#1313 『Theo Croker / Escape Velocity』
photo & text by Takehiko Tokiwa 常盤武彦
OKer / DDB Records
Theo Croker DVRK FUNK
Theo Croker (tp,vo,synth, synth-b)
Irwin Hall (as,ts,b-cl,c-fl,alto-fl,vo)
Michael King (kb,org,vo)
Eric Wheer (b,el-b,vo)
Kassa Overall (ds,synth-b, per,vo)
Ben Eunson (el-g)
Femi Temowa (el-g,6)
Jeffrey “Doc” Flecher (djun, djembe, gog,zill,7)
Guest : Dee Dee Bridge Water (vo,13)
- Raise Your Vibrations
- Transcend
- This Could Be (For The Travelling Soul)
- In Orbit
- No Escape from Bliss
- The Right Time
- A Call to the Ancestors
- Meditations
- We Can’t Breathe
- It’s Gonna be Alright
- Because of You
- Real Episode
- Love from the Sun
- Changes
- RaHspect (Amen)
Recorded by Kassa Overall, Theo Croker, Todd Carder, Nolan, James Krivchenia, Max Dahm, Matthias “Doktor Audio” Ermert. Grant Jefferson & Damien Banzigou
at Danbro Studios (Brooklyn, NYC), Bunker Studios (Brooklyn, NYC), Schallrausch Studios (Vienna, Austria), The Studio (Brooklyn, NYC) and Masai Records (shanghai, China).
Produced by Theo Croker & Kassa Overall.
ジャズ黎明期から1990年代まで活躍したドグ・チーサム (tp,vo) を祖父に持ち、彼に憧れて11歳でトランペットを手にし、翌年のチーサムのメモリアル・サーヴィスでデビューを飾ったセオ・クロッカーは、2007年の大学卒業後、上海に渡り自らの音楽を研鑽する。2010年に上海ジャズ・フェスティヴァルで共演したディー・ディー・ブリッジウォーター (vo) は、クロッカーの才能を高く評価した。2011年にブリッジウォーターのレーベルーDDB Records と契約を交わし、2013年に満を持して帰米、2014年にメジャー・デビュー作となる『アフロ・フィジシスト』をリリースする。2015年にはパーマネント・バンド、Dvrk Funk(ダーク・ファンク)を結成し、その名を関してEPをリリース。そして本作は、ツアーを展開してきたニュー・バンド初のフル・アルバムである。
セオ・クロッカーは、ドナルド・バード (tp)、マーカス・ベルグレイヴ (tp)らオールド・スクール・スタイルの教授陣の薫陶を受けたオハイオ州のオバーリン・コンサーヴァトリー在学中に、黒い大統領と異名をとるフェラ・クティ (vo,etc) の音楽と出逢い、衝撃を受ける。以来、ストレートアヘッド・ジャズと並行してアフロ・ビートのグループでも活動する。上海時代に、ラテン、R&B、ヒップホップとあらゆる音楽を演奏した経験が、クロッカーの音楽レンジを劇的に拡大する。帰米後、多彩なゲストを迎え、アフロ・ビートにフォーカスを絞って制作したのが前作『アフロ・フィジシスト』だ。そしてトランペット、サックスの2管編成のレギュラー・バンド、ダーク・ファンクでのバンド・サウンドで、アフロ・ビート・オリエンテッド、スピリチュアルな音楽を追究したのが本作『Escape Velocity』だ。ライナー・ノーツで、オバーリン・コンサーヴァトリーの恩師の一人、ゲイリー・バーツ (as,ss)も、コンテンポラリー・ジャズの分野で、タイトなバンド・サウンドで一つのコンセプトを追求し、一枚のアルバムが組曲の如く構成された稀有な成功作と、激賞している。
Dvrk Funkは、オバーリン・コンサーヴァトリーからの盟友のカッサ・オーヴァーオール (ds)とマイケル・キング (p,kb,org) が、コア・メンバーとして重要な役割を果たす。きらめくようなキーボード・コードと、シンバル・ワークと、ダークなベース・ラインで多彩なカラーを醸し出す “Raise Your Vibrations” でオープニングを飾り、シームレスに “Transcend” へと繋がる。ダンサブルなビートと、クロッカーのウォーム、アーウィン・ホール (as,ts,fl) のクールなトーンが、コントラストを描く。“We Can’t Breathe” は、2014年にニューヨーク市スタッテン・アイランド区で起きた、白人警官の過剰な取り押さえによって窒息死したエリック・ガードナー事件をモチーフにした激しい呼吸音が挿入され、マイケル・キングのオルガンのバッキングが切迫感を煽る。そして続く “It’s Gonna be Alright” では、我々はその悲劇を乗り越えられるはずだという、ポジティヴなメッセージを歌う。電話のトーン音から始まる “A Call to the Ancestors” は、パーカッションとのデュオでクロッカーのトランペットも一体となってリズム・アンサンブルを奏で、アフリカ回帰を訴える。「俺のメディテーションはアグレッシヴだ」とクロッカーが語る “Meditations” は、シンプルなコード進行の上で激しいプレイを展開し、メディテーション中にクロッカーの頭を激しく駆け巡る思考を表現している。この2曲がアルバムのスピリチュアル・サイドを描く。前作に続き、ディー・ディー・ブリッジウォーター (vo) がスペシャルゲストとして “Love from the Sun” に参加している。ノーマン・コナーズ (ds) 作曲のこの曲は、ブリッジウォーターが1974年にレコーディングした曲だ。コンサートでライヴ・レコーディングされたテイクに、オーヴァーオールが、リズム・プログラムをオーヴァー・ダブし、コンテンポラリーR&Bへとヴァージョン・アップした。アルバムは、多くのストーリーを描き、キングとクロッカーのデュオ・バラード “RaHspect (Amen)” で、静かに幕を下ろした。
5月3日にヒップなミート・パッキング・エリアに今年オープンしたサムスンのショウ・ルーム、Samsung837 でのリリース・ギグは、フリー・コンサートで多くの観客を集めた。メンバーは、サックスがアーウィン・ホールに替わりアンソニー・ウェア (ts) が参加したクインテットだ。世界最大の室内モニターをバックに、アフロビートと、鋭いメロディが交錯する。“It’s Gonna be Alright” を、クロッカーのヴォーカルと、観客のコール&レスポンスで盛り上げる、ポジティヴ・エナジーで満たしてエンディングを飾った。ニューヨークに、また新たなコンテンポラリー・ジャズの潮流が湧き上がった。