#1584 『Ellen Fullman & Okkyung Lee / The Air Around Her』
text by Keita Konda 根田恵多
1703 Skivbolaget – 1703-3
Ellen Fullman – Long String Instrument
Okkyung Lee – Cello
Recorded by Maria W Horn
Mixed by Ellen Fullman and Thomas Dimuzio
Mastered by Andreas [LUPO] Lubich at Calyx, Berlin
Artwork by Bill Nace
1. The Air Around Her — Part I 19:17
2. The Air Around Her — Part II 21:21
弦。ひたすら弦の響きに飲み込まれるようにして聴く音楽だ。
エレン・フルマンは、とてつもなく長い弦を用いた自作楽器“Long String Instrument”による演奏と作曲をライフワークとする、アメリカの音楽家である。数メートルから時には数十メートルにも及ぶ金属製の弦を腰ほどの高さに張り、その間を歩きながら、松脂を塗った指で弦をこすって演奏を行う。純正律に調律された弦は振動し、何層にも折り重なった倍音のうねりを生み出す。
韓国出身のオッキュン・リーは、2000年以降NYを拠点として幅広い活動を行っているチェロ奏者である。ジョン・ゾーンのレーベルTzadikなどからリーダー作をリリースするだけでなく、エヴァン・パーカー、ピーター・エヴァンス、ラッセ・マーハウグ、ヴィジェイ・アイヤーなど、多彩な音楽家たちとのコラボレーションを展開している。2018年には、傑作ソロ『Dahl-Tah-Ghi 』や、韓国の伝統音楽を採り入れた 『Cheol-Kkot-Sae (Steel.Flower.Bird)』をリリース。ジャズのフィールドにおける性暴力やハラスメントを告発する#MeToo movementである We Have Voice Collective にも参加するなど、精力的に活動している。
本作『The Air Around Her』は、そのフルマンとリーのデュオのライブ録音である。2018年11月に音楽家・オーガナイザーであるジョン・チャントラーの自主レーベルからリリースされている。
この演奏は、チャントラーのオーガナイズする「もうひとつの音楽のためのフェスティバル(Edition Festival for Other Music)」の第1回の中で行われたものである。2016年から年1回ストックホルムで開催されている同フェスの過去の出演者を見ると、ペーター・ブロッツマン、グローブ・ユニティ・オーケストラ、マージナル・コンソート、タイショーン・ソーリー、ニコール・ミッチェルなどなど、何とも魅力的な名前が並んでいる。2018年11月には、東京で関連イベントSuperDeluxe Editionが3日間にわたって開催され、マタナ・ロバーツらが出演(→本誌249号に齊藤聡氏と筆者によるレポートを掲載)している。
本作のフルマンとリーの演奏は、17世紀に建造されてスウェーデン王家のためのベーカリーなどとして使われていたという、古い建物の中で行われた。現在は美術館になっているこの建物は、2016年当時は改装中で、26mの部屋をLong String Instrumentのためにフルに使うことができたという。
本作を聴いてまず耳に飛び込んでくるのは、インドの弦楽器タンプーラのようなドローン(持続音)だ。初めて聴いたとき、どこかの民族音楽のような、エキゾチックな音楽が始まったのかと一瞬思わされたが、すぐにその印象は掻き消された。数十分にわたって切れ目なく続くドローンは、フルマンの手によって微細にコントロールされ、倍音の渦を生み出す。その渦に身を委ねているうちに、徐々に時間の感覚が失われていく。
オッキュン・リーのチェロは、この延々と続くドローンに、時に共振し、時に干渉する。そのことによって、デュオによる演奏全体に緩急や起伏が与えられ、彩が添えられる。先述の『Dahl-Tah-Ghi』でもリーのチェロ1本での表現力には驚かされたが、ここでフルマンの巨大で堅牢なドローンに対して見せるアプローチの数々も、さすがと言うほかない。
本作は、様々な角度から聴くことができる作品だと思う。繰り返し聴いている中で、2人の演奏がはっきりと「加速した」と思わされる瞬間に気づき、ある種のフリージャズ的な快楽を感じたこともあった。この音楽、なかなか一筋縄ではいかない。