#1579 『鳴らした場合 / ふつえぬ』
text by Keita Konda 根田恵多
balen disc – BALEN-009
加藤一平 – guitar
Yuki Kaneko – electronics, tape, toys
村田直哉 – turntable
all composition by Ippei Kato
mixed, mastered & designed by Yuki Kaneko
1. D sleep
2. えいしこ
3. ふぃー 〜 ゆき
4. ふつえぬ
5. しかぞく
6. らすく
7. ぎあも
8. てぃぱ
『ふつえぬ』は、ギタリスト加藤一平がリーダーを務めるバンド「鳴らした場合」の1stアルバムである。メンバーの1人であるYuki Kanekoの主宰するbalen discより、2018年8月1日にリリースされている。
日野皓正クインテットや渋さ知らズなどで活躍中の加藤は、ギターを抱えずに演奏することをコンセプトとしたバンドTabletop Guitarsの1st EP、山口コーイチ(p)、磯部潤(ds)との即興演奏トリオであるシワブキの1stアルバム、山田あずさ(vib)らのバンドnouonの2ndアルバムなど、2018年にリリースされた多くの注目すべき作品に参加している。
加藤のブログによると、「鳴らした場合」は2017年3月4日に「加藤一平バンド」名義で初ライブを行い、同年6月に本作『ふつえぬ』の録音をスタートした。加藤のギターがつむぐ郷愁を誘うような素朴なフレーズに、ターンテーブルやエレクトロニクス、おもちゃ楽器、テープなどの音が断続的に差し込まれることで、どこか懐かしさを感じるのに既存の枠にはまらない、なんとも不思議な音楽が展開されている。
筆者が本作を聴いて最初に連想したのは、メアリー・ハルヴァーソンのギターだった。本誌でもたびたび紹介されているハルヴァーソンだが、彼女の用いる特徴的な奏法の1つがピッチ・ベンディングだ。ディレイペダルを駆使してピッチを「曲げる」ことによって、場の重力を歪ませ、サウンドの輪郭を融かす(=Meltframe)ような効果を発生させる。『ふつえぬ』でも、加藤のギターがリアルタイムエフェクトで引き伸ばされたり、早回しや逆回転を加えられることで、類似の効果が生み出されている。
加藤は2013年に自身のブログでハルヴァーソンを紹介しており、「なんでか分からないんですけど、ここ1、2年ぐらい音楽聴く気が全然起きなかったんですけど、最近彼女の演奏結構たくさん聴いてる」と記している。しかし、この『ふつえぬ』は、単に「ハルヴァーソンの影響を受けたサウンド」というわけではない。Kanekoのエレクトロニクスや村田のターンテーブルは、混線したラジオのように、ザラザラとしたノイズや様々な楽器の音、声などを随所に織り込んでくる。そのことによって、ギターのみならずバンド全体のサウンドが「バグって」いるように聴こえるのである。
このバグ感からは、スガダイロー(p)が時折用いる「CDの音飛び」奏法も思い起こされる。スガはピアノで短いフレーズを反復させることで、レコードの針飛びやスクラッチとは異なった、デジタルなCDの読み取りエラーを人力で再現している(この奏法は 『Jazz Samurai』や『山下洋輔×スガダイロー』などで聴くことができる)。『ふつえぬ』も同様にバグっているのだが、こちらは加藤の作曲したメロディの素朴さもあってか、妙に暖かく聴こえる点に特徴がある。「バグ」や「ノイズ」を攻撃的に用いるのではなく、優しく包み込むようにしながら、聴く者の心を様々な角度から刺激してくる。
Twitter上でつぶやかれた『ふつえぬ』レコ発ライブの感想の中に、「新しいノスタルジーサウンド」という表現が見られた。言い得て妙だと思う。この音楽を耳にした者は、誰もがそれぞれの心の中にある「懐かしい風景」を思い描くことだろう。だが、ちょっと待ってほしい。よく見るとバグっているその風景は、実は誰も見たことのないものかもしれない。
*『ふつえぬ』は加藤一平STOREより購入可能
* 鳴らした場合 Twitterアカウント(@narashitabaai)
* 2019年1月25~27日には九州ツアーが予定されている