアン・シンガーとは言い難い側面もあるのだが、そのアルバムは邦盤でも数枚出されており(かなりベタなボッサ・アルバがほとんど)、日本のファンには数少ない本格派としてお馴染みの存在でもある。
その彼女の前作は、敬愛する先輩のイヴァン・リンスとミルトン・ナシメントという同国を代表するシンガーの曲を取り上げたもので、そのキャリアの中でもベストともいえる出来栄えの秀作だった。それに続く自身の愛称をタイトルにした今作『カロリーナ』は、<フェリシダージ>や<パッサリム(小鳥)>等のジョビンのボッサ・ナンバーやジャバン&エデュ・ロボなどのMPBシンガー作品が中心で、彼女ならではのニュアンス豊かな清涼感に溢れた心地良い歌唱が聴かれる佳品である。意欲と力感に溢れた前作に比べるといささか物足りない感もあるが、現役最高のボッサ・シンガーの一人として充分な内容を誇る作品だといえる。彼女をフォローするのはいつものように父のアドルフォをメインにしたお馴染みの仲間たちで、安定した愉しげなバック・アップを聴かせている。ここではスケール感たっぷりなジョアン・ボスコの<アマゾンから来た女性>、心地良い浮遊感を味わえるジャバンの<アヴィエ―ヴォ(飛行機)>等々、その力量を窺わせるに充分な好ナンバーが並ぶが、なんといっても今作の注目はビートルズの<ハロー・グッドバイ>とスティングの<フラジャイル>という2大ヒット曲。基本的にはポルトガル語で歌う彼女だが、この2曲は英語で軽やかに処理しており、とくに<フラジャイル>の淡々とした哀惜が、新たな魅力を付加している感も強い。またジョビンの隠れた銘品<オーリア・マリア>での、澄み切った歌声で綴られる乾いた抒情もかなり印象深いもの。好感触のアルバムですので、これからの季節皆様もぜひ聴いてみたら…。
小西啓一 Keiichi Konishi
ジャズ・ライター/ラジオ・プロデューサー。本職はラジオのプロデューサーで、ジャズ番組からドラマ、ドキュメンタリー、スポーツ、経済など幅広く担当、傍らスイング・ジャーナル、ジャズ・ジャパン、ジャズ・ライフ誌などのレビューを長年担当するジャズ・ライターでもある。好きなのはラテン・ジャズ、好きなミュージシャンはアマディート・バルデス、ヘンリー・スレッギル、川嶋哲郎、ベッカ・スティーブンス等々。